姫様を幸せにするために恋愛フラグを回避しまくります!

夕闇蒼馬

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番外編 小さな悩みと大きな事件②

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 街に一歩踏み入れたら、そこはスイーツ天国だった。
 そう形容したくなるほど、街にスイーツが溢れかえっていた。
 普段からスイーツを売っている店は1週間限定商品を売り出し、普段スイーツを売っていない店でも、簡単に作れるスイーツを売ったり、スイーツにちなんだものを売っていたりしていた。

「やっば最高じゃん、なにここヘヴン?」

 そう独りごちてしまうほどに、私の気分は上がっていた。

「そこの可愛いお嬢さん!これ食べてみないかい?」

 そう声をかけてきたのは、見覚えのあるおじさんだった。ここ最近はお世話になっていないが、以前は何度も顔を合わせていた、鍛冶屋のおじさんだ。
 太陽の光が反射して眩しい頭、同じくらい輝く白い歯と笑顔。皺はあるものの、歳を感じさせないおじさん。
 私の得物レイピアは、この人が作り上げたものなのだ。
 そして、そんな彼が私に薦めてきたのはクッキーだった。
 顔に似合わない……と言っては失礼だが、可愛い袋に包まれた、ウサギやら花やらの形のクッキー。

「おぉ、とても美味しそうですね。おじさん、普段は鍛冶屋でしょう?」
「あぁ……ってお嬢さん、もしかしてアイリス嬢かい!?」
「えぇ、何度か私服で立ち寄らせていただきました。使い心地のよいレイピアを、ありがとうございました。今でも愛用しています」
「いやぁ……ただ者じゃねぇだろうとは思っていたけどよ、まさかアイリス嬢がメイドだったなんてなぁ」

 彼は感慨深そうにうんうんと頷き、笑った。

「ここで会ったのも何かの縁だ。これ、持ってけ」

 そう言っておじさんは、クッキーの袋を3つ掴んで私に差し出した。

「え、こんなにいいんですか!ありがとうございます!」
「いいよいいよ。それだけ喜んでもらえりゃ十分だ。ほら、他にも店はたくさんあるから楽しんでってくれよ」
「はい!本当にありがとうございます!」

 ばいばーい、とおじさんに手を振り、私はその場を離れた。
 まさかタダでお菓子が貰えるなんて……!

「ふんふふ~ん♪」

 気分が上がりまくった私は、鼻歌を歌いながら街を練り歩いた。
 その道すがら、何故か

「あのおっちゃんが言ってたのってキミか!ほら、どんどん食べろ!」

 と見ず知らずのおじさんにお菓子を渡され、

「お菓子が好きなんだってね。あのおっちゃんから聞いたよ。ほら、持っておいきなさい」

 と、これまた見ず知らずのおばさんにお菓子を渡された。
 おかげで私は、両手で抱えるくらいのお菓子を持っていた。

「……スイーツ祭り、最高」

 私はそんなことをつぶやいた。
 すると、いかにもチンピラっぽいガラの悪そうな男が3人連れ立って歩いているのが見えた。
 この世界にもこんな人たちがいるんだなぁと他人行儀に思っていると、チンピラたちは何故か私の前まで来た。

「随分別嬪べっぴんさんだぁ、お嬢さんよぉ」

 チンピラのひとりが、私に話しかけてきた。
 こういうのは無視するに限る。それでチンピラが私に触れようものなら、私は何をしてもいいだろう。正当防衛だと言い張れるからね。
 そう考えた私は、無視を決め込んだ。
 すると思惑通り、チンピラの親分っぽい人は私の右肩に手を置いた。

「おいおい、無視かいお嬢さ……」
「触らないで!」

 私は手を振り払うために左手を出そうとし――お菓子を抱えていたことを思い出し、急遽きゅうきょ回し蹴りをすることとなった。
 膝下まであるメイド服で回し蹴りをするのは少し難しかったが、まぁそこはアイリスの力でなんとかなった。

「よい……しょっと!」

 私の回し蹴りは、チンピラの頭に入った。

「うぐ…………っ、」
「お、親分!」
「くそ、コイツ……!殺してやる!」

 親分を倒されたことで頭に血が上ったチンピラたちは、その怒りのままで私に隠し持っていたナイフを私に振りかざした。
 それを弾くため、私は再び足を振り上げ――

「もうその手には乗らねぇよ!」
「え?……ちょ、きゃあっ!」

 私の足はチンピラに取られ、もうひとりのチンピラが私にナイフを振りかざした。
 私の両手はお菓子を抱えるために塞がっている。
 ……これが絶体絶命のピンチってやつか。
 どこか他人事にそう思いながら、私はどうやってこの局面を切り抜けようかと考える。

 お菓子を抱える手を外す?……いやダメだ。真っ先に考えたが、みんなが私にくれたお菓子を手放すなんて絶対にしたくない。
 じゃあ他に方法は?どうすれば私は助かる?どうしたら…………

「親方のかたきを打ってやる……!」

 私は思わず下を向く。色とりどりのお菓子と、ヴェロールから貰った指輪が目に入る。
 ……結局、私はヴェロールと会えないまま死ぬのか。
 こんなことなら、ヴェロールの迷惑になるだなんて考えずに、教会に行ってヴェロールに会いに行けばよかった。
 こんなことなら……

「こういう時は、私めを呼べばいいんですよ」

 ここにいるはずのない人の、聞こえるはずのない声が聞こえた。
 その人は、私の足を掴むチンピラの手首を蹴り下ろし、ナイフを振り下ろすチンピラの腹を蹴った。

「え……?なん、で……」
「アイリ、貴女が今首からさげているその指輪」
「……はい」

 これはヴェロールがクリスマスにくれたものだ。

「貴女をいつでも見つけられるよう、魔力をこめておいたと言ったでしょう」
「……まさか!」

 私の行動ひとつひとつはヴェロールに筒抜けだったってことなの!?

「えぇ、そのまさかです。ついでに言うなら、左手の薬指にあるその指輪には、貴女の危険を私めに知らせる魔法をかけてあります。もしこれがなかったらと思うと……想像しただけでも恐ろしいです」

 そう言ってヴェロールは、白い外套がいとうを勢いよく風になびかせ、私に駆け寄った。そして。

「……アイリが無事で、本当に良かった……っ!」

 強く強く、私を抱きしめた。痛いくらいに、ぎゅっと。

「……ヴェロール」
「アイリ、アイリ……っ、」

 手繰たぐり寄せるように、ヴェロールは私を強くかき抱いた。
 両手はお菓子で塞がっているため、私はされるがままになっていた。
 私より高い身長のヴェロールに抱きしめられると、私は彼の腕にすっぽり収まり、首の後ろに彼の息がかかる。……めちゃくちゃ恥ずかしい。
 だが今は、そんな気持ちよりも別のものが私の中から溢れ出した。

「……ありがとうございます、ヴェロール。助けてくれて」

 感謝と、そして。

「いえ、夫として当然のことをしたまでです。……なんて大層な口を叩いてはいけませんね。今までアイリを寂しがらせていたのは、夫として不甲斐な……」
「……ヴェロール!」

 手が塞がっている私は、ヴェロールの胸板におでこをグリグリと擦り付けた。……あ、意外と硬くて筋肉があるのね……じゃなくて。

「わたっ、わたくし……ヴェロールのことが、大好きですっ、愛しております!」

 こんな絶体絶命の局面でも、颯爽と現れて救ってくれたヴェロールのことが、私は大好きだ。

「今まで出会った誰よりも、ずっと……!」
「姫様よりも、ですか?」
「……いじわるです」

 そんなの、決まってるじゃん。

「……ヴェロールの方が、好きですよ」

 恥ずかしくて、私はさらに彼のしっかりとした胸板に顔を押し付ける。

「ふふっ、耳まで真っ赤ですよ」
「……もう」

 からかわれながら、私は心地よい彼の腕の中で身を任せた。
 と、その時。

「…………あのー」

 おずおずと、遠慮がちに誰かが声を上げた。

「……っ!?」
「あぁ、もう終わったんですね。ありがとうございました」
「ひっ、人が……」
「えぇ、ここまでの護衛と後始末のために一緒に来てもらいました」
「み、見られて……」
「ましたね。そりゃもうバッチリと。でもいいんじゃないですか、貴女は私めのものであると知らしめることができたのですから。さ、帰りますよ」
「~~っ、」

 私は公衆の面前で愛を叫んでしまったというわけだ。……恥ずかしい。
 そんな私を知ってか知らずか、ヴェロールは私をお姫様抱っこして馬車まで運んだ。
 その間私は、お菓子の山に顔を埋めていた。


「アイリ、着きましたよ」
「……はい」

 馬車の中でも終始ヴェロールの胸板に頭を預け続けた私は――あえてここで言い訳をさせていただくと、私はこの位置を気に入ってしまったのだ。心地よい体温、硬さ……これ以上は語るに落ちてしまいそうなのでやめておこう――城に着くなり、馬車を勢いよく降りた。
 そして、早歩きで真っ直ぐ自室へ向かう。
 するとヴェロールは、斜め後ろをついてきた。

「すみません、少しやりすぎてしまいました。拗ねてないで、こっちを見てください」
「……やです」

 公衆の面前で告白させられたのだから、しばらく恥ずかしくて顔が見れない。
 そう思っていたのに。

「お願いです、アイリ」

 好きな人に耳元でそんなふうに囁かれたら、もうどうにもできない。
 私は立ち止まり、ゆっくり顔を上げた。
 すると、バッチリ目が合った。
 ヴェロールの綺麗な紫の瞳に映る私が見えた。

「ありがとうございます。……可愛いですよ、アイリ」
「……そっ、それ以上は精神衛生上よろしくないので、何卒ご勘弁を……っ、」

 可愛いって耳元で囁かれ、私はもう蒸発寸前だ。これ以上耳元で喋らないで欲しい。マジで蒸発するよ、私。
 恥ずかしさを隠すため、私は再び歩き出す。今度は比較的ゆっくりと。

「はいはい、分かりました。……おかえりなさい、アイリ」
「……ただいま、ヴェロール」

 隣を並ぶヴェロールに視線を向けながら、私は答えた。

「今まで寂しくさせてすみません。ようやく仕事もひと段落しそうなので、今夜はアイリの部屋に行きます。いいですよね?」
「…………はい」

 それは疑問ではなく確認だ、ヴェロール。有無を言わさない聞き方は卑怯だ。
 ……でもま、断る理由もないんだけどね。

「では、また夜に」

 ヴェロールはそう言い残し、頭をぽんと軽く撫で、教会の方へ帰って行った。
 ちゃんと部屋まで送ってくれるあたり、ヴェロールはちゃっかりしてるなと思いながら。


 夜、ヴェロールは本当に私の部屋に来た。お風呂上がりの色気たっぷりな姿で。

「……しぬ」
「おや、大丈夫ですか?」
「近づかないでください顔面偏差値高杉くん」
「顔面偏差……なんですかそれ」
「気にしないでください、今はとりあえずその姿でわたくしに近寄らないでください。わたくしが蒸発してしまいます」
「面白い言い回しですね」
「事実ですから」

 今まで会えなかった時間を一気に取り戻すように、私たちは夜がけてからも話し続けた。

「そういえば、何故私の居場所が分かったんですか。あ、指輪以外で」
「あぁ、料理人たちが教えてくれたんですよ。寂しさのあまり、スイーツ祭りが行われている街にひとりで飛び出して行ったぞ、とね」
「思わぬ伏兵!」
「彼らが教えてくれなかったら、もしかしたら間に合っていなかったかもしれません。彼らにそう教えてもらってすぐに、途中の仕事を全て投げ出してアイリのもとへ駆けつけたんですから」
「……すみません」
「謝らないでください。間に合って良かったんですから。それに、仕事もほぼ終わりかけでしたから。……あぁそうだ」
「なんでしょう?」
「……寂しかったら、いつでも教会に来てください。どうしてもというなら、私めの部屋でもいいですよ」
「……はい、ありがとうございます。ではこれからは遠慮なく行きますね」
「えぇ、それでいいんですよ。だって、アイリは私めの妻なんですから」

 そんな甘い会話をしながら、私たちは長い夜を過ごした。
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