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59 堰き止めていた石
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森下くんが帰ってくるまで一緒に待っているのかと思いきや、杏さんは用事があるからと言って帰っていった。
きっと僕に負担をかけまいとしたのだろう。
彼女の好意をありがたく受け取り、再びベッドへ横になった。
あと数時間で、きっと森下くんがこの部屋に帰ってくる。
それまで無駄な動きはせず、体力を温存しよう。
いや、それは卑しい意味ではなくて、と自分に自分でツッコミを入れた。
寝転がりながらボタンを押してスマホを光らせてみると、大沢店長から体調を気遣うメッセージが入っているのに気付いた。
もう良くなったと返すと、10分後に『それなら良かった』と返信があり、やりとりは終わった。
やっぱり、森下くんのことについては全く触れてこない。
きっとどうでもいいんだろう。彼が興味があるのはデニムだけだ。
そう思うとちょっと笑えていい気分になり、横向きになって目を閉じた。
もう一度眠ろうと思ったのに、なかなか睡魔はやってこなかったので、昨日ここで森下くんに言われたことを回想した。
超迷惑、と言われたのは何のことだっけ。
あぁ、母親とか周りの目とか、森下くんはこうなるべきだとか勝手に妄想することだ。
その通りだ。杏さんだって大沢店長だって、僕の思い描いていた反応とは全く違っていた。だからもしかしたら、僕と森下くんの母親も、思っているほど悪い反応は示さないのかもしれない。
起き上がり、スマホの画面をもう一度明るくした。
緊張して、勝手に手が震えてくる。
背中に嫌な汗をかいたので、やっぱり逃げようとしたけれど自分を鼓舞した。
電話帳の中から、自分の母親の名前を探した。
もしかしたらもう使われていないのかもしれないけど、僕は意を決してタップした。
スムーズに、かかってしまった。
まずどうやって切り出すのか、どういう順序で話していくのかなんて決めていないのに。
自分からかけておいてパニックになった。
やっぱり無理だ、と電話を切ろうとしたら、コール音が急に途切れた。
『もしもし』
彼女の声を聞いたのは、何年ぶりだろう。
元気でいるのか、病気はしていないか、聞きたいことが洪水みたいに襲ってきて、逆に無言になってしまった。
『元気に、しているの?』
彼女の声には、少しの怯えと驚嘆の色が混ざっていた。
僕の心臓が激しくドキドキし始める。
森下くんの言葉を思い出し、深呼吸した。
例え彼女が、僕を受け入れてくれなかったとしてもいい。
僕は僕で、幸せだと思う人生を歩めばいいんだ。
「あの、……」
気付いたら泣いていた。
ずっと逃げ続けてきた申し訳なさと、森下くんと一緒にいられる未来を想像すると、嬉しくて。
「ずっと、連絡しなくてごめん。あなたの思い描くような人生を、僕は歩んでこられなかったのかもしれない。それでも」
言葉を選んでいるうちに長い沈黙が流れて、焦ってしまう。
だが彼女は続きをちゃんと待ってくれているみたいで、それに僕の心は救われた。
「あなたが夜中、僕のことで泣いているのを見てからずっと申し訳なく思っていたけど、僕はちゃんと、幸せになります。胸を張って堂々としていられないかもしれないけど、僕なりの幸せを、ちゃんと掴みたいと思います」
胸が痛くなる。本当はもっと伝えたいことはあったはずなのに、出てきた言葉はこれだけだった。
数年ぶりにかかってきた電話でいきなりこんなことを言われても、意味が分からないだろう。
相手の反応がないので、困らせてしまったのだと悟る。
だが彼女もゆっくりと穏やかに、話し始めた。
『私もずっと謝りたいと思っていました。今更だけど、ごめんなさい。私はあなたの幸せを願っています。昔も今も、それは変わっていません』
「……」
『電話してきてくれて、ありがとう』
メガネを押し上げて、目頭を押さえた。
家族は変わりないかとか、一通り聞きたいことを聞いた後で電話を切った。
僕は結局、詳しい話はできないまま終わらせてしまった。
けれど電話をかけて、話せただけでも小さな一歩だ。
極度の緊張から解放された体は、ゼンマイが切れたようにパタンとベッドの上に倒れた。
受け入れてくれたんだろうと、いいように解釈して瞳を閉じる。
二月の連休には帰省してみよう。
僕はいつのまにか、意識を手放していた。
きっと僕に負担をかけまいとしたのだろう。
彼女の好意をありがたく受け取り、再びベッドへ横になった。
あと数時間で、きっと森下くんがこの部屋に帰ってくる。
それまで無駄な動きはせず、体力を温存しよう。
いや、それは卑しい意味ではなくて、と自分に自分でツッコミを入れた。
寝転がりながらボタンを押してスマホを光らせてみると、大沢店長から体調を気遣うメッセージが入っているのに気付いた。
もう良くなったと返すと、10分後に『それなら良かった』と返信があり、やりとりは終わった。
やっぱり、森下くんのことについては全く触れてこない。
きっとどうでもいいんだろう。彼が興味があるのはデニムだけだ。
そう思うとちょっと笑えていい気分になり、横向きになって目を閉じた。
もう一度眠ろうと思ったのに、なかなか睡魔はやってこなかったので、昨日ここで森下くんに言われたことを回想した。
超迷惑、と言われたのは何のことだっけ。
あぁ、母親とか周りの目とか、森下くんはこうなるべきだとか勝手に妄想することだ。
その通りだ。杏さんだって大沢店長だって、僕の思い描いていた反応とは全く違っていた。だからもしかしたら、僕と森下くんの母親も、思っているほど悪い反応は示さないのかもしれない。
起き上がり、スマホの画面をもう一度明るくした。
緊張して、勝手に手が震えてくる。
背中に嫌な汗をかいたので、やっぱり逃げようとしたけれど自分を鼓舞した。
電話帳の中から、自分の母親の名前を探した。
もしかしたらもう使われていないのかもしれないけど、僕は意を決してタップした。
スムーズに、かかってしまった。
まずどうやって切り出すのか、どういう順序で話していくのかなんて決めていないのに。
自分からかけておいてパニックになった。
やっぱり無理だ、と電話を切ろうとしたら、コール音が急に途切れた。
『もしもし』
彼女の声を聞いたのは、何年ぶりだろう。
元気でいるのか、病気はしていないか、聞きたいことが洪水みたいに襲ってきて、逆に無言になってしまった。
『元気に、しているの?』
彼女の声には、少しの怯えと驚嘆の色が混ざっていた。
僕の心臓が激しくドキドキし始める。
森下くんの言葉を思い出し、深呼吸した。
例え彼女が、僕を受け入れてくれなかったとしてもいい。
僕は僕で、幸せだと思う人生を歩めばいいんだ。
「あの、……」
気付いたら泣いていた。
ずっと逃げ続けてきた申し訳なさと、森下くんと一緒にいられる未来を想像すると、嬉しくて。
「ずっと、連絡しなくてごめん。あなたの思い描くような人生を、僕は歩んでこられなかったのかもしれない。それでも」
言葉を選んでいるうちに長い沈黙が流れて、焦ってしまう。
だが彼女は続きをちゃんと待ってくれているみたいで、それに僕の心は救われた。
「あなたが夜中、僕のことで泣いているのを見てからずっと申し訳なく思っていたけど、僕はちゃんと、幸せになります。胸を張って堂々としていられないかもしれないけど、僕なりの幸せを、ちゃんと掴みたいと思います」
胸が痛くなる。本当はもっと伝えたいことはあったはずなのに、出てきた言葉はこれだけだった。
数年ぶりにかかってきた電話でいきなりこんなことを言われても、意味が分からないだろう。
相手の反応がないので、困らせてしまったのだと悟る。
だが彼女もゆっくりと穏やかに、話し始めた。
『私もずっと謝りたいと思っていました。今更だけど、ごめんなさい。私はあなたの幸せを願っています。昔も今も、それは変わっていません』
「……」
『電話してきてくれて、ありがとう』
メガネを押し上げて、目頭を押さえた。
家族は変わりないかとか、一通り聞きたいことを聞いた後で電話を切った。
僕は結局、詳しい話はできないまま終わらせてしまった。
けれど電話をかけて、話せただけでも小さな一歩だ。
極度の緊張から解放された体は、ゼンマイが切れたようにパタンとベッドの上に倒れた。
受け入れてくれたんだろうと、いいように解釈して瞳を閉じる。
二月の連休には帰省してみよう。
僕はいつのまにか、意識を手放していた。
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