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第1章 精霊姫 編
第23話 【攻略対象 辺境伯令息】ヒーローになれたかな?
しおりを挟む正体不明な青年の自由奔放な態度があまりに予想外すぎて、レーナはしばらく呆けたまま思考を飛ばしていたのだ。そう、予想外と言えるほどには、レーナは謎の青年の正体に心当たりがあった。「大ヒント」の言葉と共にレーナの髪に残された、虹色の蝶が変じた髪飾り――これから連想できる人物は一人しか居ない。けれど、万が一があるかも知れない。
「エド! この森って、精霊姫のほかにも、精霊っぽい存在って居たりするのかしら!?」
声だけなのにどことなく理想とのギャップを感じ始めたレーナは、僅かな望みを抱いてエドヴィンに尋ねる。
「聞いたことない!! これが精霊姫じゃなくって、他の誰かかもってことか!?」
だが、問われたエドヴィンは、現在進行形でキンキン響いている泣き声の主のことと捉えたようだ。
『あたしはひとりよぉぉぉ!! あたし以外 精霊姫じゃないんだから 当たり前でしょぉ!? あのひとの精霊姫は あたしだけなのぉぉぉぉ!!!』
泣いている本人も、同じ意味で捉えてしまったらしく、号泣が更にヒートアップしてしまう。
(これは、鳴き声で済まない攻撃力だわ!!)
ガンガン痛み出した頭を抱えてエドヴィンを見遣れば、彼はおもむろに襟元からペンダントのように下げた、小さな筒状の物を引っ張り出して口に咥える。
ピュイィィィーーーーーーーーーーーーッ
思い切り息を吸い込んだエドヴィンがその物体に息を吹き込むと、周囲に甲高い音が響き渡った。こちらは、頭の中に響く精霊姫の泣き声や、青年の声とは違って、実際に音が鳴っている。どうやら首飾りは、護衛らに危機を伝える呼子笛だったようだ。
程なく暗がりから、レーナの暴走によってはぐれてしまっていた、護衛と執事らが揃って現れた。
彼らもギャン泣き攻撃に見舞われるかと思いきや、両耳を塞いで蹲るレーナとエドヴィンを訝し気に見て「どうされましたか!?」と聞いてくる。つまりは、聞こえていないと云うことだ。何故精霊姫は、ギャン泣きをレーナとエドヴィンにだけ聞かせるのか、意味が解らない。いや、レーナが話し掛けて彼女を呼び出したせいもあるし、エドヴィンは、精霊姫の最愛の人の子孫だからなのだろうけど、とばっちり感は拭えない。
「頼む! 私たちをここから遠ざけてくれ……!!」
「おねがいしますっ!! とにかく湖から離れさせてーー!」
駆け寄った執事に、必死の形相でエドヴィンが懇願し、レーナも揃ってこの場からの退散を訴える。
幻想的な湖と、レーナらの様子を困惑の面持ちで交互に見遣った彼らは、けれど子供2人の願いを緊急と捉えてくれたらしく、すぐに護衛の男たちが2人を抱えてその場から遠ざかり始めた。
頭の中に響いている泣き声は、湖から遠ざかれば遠ざかるほど小さくなって行く。やがて、水面から溢れる朧気な銀の光が完全に見えなくなったところで、ようやく殺人音波のような精霊姫の号泣から完全に離れることができた。
「よかった……」
レーナとエドヴィンが、どちらからともなく呟く。その後で、エドヴィンだけが「私は、レーナのヒーローになれたかな」と、ぽつりと付け加えた。
心配してくれる大人たちに囲まれていると、真っ暗で静寂に包まれた不気味な樹海の中に在っても、守られている安心感をもたらしてくれる。そして、あのヒステリックな八つ当たり攻撃の状況から、助け出された――という事実に心が緩み、2人は揃って気を失ったのだった。
子供二人が大人を置いて、とんでもないスピードで駆け去った後、真っ暗闇の樹海で、その危険性を子供以上によく理解している執事と護衛らは迅速かつ的確に行動していた。
樹海へ踏み入るとあって、万が一の不足の事態の備えは整えてはいたのだ。ただ、よく教育された優秀な辺境伯子息が、自らそんな行動をとるはずもないと確信していたから、本当に万が一の準備だったのだ。
まさか、本当に使うことになるとは……と、携帯用の魔道灯を灯してゆっくりと歩き始める。帰り道は、2人の痕跡を確かめながら追い駆けた道中、等間隔に設置してきたボタンサイズの小型発光器が道標となってくれる。頼りになる同行者らのお陰で、レーナとエドヴィンが次に目を覚ましたのは、領主館の中。樹海に入る時にはまだ中天にも差し掛かっていなかった太陽が、すっかり俊嶺の影に隠れて、辺りを薄暗がりが包む頃になってからだった。
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