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第七夜
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はじめてのキスのタイミングは、それからすぐにやってきた。
例の映画を芽衣と観に行って、夕食も一緒に外で済ませた帰り道だった。
彼女を自宅前まで送っていると、「もう少し話さない?」と芽衣に腕を引かれたのだ。
いつも前を通るだけだった小さな公園に入った。
遊具はブランコと滑り台と鉄棒しかない。ベンチが4つ等間隔に置かれていて、そのうちの1つに腰掛ける。
時間はもう21時近く、公園には恭介と芽衣以外は誰もいない。
外灯が南北2つの入り口付近に1つずつ設置されており、ベンチのあたりは暗かった。
恭介はそっと、視界の端で周囲を確認する。
背の高い木が公園を囲むように植えられており、外の道からベンチに座る2人を確認することは難しいだろう。
そんな恭介に気づくこともなく、芽衣はもうすっかり慣れた様子で、恭介の手に自分の手を重ねた。
恭介と目が合い、ニコッと笑う。
それに背中を押されるかたちで、恭介はぐっと距離を詰めて座り直した。お互いの膝と膝とが密着する。
じっと、芽衣を見つめる。
「こ、ここ外だよ……っ?」
「誰もいないし、見えないよ」
もう芽衣も、恭介が何をしたいか、何をしようとしているか、分かっているようだ。
そのせいですっかり恭介を直視できないでいる。
だから恭介はその頰にそっと手を伸ばして、こちらを向かせる。
見つめ合うその一瞬が、とても長く感じた。
どちらからともなく、目蓋をゆっくり閉じて、顔を寄せていく。
恭介は自身の顔を、わずかに左に倒す。無意識だった。
でも、芽衣も同じ方向に顔を傾けるのが薄目に見えて、右側に倒し直す。
あれ、と思う。まただ。
これが恭介のファーストキスなのに、左に倒すことが正しい気がした。いつもは左だ。いつもってなんだ。
恭介の左頰を、優しく撫でる手の感触が蘇る。それは誰なのか。
その手を自分の肩と頰で挟むようにして、頬擦りをする。すると唇に優しい口づけが落ちてくる。ちがう。ちがうちがう。そんなの知らない。
唇同士が音もなく重なって、一拍置いて、離れる。これが現実だ。
芽衣の唇はふくっくらとしていて、軽かった。マシュマロのようだった。
「……は、恥ずかしいね」
しばらくして、芽衣がそう漏らした。
「ああ」と頷くが、恭介の頭にはまだ先ほどの疑問や感触がぐちゃぐちゃに渦を巻いている。
──こんな時に何を考えてるんだ。
変な妄想をするな、と自分を叱責する。
「恭介くん、好きだよ」
とろんとした瞳で、芽衣が囁く。
「ああ、俺も……」好き、と言おうとしたところで、誰かの声が聞こえてくる。
『……好きだよ、恭介』
どこか泣きそうなその声は、一体誰のものだろう。そう言ったのはハッキリと分かるのに、水の中にいるような籠った雑音が邪魔をする。
恭介は誤魔化すように、もう一度目の前の彼女に口づけた。
ふっくらした唇を少しだけ食むと、芽衣がぴくりと肩を動かす。その唇は固く閉ざされたままだ。
どうしたら開くのか、恭介は知っている。
指で顎を引くようにして押すと、芽衣の口がわずかに開いた。その隙間からするりと舌を滑り込ませる。
そんなキスの仕方をどこで知ったのか。明らかに恭介のやり方ではない。
では、誰のやり方なのか。なぜそれをよく知っているのか。
邪念を振り払うように、湿った舌を絡ませる。芽衣の舌は、薄くて、生ぬるい。
またそこで、溶けるほど熱い舌の感触を思い出してしまう。
薄くて、でも、重みのある唇。分厚い舌は、執拗に恭介の口蓋を舐め回すのだ。
「ん……」と芽衣が漏らした甘い声によって我に帰る。
こうして重なる唇も、絡み合う舌も、何かがちがう。
いや、ちがわない。ちがう。ちがわない。
頭の中が、痛いほど五月蠅い。
恭介は気がつくと、芽衣の肩を押して行為を中断していた。
「……ゴメン、やりすぎた」
「だ、大丈夫だよ……?びっくりしたけど、嬉しかったし……」
「でも」と芽衣が言葉を続けるので、恭介は心臓が口から飛び出る思いだった。おかしな妄想をしていたことが、バレてしまったかと思った。
「恭介くん、本当にキス、今日がはじめてだった……?」
彼女は、少し唇を尖らせて、そう小声で尋ねてきただけだった。お互いともが、これが初めての交際なのだ。
ほっと、安堵の息を吐く。
「そうだよ」と恭介は迷うことなく、笑って答える。
当たり前だろ、と思った。
当たり前だろ、ともう一度、今度は自分に言い聞かせるように心で唱える。
うまく笑えた気は、あまりしなかった。
例の映画を芽衣と観に行って、夕食も一緒に外で済ませた帰り道だった。
彼女を自宅前まで送っていると、「もう少し話さない?」と芽衣に腕を引かれたのだ。
いつも前を通るだけだった小さな公園に入った。
遊具はブランコと滑り台と鉄棒しかない。ベンチが4つ等間隔に置かれていて、そのうちの1つに腰掛ける。
時間はもう21時近く、公園には恭介と芽衣以外は誰もいない。
外灯が南北2つの入り口付近に1つずつ設置されており、ベンチのあたりは暗かった。
恭介はそっと、視界の端で周囲を確認する。
背の高い木が公園を囲むように植えられており、外の道からベンチに座る2人を確認することは難しいだろう。
そんな恭介に気づくこともなく、芽衣はもうすっかり慣れた様子で、恭介の手に自分の手を重ねた。
恭介と目が合い、ニコッと笑う。
それに背中を押されるかたちで、恭介はぐっと距離を詰めて座り直した。お互いの膝と膝とが密着する。
じっと、芽衣を見つめる。
「こ、ここ外だよ……っ?」
「誰もいないし、見えないよ」
もう芽衣も、恭介が何をしたいか、何をしようとしているか、分かっているようだ。
そのせいですっかり恭介を直視できないでいる。
だから恭介はその頰にそっと手を伸ばして、こちらを向かせる。
見つめ合うその一瞬が、とても長く感じた。
どちらからともなく、目蓋をゆっくり閉じて、顔を寄せていく。
恭介は自身の顔を、わずかに左に倒す。無意識だった。
でも、芽衣も同じ方向に顔を傾けるのが薄目に見えて、右側に倒し直す。
あれ、と思う。まただ。
これが恭介のファーストキスなのに、左に倒すことが正しい気がした。いつもは左だ。いつもってなんだ。
恭介の左頰を、優しく撫でる手の感触が蘇る。それは誰なのか。
その手を自分の肩と頰で挟むようにして、頬擦りをする。すると唇に優しい口づけが落ちてくる。ちがう。ちがうちがう。そんなの知らない。
唇同士が音もなく重なって、一拍置いて、離れる。これが現実だ。
芽衣の唇はふくっくらとしていて、軽かった。マシュマロのようだった。
「……は、恥ずかしいね」
しばらくして、芽衣がそう漏らした。
「ああ」と頷くが、恭介の頭にはまだ先ほどの疑問や感触がぐちゃぐちゃに渦を巻いている。
──こんな時に何を考えてるんだ。
変な妄想をするな、と自分を叱責する。
「恭介くん、好きだよ」
とろんとした瞳で、芽衣が囁く。
「ああ、俺も……」好き、と言おうとしたところで、誰かの声が聞こえてくる。
『……好きだよ、恭介』
どこか泣きそうなその声は、一体誰のものだろう。そう言ったのはハッキリと分かるのに、水の中にいるような籠った雑音が邪魔をする。
恭介は誤魔化すように、もう一度目の前の彼女に口づけた。
ふっくらした唇を少しだけ食むと、芽衣がぴくりと肩を動かす。その唇は固く閉ざされたままだ。
どうしたら開くのか、恭介は知っている。
指で顎を引くようにして押すと、芽衣の口がわずかに開いた。その隙間からするりと舌を滑り込ませる。
そんなキスの仕方をどこで知ったのか。明らかに恭介のやり方ではない。
では、誰のやり方なのか。なぜそれをよく知っているのか。
邪念を振り払うように、湿った舌を絡ませる。芽衣の舌は、薄くて、生ぬるい。
またそこで、溶けるほど熱い舌の感触を思い出してしまう。
薄くて、でも、重みのある唇。分厚い舌は、執拗に恭介の口蓋を舐め回すのだ。
「ん……」と芽衣が漏らした甘い声によって我に帰る。
こうして重なる唇も、絡み合う舌も、何かがちがう。
いや、ちがわない。ちがう。ちがわない。
頭の中が、痛いほど五月蠅い。
恭介は気がつくと、芽衣の肩を押して行為を中断していた。
「……ゴメン、やりすぎた」
「だ、大丈夫だよ……?びっくりしたけど、嬉しかったし……」
「でも」と芽衣が言葉を続けるので、恭介は心臓が口から飛び出る思いだった。おかしな妄想をしていたことが、バレてしまったかと思った。
「恭介くん、本当にキス、今日がはじめてだった……?」
彼女は、少し唇を尖らせて、そう小声で尋ねてきただけだった。お互いともが、これが初めての交際なのだ。
ほっと、安堵の息を吐く。
「そうだよ」と恭介は迷うことなく、笑って答える。
当たり前だろ、と思った。
当たり前だろ、ともう一度、今度は自分に言い聞かせるように心で唱える。
うまく笑えた気は、あまりしなかった。
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