元平民の義妹は私の婚約者を狙っている

カレイ

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「はっ、何を泣いている。ヴィヴィの痛みはこんなもんじゃない」

 気づけばエミーヌの目から無意識に涙がこぼれ落ちていた。打たれた頬を伝うとき痛みで顔が歪む。
 それをヴィヴィへの憎しみと受けたのか、父はクサい台詞を吐いてきた。
 でもエミーヌは返事を返さない。心の中で考えるだけ。

 可哀想な人……あの二人を愛してるなんて。上手いこと利用されて。

 父もある意味可哀想な人だとエミーヌは思った。それでも同情する気にはさらさらなれないが。
 エミーヌは殴られた時に、それまでやはり心のどこかで「お父様」に期待をしている自分がいることに気づいたが、気づいたからこそ、もうそんな自分とはお別れだ。
 父を家族として見ることも、ヴィヴィの相手をすることも、義母に関わることも、もし向こうから来ても全部無視してやり過ごそう。

「何か言うことはないか、エミーヌ」
「…………」

 エミーヌは父の言葉、いや父の存在それ自体を無視して、立ち上がった。
 頬を冷やす為に氷を取ってきて欲しいと思うけれど、侍女は未だ放心状態で対応できる気がしない。
 自分で取りに行こうとエミーヌは部屋を出た。

「エミーヌ?話を聞け、エミーヌ!」

 話すことなんて何もない。でもやられっぱなしなんて嫌だ。
 
「頬を殴るなんて虐待じゃないかしら。ロバートに助けを求めたら対処してくれるかしら」
「……っ!」

 父の方は見ずに大きな独り言を吐いた。
 元々頭の作りは悪くない父だ。これ以上手を上げるのはまずいと思ったのか、もう追いかけてくることはなかった。

 エミーヌは調理場に行くと、袋に氷を入れてくれるよう頼んだ。
 厨房の人々は普段、嫌味を言ってきたりはしないが、エミーヌをみると顔を逸らし関わってきて欲しくなさそうな顔をする。でも今回は違った。
 私を横目で見た料理人の一人が声を上げ、その連鎖で結果として料理長を含めた全員が私に気づく。

「エミーヌ様、その頬……」

 年老いた白髭の料理長は、歳の割に腕にモリモリと筋肉がついている。
 そんな彼の垂れ下がった眉を見て、エミーヌは平然と言った。

「ああ、お父様に殴られたのよ」
「「……っ!!」」

 厨房にいた全員が驚愕に表情を固める。

「お、おいっ、氷を速く用意せんか!」

 何秒かの沈黙の後で、慌てたように料理長が声を上げれば、下っ端のような人が急いで袋に氷を用意して持ってきてくれた。

「ありがとう」

 エミーヌはそれを受け取ると頬に当て、その場を去ろうと踵を返したが、後ろから声がかかる。

「お待ちください、エミーヌ様」

 振り返れば真剣な顔をして、コック帽を取った料理長がいた。

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