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第4章 最高神 編
第206話 【攻略対象 平凡村娘】群れの斥候との遭遇
しおりを挟む突然レーナらの乗る馬車が、不自然にガツンと軽い衝撃を伴って静止した。
馬車の窓から外を窺えば、丁度王都に程近い森林地帯に差し掛かったところで、道の石畳は途切れているものの、泥と砂礫でなだらかに固められた大路が続いている。車輪がスタックするはずはない。急停止する何かが起こったということだ。
「何があった?」
窓を細く開けたクラウディオ王子が、馬車に並走する騎兵に問い掛ければ、列の前方に「逸れの魔獣」が出現したとの返答があった。確かに長い隊列の遥か前方からは、微かに騎士らのざわめきが聞こえて来る。
「小物ばかりとの報告なので、すぐに始末されるでしょう。今しばらくお待ちください」
何の焦りも見せない落ち着いた様子の騎士に、レーナはホッと胸を撫で下ろし、再び内なる敵と戦うために床に蹲った。
だが『しばらく』の間をとうに超えた時間を経過しても、行軍はなかなか再開されず、しまいには辺りに響くざわめきが徐々に大きくなっている気がする。
クラウディオ王子は、度々細く開けた窓から小声で外の騎士と会話をしているが、レーナには変わらず穏やかな笑顔を見せるだけで、何の問題もないから安心するようにとの一点張りだ。だが、こと馬車が後退する事態となってレーナはついに痺れを切らした。
「いや、どう考えてもおかしいでしょ!?」
「何の問題もない、レーナ嬢。相手は逸れの魔獣で、騎士らで対処できている」
頑なに問題なしを繰り返す王子は、彼の試練攻略の為にレーナが同行しているのに、事起こるに至って未だ彼女の力を疑っているのかと、むくむくと苛立ちが膨らんで行く。こうなれば実力行使も止む無しと、レーナがグッと拳を握り締める。
「オレの方が身軽だ。レーナはここに居ろ」
レーナの背を、宥めるようにポンポンと叩いたアルルクが、窓を勢い良く開け放って飛び出した。外に躍り出ると当時に、赤い龍の姿となって空へ舞い上がる。
「ぎゅおぁ!? ぎゅおぁおーぉぉぉぉっ!!」
すぐに、驚き、けれどどこか間の抜けた鳴き声が響いて来る。野生や魔獣と化した龍ならばこんなに間の抜けた声は上げないだろうから、声の主は間違いなくアルルクだ。騎士らにはアルルクの龍となった姿を見せてはあったから、魔獣と見誤って攻撃されることは無いはずだが、レーナは万が一を想像して気が気ではない。
「アルルク!?」
慌てて、窓の外を見ようとすれば、クラウディオ王子が窓の前に立ち塞がり、真剣な表情でレーナを圧し留めようとする。
「何よ! アルルクに何かあったのね!?」
「そうじゃない!! いや、あんな声を上げるくらいだ、動揺は、したかもしれないが」
「アルルクのことはよく分かってるわ! けど、何かあるなら放っておけない! わたしが止めないと無茶し過ぎる奴なのよっ」
嘗てプペ村の河原で、魔族との絶体絶命の対峙に瀕した時にも、レーナを救わんと立ち向かったアルルクだ。しかも、レーナが修繕を施さなければ命は亡かった。放ってはおけないのだ。
苛立ちと焦りに急き立てられたレーナは、彼を救わなければと王子を押し退けて扉に手を掛ける。
「いけない! レーナ嬢!! ご婦人には刺激が強すぎるんだ!!!」
引き留めるクラウディオ王子に反し、愉しげに口角を吊り上げた最高神が力を貸して、一瞬で虹色の魔力に包まれたレーナは、馬鹿力を発揮して強引に窓から飛び出した。
馬車の外でレーナが目にしたのは、広い道を埋め尽くす黄緑色の欠片と、飛び散った暗灰色の汁にまみれた光景だった。
騎士らに斃されたそれらは、魔導士やアルルクによって焼かれ、刻まれて元の姿を完全に保ってはいない。だが、所々に残った元の痕跡は、それが何であったのか容易に想像できる代物だった。細く節だった脚や、触覚。複眼と呼ばれる細かな反射体の集合物の断片。胴体であろう巨大な蛇腹に、血管に似た筋の付いた半透明な薄い羽根の一部。
「身軽な昆虫型の魔獣が、群れに先んじてやって来たようだ。斥候といったところだろう」
馬車から大きく一歩、踏み出した格好のまま硬直したレーナの背後から、クラウディオ王子が顔を覗かせる。
「斥候の討伐はまだ終わっていないんだ。レーナ嬢は馬車へ戻ると良い。聖女の力を使うのは、群れを前にしてからでも遅くはない」
我儘を言って飛び出して困らせた上に、目にしたものへの生理的嫌悪感に身動きできなくなって気を遣わせてしまったらしい。
(ううん! この世界を護るためにやるって決めたのよ。虫なんかで怯んでいられないわ)
頬を両手でパンと打ち、気合を入れたレーナは、仕切り直しとばかりに大きく息を吸い込んで前方に視線を向ける。
ふしゅるるるるぅ
その決意を試すかのように、空気を震わせる不穏な音が頭上から響いた。
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