かわいいひと

押野桜

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舞姫

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メドジェ族の幼い族長、狼の魔獣に変わるキヤイルはイルは不機嫌だった。
婆様が月と太陽に聞いたところ

「キヤイルとネリーの儀式は1年後の祝いの日に行うのが一番良い」

と返事が返ってきて、正式につがいになるのが一年先になってしまったのにも腹を立てていたし、ネリーが別にそれを不満に思っていないようなのも腹が立てているのだ。
自分の身体には一生分の魔力が満ちているから、嫌ならば別の娘を迎えればいいだろうと言われてしまうのも悔しかった。

「ネリーはメドジェの娘ではないからね、慎重に儀式は行わなければならないのさ」

と言う婆様を、魔獣に変わって食べてやってしまいたかったキアイルなのである。
キヤイルの身長はまだネリーの腰くらいしかない。
抱きしめることすらできないではないか。

「何をむくれているの?おやつが足りなかったかしら?」

すでに一緒の部屋で暮らしているネリーがメーユから届いた箱をガサゴソさせている。
こんなに近くにいるのに、なんで、なんで一年も待たなければならないのだ。

「おやつじゃない」

ぷい、とそっぽを向くとネリーは困り果ててしまう。
ひょい、とボルフがドアから顔を出した。
どこから聞いていたのだろう、この家には基本的にプライバシーがない。
孤児院育ちのネリーは慣れているけれど。

「ネリーの踊りを見せてあげたら機嫌も治るんじゃないかな。国の宝の踊り、僕も見てみたいよ」
「音楽がないわ」
「僕が少し歌って演奏できるよ」

あのミナモトでの踊りは、キヤイルももう一度見たい。
その気持ちが顔に出てしまったのだろうか、その日の夜にネリーは踊ることになった。


***


メドジェの夏は短い。
昼間は暑いが、朝夕はひんやりと冷え込む。
ひとしきり今日の分のメドジェの歌や踊りが終わって、みんなは酒や粥、あぶった肉を食べながらくつろいでいる。
小さな焚き火の前で、ネリーはポーズを取った。
久しぶりに着るメーユの舞台衣装はここでは少し寒い。
メドジェの楽器を器用に使い、ボルフはメーユの旋律を紡ぎ出す。
そして、見事な声で歌いだした。

(さすがはイズールのお父さんね)

と思いながらネリーは跳ね、舞った。
動くほどに体が温かくなってきて、久しぶりのメーユの踊りは新鮮で楽しかった。
「魔法をかける」と褒めたたえられた自分の踊りを思い出しながら、大事に、大事に時間を楽しむ。
手が優美に伸びたかとおもうと、くるくると独楽のように周り、大きく跳びあがる。
何度も、何度も。
汗を飛ばして最後の跳躍を終えると、不思議な沈黙が落ち、歌っていたボルフが楽器を止めて手を叩くと、メドジェの民がドオッ、と盛り上がった。

(うふふ、久しぶりに舞姫、楽しかったわ)

ネリーはご機嫌だったのである。


***


翌朝。
キヤイルとネリーの部屋に、男たちが押し寄せてきてキヤイルとネリーはびっくりした。
今日はキヤイルのお母さんに糸の紡ぎ方を習う予定である。
急な客は困るのだ。
男たちはネリーに花を差し出し、キヤイルに向かって口々に何かを言っている。
ネリーはまだここの言葉が上手に聞き取れない。
みるみるうちにキヤイルが不機嫌になるのを困って見ていた。
と、キヤイルが男たちの手から花を叩き落とした。

「何をするの!」

ネリーはとっさにキヤイルの頭を軽くげんこつで叩く。
痛くない程度の強さだったはずなのに、キヤイルはそのままうつむいて動かない。

(強かったかしら……?)

と心配しているネリーを突き飛ばして、キヤイルがそのまま外に向かって走り出した。
普段は族長として上に立つ身だし、自分と一緒にいる時くらいはちょっとわがままを出していいけれど、他の民に乱暴ではいけないだろう。
確か、花を差し出していたのは獣に変われない男達だったはずなのだ。
ネリーは呆然とし、男たちはまだネリーに向かって分からない言葉を繰り返している。

「ああー、案の定こうなっちゃったかな?ごめんよ、ネリー」

暴れるキヤイルの首根っこを掴んで、ひょいとドアからボルフがあらわれた。


***


「昨日の君の舞、さすがは国の宝というか……見事でね」

自分でも会心の踊りであった。
それが何だったんだろう。

「君とぜひ結婚したいという男たちがあらわれたのさ」

この穏やかなメドジェ族の男でもそうなるか。
魔獣に変わらない男たちが「どうせ魔力をとどめられないなら、ネリーと自分が結婚してもいいだろう」と騒ぎだしたというのだ。
あの花は求愛の花だったということ。
キヤイルにはもう一生分の魔力が貯まっていることも知られている。
二人がつがいになるまでにあと1年かかることも知られている。

「若さも美貌も限りがあるのに、男なんてどこも一緒ねぇ」

呆れてネリーは言った。

「いや、踊る君がまるで別人のようで……」

ボルフも困ったように言葉を探し、

「こら、いい加減離れないか」

と、ネリーにしがみついて離れないキヤイルに言う。
しばらくは外に出ない方がいいだろうということで、キヤイルの母に来てもらって糸紬ぎの練習をしている。
キヤイルの母がキヤイルに何か言い、ぷいとまたキヤイルがそっぽを向いた。
ネリーの身体からは離れない。

「今日は大変だったでしょう、って言ってる。」
「そうね、大人の男は怖いわ」

軽く返すと、キヤイルがこの世の終わりのような顔をした。
そして、つがいの儀式を延ばす、と言い出したのである。
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