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戦いとは、常に二手、三手先を読むものなんだよ。
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グランベルク国直轄領、メルクの街。
地方領地と王都を結ぶ交易の中心になっている街である。
普段ならば、行きかう商人たちの喧騒で賑やかなのだが……。
「ずいぶんと物々しいな。」
俺は窓から街の様子を見ながら前に座る人物に声をかける。
「仕方がありませんわ。ここを抜かれるわけには行きませんもの。」
平然とした表情で答えるのは、この国の姫将軍として名高いクリスティラ第一王女……クリスだ。
「それで、シンジ様はどうお考えですの?」
「どうと言われてもなぁ……何かおかしいとしか言いようがないし。」
先程迄、クリスとアイリスを交えて、現状の把握と情報のすり合わせを行っていたのだが、クリスの持っている情報の少なさに驚いた。
正確に言えば、クリスに回ってくる情報が遅いのだ。
アイリスからの連絡で初めて知ることも多く、クリスはそれを俺の息がかかっている諜報部隊だから錬度が高いのだとしか思っていなかったらしい。
事実、同じ情報が後から届けられているので、アシュラムの諜報員はグランベルクより早く情報を掴んで伝達する術を持っているのだろうと思っていたそうだ。
しかし、アシュラムやミーアラントの諜報部隊は、正直な話それ程質が高いわけではない。
ダメと言うわけではないが、それでもグランベルクのような大国が抱える諜報部員よりはかなり質が劣ると言わざるを得ない。
クリスが考えている通り、諜報向けに特化した魔術具を与えてはいるが、それらをもってしても、ようやく大国と渡り合えるかどうか、と言う所なのが実情だ。
俺としては早急に諜報部の質を上げたいのだが、諜報に向いた人材がいないのではどうしようもなく、現在の人員の質を上げることを四苦八苦しているのだ。
そのような状態なのでアイリスも、自分が掴んでいる情報は既にクリスも掴んでいるだろうと思っていて、定時連絡でも、大筋は相手が知っていることを前提で、詳細のすり合わせのつもりで連絡していたらしい。
クリスからの情報が少ない事は、グランベルク程の大国だと、言えないことも多いのだろう、ぐらいにしか思っていなかったらしい。
そんなお互いの思惑がすれ違っていたことに今回初めて気づいたというわけだ。
「確かに、こうして改めて情報を突き合わせると、おかしな点が数多くありますわね。」
「問題は、それが何を意味するか?だが、取りあえずは周辺に回した兵を引き揚げさせるべきだな?」
「理由を聞いていいかしら?そんな事をすれば各地方が狙われやすくなるというのは、シンジ様ならお分かりかと存じますが?」
「幾つか理由はあるけどな、クリスが兵を送った場所は各地域の領主軍に任せるべきだというのが一つ。普通ならクリスが指示する前に領主から何らかのアクションがあるはずだろ?」
「確かに……その通りかもしれませんが……。」
「普通なら、敵の進路を誘導して、此方の有利な場所で敵を叩くというのは戦術的に間違いじゃない。しかし、それは、その場に於いて相手を上回る戦力を整えての話だ。現状では6万の敵兵がここに攻め込んできた場合、一歩間違えれば敗走の憂き目にあう、ギリギリの戦力しか用意できていない。」
クリスは、ここの守りを浅く見せてより誘導効果を狙ったのだろうが、ミーアラントの兵力を合わせても2万そこそこの兵力で6万を相手にするのは無謀というものだ。
それでも俺なら何とかしてくれると考えているらしいが、買い被り過ぎだと思う……結局戦いは数なんだよ。
相手より多くの兵力をぶつけて、物量で押し切る……これが戦術の基本であり定石なのは間違いではない。
6万の敵を相手取るなら、せめてあと1万、出来れば2万の兵力が欲しい。
「だから、周辺は領主たちに任せて、ここに兵を集中するべきだと思う。それに領主たちも、自分の領地を守るために兵を出し惜しみはしないだろう?」
俺はそこで一旦言葉を切りクリスを見ると、彼女は俺の言った事に関して思案を始めていた。
「それに領主軍に任せれば、敵がそちらを攻め入った場合、此方の兵力を差し向けて挟撃できるからな……むしろそうしてくれると、此方としてもやりやすいんだが。」
まぁ、挟撃による各個撃破……これが出来るのであれば、当方の兵力はすくなくて済む……が、相手の指揮官はそこまで愚鈍ではないだろう……つまり、領主軍が守りを固めれば、どうあがいてもここへ進軍してくるって事だ。
「もし相手が軍を分けて……例えばこちらの抑えとして4万を残し、当方と西方へ1万づつの兵を送ったら、どうなさいますの?」
「だからこそ、ここにある程度の戦力を集めておくんだよ。それにそうなるならむしろ大歓迎だよ、そんな愚策を取る指揮官相手なら負ける気がしないね。」
「どういう事ですかぁ?」
俺の言葉に今まで黙って聞いていたリディアが口をはさむ。
「いくら地方領主と言っても1万や2万の兵力は動員できるだろ。そこに対して1万の兵力なら充分守りに徹することが出来るはずだ。そこに5千~1万の兵で挟撃すれば敵は敗走するしかない。」
「成程ですぅ。だから3万~4万の兵力が必要って訳ですねぇ。」
「もし敵軍が半分にわけて……3万の兵が向かったらどうなるんですか?」
アイリスが聞いてくる。
「その時はこちらの全兵力で、どちらかを挟撃した後、反転してもう一方を挟撃するだけの事だよ。」
たとえ領主軍が1万の兵しかいなかったとしても、防御に徹すればそれなりには持ち堪えれるはず。
そこに同数以上の兵に挟撃されればひとたまりもないだろう。
問題があるとすれば、援軍が辿り着くまで持ちこたえれなかった場合だが、その場合でも戦闘直後の疲弊しきった兵相手なら、同数以上の兵力なら正面切って戦ったとしても負けることはないだろう。
その場合、片側に関しては一旦見捨てる事になるが、敵戦力は半減する為、現在軍備中と言う王都の兵力を加えて進軍すれば、遠からず駆逐することは可能だ。
「……と、まぁ、ここまでが通常の場合の戦略なんだが。」
「……何かあるのでしょうか?」
俺の口ぶりにクリスが疑問を投げかけてくる。
「考えすぎならいいんだが……。」
俺はそこで一旦言葉をとぎらせ、エルを見る。
エルは軽く頷くと、小声で遮音結界の魔法を唱える。
「……大丈夫よ、ここでの声は他所には漏れないわよ。」
「ありがとう。」
俺はエルに礼を言う。
クリスはそれで結界を張られたことに気づく。
「何かあるのでしょうか?」
「いや、一応念の為だよ……ところで各地の領主が裏切るって可能性を考えているか?」
「そんな、まさか……バカにしていただきたくないですわ。」
クリスが憤って立ち上がりかけるが、俺はそれを手で押さえる。
そして肩に手を回すと俺の方へと引き寄せる。
するとエル達も俺の方に寄ってきて抱きついてくる。
これで周りから見れば、イチャついているようにしか見えないはずだ。
そして睦言が漏れないようにする為に遮音結界を張ったと思ってくれるだろう。
「な、何を……。」
「しっ、黙って……そのまま聞いてくれ。」
訳が分からないという顔をしているクリスを黙らせる。
「さっきの話だよ……万が一領主が裏切っていたとした場合だ。」
「そんな事あるわけが……。」
「無ければいいのさ。それなら最初に話した戦略で進めればいい。しかし、万が一裏切った場合、そこに残した兵達は全滅するぞ?……これが兵を引き揚げさせる理由だよ。」
「それは……しかし、何故?」
「俺にも確証はないよ。ただ、クリスへの情報の遅さ、相手の増援の事、領主たちの動きの鈍さなどなど、一つ一つは大した事じゃないとしても、これだけ揃うとな、ちょっと引っかかるんだよ。」
俺はそこまで言うと、クリスをそっと離す。
クリスは顔を赤く染めながらもゆっくりと俺から距離を取る。
「もし領主たちが裏切ってたとしたら、どうなさるおつもり?」
「どうもこうも、まぁ、お手上げだな。」
正直、内乱・クーデターとか起きても手の出しようがない。
万が一に備えて、最低限王都と王族を守れるように色々と仕込んでおくことしかできない。
俺は、クリスに素直にそう告げた。
「まぁ、前回の時にそういう事を起こしそうな奴等は粛清できたと思ったんだけどな。」
「そうですわね。私もそれで安心してたところがありましたわ。」
「とにかく、情報が少なすぎるんだよな。」
こういう時に思い出すのはシェラの事だ。
色々と性格に残念な所もあるが、影の能力としては俺の知る限り、シェラ以上の人材はいないと言える。
「諜報能力に長けていて、信頼が出来、尚且つそこそこの戦闘能力のある、そんな人物が一人でもいればなぁ。」
愚痴がつい口から零れ落ちる。
「そうね……心当たりが無いわけじゃないけど……。」
エルが言うのはシェラの事だろうか?……しかし居場所が分からない事には何ともしようがない。
「そうですねぇ、その条件なら、ねぇ?」
リディアが思わせぶりにいながらアイリスを見る。
「一人心当たりがいますね。」
アイリスも、リディアの言葉に大きく頷く。
「心当たりがいるのか?紹介してくれっ!」
思わず身を乗り出すと、三人が一斉に俺を指さす。
「えっ、俺?」
確かに、戦闘力はそこそこある。
そして隠蔽や気配遮断のスキルがあり、短距離とは言えどこにでも忍び込める空間スキル持ち。
何より、自分自身で得た情報は信頼できる出来ない以前の問題だ。
「成程……確かに諜報向きだ。」
俺はポンと手を打つ。
「と言うわけで、諜報活動に行ってくる。」
俺がそう言って立ち上がろうとすると、皆が慌てて引きずり下ろす。
「シンジ様が行ってどうするんですかっ!」
「アンタはこっちをどうにかしなきゃいけないでしょ!」
「私も行くのですよぉ。」
……まぁ、そうなるよな。
「まぁ、その事は後回しにして、当面の事を考えようか?」
俺はその場に座り直して、改めてそう言う。
遮音結界は既に解いてあるので、クリスが側近に何やら伝えている。
「取りあえず、周辺に配置した兵をこの街に再集結する事と、いまだ動いていない領主達に防衛の為の兵を出すように、手筈は整えましたわ。」
新たに入れ直してもらったお茶を口にした後、クリスがそう言って来る。
「後は王都での軍備の状況だな、確実に信頼できる者に任せて、それ以外の奴はさり気無く引き離しておいた方がいいな。」
「はい、そちらはアシュレイさんとミリアさんに引き継ぐように、お父様に手配済です。」
アッシュとミリアなら問題はないだろうが……。
「いや、アッシュとミリアにはここを任せて、俺達が王都に行こう。」
元々ここに居る兵達は、クリスの配下だから心配はないだろう。
最悪の事を考えると、ここが最前線で最終防衛ラインになるから、一番信頼できる奴にここを任せておきたい。
「俺達が最前線に立つと全体像が見づらくなる……普段ならそれでいいけど、今回の事は何がどうなっているか分からないことが多すぎる為、全体を掴みやすい位置にいた方がいい……と思う。」
正直俺にだってよく分かっていないんだ……と言うより、全てを見通すことなんて女神様でもない限り不可能だろう。
……いや、女神が言ってたじゃないか、『この後、世界に戦乱が蔓延る』……と。
そう考えると、俺がたてた最悪の予想と言うのもあながち間違ってないかもしれない。
「そうですわね、ここはアシュレイさん達に任せて、私自ら王都の指揮を執りましょうか。」
クリスの一言で、とりあえずこの会談を終わらせることにする。
「じゃぁ、俺は一旦戻るな。クリスも一段落ついたら顔を出してくれ。」
俺はそう言い残して、エル達とミーアラントに戻る事にする。
……と言ってもこの屋敷に簡易的に設置した転移陣を使えば一瞬の事だ。
◇
「シンジさん、この後はどうするんですかぁ?」
「取りあえずは王都の防衛を固めつつ、裏切り者のあぶり出しかな。」
ミーアラントの屋敷に戻った俺達は、レムの入れてくれたお茶を飲みながら今後の事について話す。
「アシュラム国やミーアラント自体はどうする予定ですか?」
アイリスの疑問に、俺は考えていたことを伝える。
「ミーアラントは糧食などの物資輸送が出来るように準備を進めてもおう。アシュラムはミーアラントを含めた自衛を基本にして、北方の動向に気を付けておいて欲しい。南方は結界があるから考えなくて大丈夫だ。」
一応レオンにも、北方に関して注意を払ってもらっているから、あくまでも念のための処置だ。
レオンは、俺が戻ってきた後、フェンリルとして再進化を遂げている。
あそこまで行けば神獣と呼ぶに相応しい能力と貫禄がある。
基本レオンが睨みを利かせている限り、北と東は任せておいて大丈夫だろう。
「後は、落ち着いたところで情報収集に行きたいが……。」
「こういう時、シェラがいてくれたらよかったのにね。」
エルも俺と同じ事を考えていたようだ。
今後の事を考えると、今の剣が落ち着いたら、シェラを探しに行くのもいいかもしれないな。
「まぁ、とりあえずはそんなところだ、後はその都度対処するしかしょうがない。」
俺はそう言って、話しを終わらせる。
変化に応じて対処していくしかないが、その分時間的には余裕があるはず。
……その時は、本気でそう思っていた。
まさか、事態がこれほど早く進むとは、思ってもいなかったのだ。
地方領地と王都を結ぶ交易の中心になっている街である。
普段ならば、行きかう商人たちの喧騒で賑やかなのだが……。
「ずいぶんと物々しいな。」
俺は窓から街の様子を見ながら前に座る人物に声をかける。
「仕方がありませんわ。ここを抜かれるわけには行きませんもの。」
平然とした表情で答えるのは、この国の姫将軍として名高いクリスティラ第一王女……クリスだ。
「それで、シンジ様はどうお考えですの?」
「どうと言われてもなぁ……何かおかしいとしか言いようがないし。」
先程迄、クリスとアイリスを交えて、現状の把握と情報のすり合わせを行っていたのだが、クリスの持っている情報の少なさに驚いた。
正確に言えば、クリスに回ってくる情報が遅いのだ。
アイリスからの連絡で初めて知ることも多く、クリスはそれを俺の息がかかっている諜報部隊だから錬度が高いのだとしか思っていなかったらしい。
事実、同じ情報が後から届けられているので、アシュラムの諜報員はグランベルクより早く情報を掴んで伝達する術を持っているのだろうと思っていたそうだ。
しかし、アシュラムやミーアラントの諜報部隊は、正直な話それ程質が高いわけではない。
ダメと言うわけではないが、それでもグランベルクのような大国が抱える諜報部員よりはかなり質が劣ると言わざるを得ない。
クリスが考えている通り、諜報向けに特化した魔術具を与えてはいるが、それらをもってしても、ようやく大国と渡り合えるかどうか、と言う所なのが実情だ。
俺としては早急に諜報部の質を上げたいのだが、諜報に向いた人材がいないのではどうしようもなく、現在の人員の質を上げることを四苦八苦しているのだ。
そのような状態なのでアイリスも、自分が掴んでいる情報は既にクリスも掴んでいるだろうと思っていて、定時連絡でも、大筋は相手が知っていることを前提で、詳細のすり合わせのつもりで連絡していたらしい。
クリスからの情報が少ない事は、グランベルク程の大国だと、言えないことも多いのだろう、ぐらいにしか思っていなかったらしい。
そんなお互いの思惑がすれ違っていたことに今回初めて気づいたというわけだ。
「確かに、こうして改めて情報を突き合わせると、おかしな点が数多くありますわね。」
「問題は、それが何を意味するか?だが、取りあえずは周辺に回した兵を引き揚げさせるべきだな?」
「理由を聞いていいかしら?そんな事をすれば各地方が狙われやすくなるというのは、シンジ様ならお分かりかと存じますが?」
「幾つか理由はあるけどな、クリスが兵を送った場所は各地域の領主軍に任せるべきだというのが一つ。普通ならクリスが指示する前に領主から何らかのアクションがあるはずだろ?」
「確かに……その通りかもしれませんが……。」
「普通なら、敵の進路を誘導して、此方の有利な場所で敵を叩くというのは戦術的に間違いじゃない。しかし、それは、その場に於いて相手を上回る戦力を整えての話だ。現状では6万の敵兵がここに攻め込んできた場合、一歩間違えれば敗走の憂き目にあう、ギリギリの戦力しか用意できていない。」
クリスは、ここの守りを浅く見せてより誘導効果を狙ったのだろうが、ミーアラントの兵力を合わせても2万そこそこの兵力で6万を相手にするのは無謀というものだ。
それでも俺なら何とかしてくれると考えているらしいが、買い被り過ぎだと思う……結局戦いは数なんだよ。
相手より多くの兵力をぶつけて、物量で押し切る……これが戦術の基本であり定石なのは間違いではない。
6万の敵を相手取るなら、せめてあと1万、出来れば2万の兵力が欲しい。
「だから、周辺は領主たちに任せて、ここに兵を集中するべきだと思う。それに領主たちも、自分の領地を守るために兵を出し惜しみはしないだろう?」
俺はそこで一旦言葉を切りクリスを見ると、彼女は俺の言った事に関して思案を始めていた。
「それに領主軍に任せれば、敵がそちらを攻め入った場合、此方の兵力を差し向けて挟撃できるからな……むしろそうしてくれると、此方としてもやりやすいんだが。」
まぁ、挟撃による各個撃破……これが出来るのであれば、当方の兵力はすくなくて済む……が、相手の指揮官はそこまで愚鈍ではないだろう……つまり、領主軍が守りを固めれば、どうあがいてもここへ進軍してくるって事だ。
「もし相手が軍を分けて……例えばこちらの抑えとして4万を残し、当方と西方へ1万づつの兵を送ったら、どうなさいますの?」
「だからこそ、ここにある程度の戦力を集めておくんだよ。それにそうなるならむしろ大歓迎だよ、そんな愚策を取る指揮官相手なら負ける気がしないね。」
「どういう事ですかぁ?」
俺の言葉に今まで黙って聞いていたリディアが口をはさむ。
「いくら地方領主と言っても1万や2万の兵力は動員できるだろ。そこに対して1万の兵力なら充分守りに徹することが出来るはずだ。そこに5千~1万の兵で挟撃すれば敵は敗走するしかない。」
「成程ですぅ。だから3万~4万の兵力が必要って訳ですねぇ。」
「もし敵軍が半分にわけて……3万の兵が向かったらどうなるんですか?」
アイリスが聞いてくる。
「その時はこちらの全兵力で、どちらかを挟撃した後、反転してもう一方を挟撃するだけの事だよ。」
たとえ領主軍が1万の兵しかいなかったとしても、防御に徹すればそれなりには持ち堪えれるはず。
そこに同数以上の兵に挟撃されればひとたまりもないだろう。
問題があるとすれば、援軍が辿り着くまで持ちこたえれなかった場合だが、その場合でも戦闘直後の疲弊しきった兵相手なら、同数以上の兵力なら正面切って戦ったとしても負けることはないだろう。
その場合、片側に関しては一旦見捨てる事になるが、敵戦力は半減する為、現在軍備中と言う王都の兵力を加えて進軍すれば、遠からず駆逐することは可能だ。
「……と、まぁ、ここまでが通常の場合の戦略なんだが。」
「……何かあるのでしょうか?」
俺の口ぶりにクリスが疑問を投げかけてくる。
「考えすぎならいいんだが……。」
俺はそこで一旦言葉をとぎらせ、エルを見る。
エルは軽く頷くと、小声で遮音結界の魔法を唱える。
「……大丈夫よ、ここでの声は他所には漏れないわよ。」
「ありがとう。」
俺はエルに礼を言う。
クリスはそれで結界を張られたことに気づく。
「何かあるのでしょうか?」
「いや、一応念の為だよ……ところで各地の領主が裏切るって可能性を考えているか?」
「そんな、まさか……バカにしていただきたくないですわ。」
クリスが憤って立ち上がりかけるが、俺はそれを手で押さえる。
そして肩に手を回すと俺の方へと引き寄せる。
するとエル達も俺の方に寄ってきて抱きついてくる。
これで周りから見れば、イチャついているようにしか見えないはずだ。
そして睦言が漏れないようにする為に遮音結界を張ったと思ってくれるだろう。
「な、何を……。」
「しっ、黙って……そのまま聞いてくれ。」
訳が分からないという顔をしているクリスを黙らせる。
「さっきの話だよ……万が一領主が裏切っていたとした場合だ。」
「そんな事あるわけが……。」
「無ければいいのさ。それなら最初に話した戦略で進めればいい。しかし、万が一裏切った場合、そこに残した兵達は全滅するぞ?……これが兵を引き揚げさせる理由だよ。」
「それは……しかし、何故?」
「俺にも確証はないよ。ただ、クリスへの情報の遅さ、相手の増援の事、領主たちの動きの鈍さなどなど、一つ一つは大した事じゃないとしても、これだけ揃うとな、ちょっと引っかかるんだよ。」
俺はそこまで言うと、クリスをそっと離す。
クリスは顔を赤く染めながらもゆっくりと俺から距離を取る。
「もし領主たちが裏切ってたとしたら、どうなさるおつもり?」
「どうもこうも、まぁ、お手上げだな。」
正直、内乱・クーデターとか起きても手の出しようがない。
万が一に備えて、最低限王都と王族を守れるように色々と仕込んでおくことしかできない。
俺は、クリスに素直にそう告げた。
「まぁ、前回の時にそういう事を起こしそうな奴等は粛清できたと思ったんだけどな。」
「そうですわね。私もそれで安心してたところがありましたわ。」
「とにかく、情報が少なすぎるんだよな。」
こういう時に思い出すのはシェラの事だ。
色々と性格に残念な所もあるが、影の能力としては俺の知る限り、シェラ以上の人材はいないと言える。
「諜報能力に長けていて、信頼が出来、尚且つそこそこの戦闘能力のある、そんな人物が一人でもいればなぁ。」
愚痴がつい口から零れ落ちる。
「そうね……心当たりが無いわけじゃないけど……。」
エルが言うのはシェラの事だろうか?……しかし居場所が分からない事には何ともしようがない。
「そうですねぇ、その条件なら、ねぇ?」
リディアが思わせぶりにいながらアイリスを見る。
「一人心当たりがいますね。」
アイリスも、リディアの言葉に大きく頷く。
「心当たりがいるのか?紹介してくれっ!」
思わず身を乗り出すと、三人が一斉に俺を指さす。
「えっ、俺?」
確かに、戦闘力はそこそこある。
そして隠蔽や気配遮断のスキルがあり、短距離とは言えどこにでも忍び込める空間スキル持ち。
何より、自分自身で得た情報は信頼できる出来ない以前の問題だ。
「成程……確かに諜報向きだ。」
俺はポンと手を打つ。
「と言うわけで、諜報活動に行ってくる。」
俺がそう言って立ち上がろうとすると、皆が慌てて引きずり下ろす。
「シンジ様が行ってどうするんですかっ!」
「アンタはこっちをどうにかしなきゃいけないでしょ!」
「私も行くのですよぉ。」
……まぁ、そうなるよな。
「まぁ、その事は後回しにして、当面の事を考えようか?」
俺はその場に座り直して、改めてそう言う。
遮音結界は既に解いてあるので、クリスが側近に何やら伝えている。
「取りあえず、周辺に配置した兵をこの街に再集結する事と、いまだ動いていない領主達に防衛の為の兵を出すように、手筈は整えましたわ。」
新たに入れ直してもらったお茶を口にした後、クリスがそう言って来る。
「後は王都での軍備の状況だな、確実に信頼できる者に任せて、それ以外の奴はさり気無く引き離しておいた方がいいな。」
「はい、そちらはアシュレイさんとミリアさんに引き継ぐように、お父様に手配済です。」
アッシュとミリアなら問題はないだろうが……。
「いや、アッシュとミリアにはここを任せて、俺達が王都に行こう。」
元々ここに居る兵達は、クリスの配下だから心配はないだろう。
最悪の事を考えると、ここが最前線で最終防衛ラインになるから、一番信頼できる奴にここを任せておきたい。
「俺達が最前線に立つと全体像が見づらくなる……普段ならそれでいいけど、今回の事は何がどうなっているか分からないことが多すぎる為、全体を掴みやすい位置にいた方がいい……と思う。」
正直俺にだってよく分かっていないんだ……と言うより、全てを見通すことなんて女神様でもない限り不可能だろう。
……いや、女神が言ってたじゃないか、『この後、世界に戦乱が蔓延る』……と。
そう考えると、俺がたてた最悪の予想と言うのもあながち間違ってないかもしれない。
「そうですわね、ここはアシュレイさん達に任せて、私自ら王都の指揮を執りましょうか。」
クリスの一言で、とりあえずこの会談を終わらせることにする。
「じゃぁ、俺は一旦戻るな。クリスも一段落ついたら顔を出してくれ。」
俺はそう言い残して、エル達とミーアラントに戻る事にする。
……と言ってもこの屋敷に簡易的に設置した転移陣を使えば一瞬の事だ。
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「シンジさん、この後はどうするんですかぁ?」
「取りあえずは王都の防衛を固めつつ、裏切り者のあぶり出しかな。」
ミーアラントの屋敷に戻った俺達は、レムの入れてくれたお茶を飲みながら今後の事について話す。
「アシュラム国やミーアラント自体はどうする予定ですか?」
アイリスの疑問に、俺は考えていたことを伝える。
「ミーアラントは糧食などの物資輸送が出来るように準備を進めてもおう。アシュラムはミーアラントを含めた自衛を基本にして、北方の動向に気を付けておいて欲しい。南方は結界があるから考えなくて大丈夫だ。」
一応レオンにも、北方に関して注意を払ってもらっているから、あくまでも念のための処置だ。
レオンは、俺が戻ってきた後、フェンリルとして再進化を遂げている。
あそこまで行けば神獣と呼ぶに相応しい能力と貫禄がある。
基本レオンが睨みを利かせている限り、北と東は任せておいて大丈夫だろう。
「後は、落ち着いたところで情報収集に行きたいが……。」
「こういう時、シェラがいてくれたらよかったのにね。」
エルも俺と同じ事を考えていたようだ。
今後の事を考えると、今の剣が落ち着いたら、シェラを探しに行くのもいいかもしれないな。
「まぁ、とりあえずはそんなところだ、後はその都度対処するしかしょうがない。」
俺はそう言って、話しを終わらせる。
変化に応じて対処していくしかないが、その分時間的には余裕があるはず。
……その時は、本気でそう思っていた。
まさか、事態がこれほど早く進むとは、思ってもいなかったのだ。
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しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。
ダンジョンでオーブを拾って『』を手に入れた。代償は体で払います
とみっしぇる
ファンタジー
スキルなし、魔力なし、1000人に1人の劣等人。
食っていくのがギリギリの冒険者ユリナは同じ境遇の友達3人と、先輩冒険者ジュリアから率のいい仕事に誘われる。それが罠と気づいたときには、絶対絶命のピンチに陥っていた。
もうあとがない。そのとき起死回生のスキルオーブを手に入れたはずなのにオーブは無反応。『』の中には何が入るのだ。
ギリギリの状況でユリアは瀕死の仲間のために叫ぶ。
ユリナはスキルを手に入れ、ささやかな幸せを手に入れられるのだろうか。
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