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巨象に刃向かう者たち 第六話
しおりを挟む私は契約金の半分を受け取り、うやうやしく一礼をしてから、それを財布にしまった。久しぶりに手にしたお札が嬉しくて、財布の中を何度も何度も覗き見たり、それをまたポケットにしまい込んだりした。ふと顔を上げると、とっくに出て行ったものと思っていた依頼者たちは、まだ、私の眼前にいて、こちらの様子をじっと眺めている。契約はすでに成立したのだから、彼らが今、私に危害を及ぼす心配は、すでにないはずだ。もし、それが目的でここへ来たのなら、とっくに撃ち殺されている。不思議に思い、その理由わけを尋ねてみた。何か追加する条件でもあるのかと。
「いやなに、仕事の話はこれで終わりさ。あとはこういった仕事への興味の問題なんだがね。」老人の口調が少し和らいだ気がした。ただ、こちらを仲間に引き入れようとはしまい。あくまで冷たさの残る他人の口調だった。
「君には大きな野望があるようだが、この安い仕事を長く続けたところで、大した銭にはなるまい。日々の食事のメニューも明日着るファッションもその金額の中でやっていくんだぞ。君の心が荒んでくれば、道徳を守って市民を救うどころではなくなる。権力にすり寄れば、大衆の恨みを溜める可能性の方が高い。将来設計についてはどのように考えているのかね?」
「大変ありがたいご質問です。まさに仰る通りでして、この仕事をあと十年ほど続けましても、人生の軌道は上昇カーブを描くどころか、ただただ、窮地に追いやられていくばかりであります。では、スーパーマーケットの店員さんや、新聞配り、あるいは、賭博場近くを拭きまわる清掃夫さんの方がいいのかとなりますと、それもまた、正答にはほど遠いのでございます。今度はスケールが小さすぎます。リスクのないところには概して、末長い存続はあり得るのでしょうが、安い賃金で何とか生活を支えまして、いくら待ちましても、天上からの蜘蛛の糸は垂れては参りません。今のままでは、地獄の沼に浸かるのが、早いか遅いかだけの違いになってしまいます。たしかに、私の仕事は先ほど挙げた職業よりもさらに安く危険なだけの仕事です。それははっきりと認めます。ですが、あの薄暗い雨雲を割って、するすると降りてくる蜘蛛の糸が、今は幻想と同様ですが、はっきりと見えているのです。それは、賃金が安い割に社会の暗部に片手を突っ込んでいるからなんです」
「しかし、君のような危うい仕事は、どうあがいても幸福には繋がらんと、市民のほとんどはそう判断しているから、かえって、安直な職業を選んでいるのではないかね?」
「それは、彼らに向上心というものがまるでないからです。空を飛ぶ生物には無数の種がありますが、結局のところは、なるべく太陽の近くまで飛ぼうとするものが高い評価を得ます。都会人にエサをねだる、カラスやハトを誰が妬むでしょうか?」
「ほう、では、君はこの無茶な依頼の中にも、何らかの希望を見出して取り組むわけだな。ただ、一発逆転を狙える仕事なら、他にいくらでもあるだろう。偽札が詰まったトランクをほんの三区画ほど運ぶだけで三千ドルになる依頼もあると聞くぞ。君の仕事は今のところ安かろう悪かろうだ。もし、よければ、その辺りを聞かせてくれないかね?」
「社会に刃向かう仕事を受けるかは本人の好みになりますが、たった三千ドルで腐りきった人生をひっくり返すことはできません。続けているうちに、おそらくは、人知れず消えることになり、葬儀代と埋葬料が浮くくらいになります」
「では、君は勝者となるために、この位置からどうするつもりかね?」
「この仕事は依頼料は安いのですが、確たる武器があります。依頼人が一生ひた隠しにしておきたい事実も、ここへ相談に来るときには、皆、包み隠さずに語らざるを得ないということです。ただ、それは探られる側も同じです。私はそこで、この両者の個人情報を食いものにしつつ、成功を手繰り寄せていくわけです」
「よく、そんなことをずけずけと言えるね。今のところ、まともな職にも就いていないくせに……。そんなことを続けていると、やがては依頼人と標的の双方から恨みを買うことになるぞ」
「しかしですね、情報というものは、そのまま相手の弱みにも直結します。多くの資産家や著名人の弱みを握ることで、そこから新しい戦略を練り、自分の成功へと転化するわけです」
「そこまでは良い案だと認めても、これまでこなしてきた依頼から、何か有益な情報は得られたのかね? 結果が出てなければ何も意味はないぞ」
「今のところ、結果は皆無です。自分の無力だけを思い知りました。でも、古い礼拝堂の地下室に漂うような怪しげな匂いを嗅ぐことができます」
「もし、この文章を書いている者がいるとしたら、そういう方向に話を持っていきたいだろうね。このストーリーの奥には、まだ、何かあるぞ、と。そうでもしておかないと、今のところ、主要人物たちに魅力がなさすぎる。まるで、二流劇場の出し物になってしまっているね」
「もしかすると、愛着というところを考えているのかもしれません」
「何度も同じような会話を繰り返していくことで、我々のような浅いキャラにも不可解な魅力が増していくというわけかね?」
「彼はそう思い込んでいるのだと思います。少なくとも、読者はこの設定を覚えやすくはなります。甚だ浅慮と言わざるを得ません。作者自身のイメージを先に創り上げた我々のイメージの背後に隠そうとしているのでしょう。頭がいいとは言えませんが、巧妙な手法ともいえるわけです」
「ふん、我々を隠れ蓑にする気か。そうはいかんぞ」
自分が粗末に扱われていると知って、老人の鼻息が急に荒くなってきた。
「ねえ~、上の人のことなんて、どうでもいいじゃない。どうせ、この世界には降りてこれないのよ。意気地がないですしね」
「最後に一応聞かせてください。この任務に失敗したら、私の命は風前の灯火でしょうね?」
「もちろんだよ。それだけは保障してやる。なに、なるべく楽に旅立てるようにしてやるよ」
「やだー、わたしはこんな人が焼死体になるところなんて、見たくなーい」
金髪美女が初めて私に助け舟を出してくれたようだが、そんなことで事態が好転するとは思えなかった。
「遺体を焼くだなんて、そんな乱暴なことはしないさ。彼の両手両足とその指紋はすべて切断され、その上で首を刎ねられ、ハドソン川にでも放り込まれるだろう。とても惨めなものだが、そのくらいなら君も許してくれるだろう?」
「それならGOODだわー! とても、エグゼクティブを感じるもの!」
彼女の返事を聞いて、老人も満足そうにひとつ頷いた。
「では、心より成功を祈っておるよ。次に会うとき、我々が敵同士ではないようにもな」
ほのかなラズベリーの香りを残して、ふたりの姿は宵闇の中に消えてしまった。爺さんの方は、自分にはどうでも良かった。せいぜい、長生きに精を出して、あと十年ほどでくたばっちまえ! まあ、それでも自分よりは長生きしそうな気もする。悔しいが、あの子(ねこ)はこちらの方をあまり見てくれなかった。俺の誘い文句なんかより、いつも、安っぽいギャグ漫画に夢中になっていた。時々くれる笑顔だけに本気になってしまった。1994ー1996まで、何度思い返しても、チャンスはまるでなかったのに、その後ろ姿を追いかけまくっていた。それだけのために、つまらない学校に通っていた。時間は思いのままにねじ曲がる。取り逃した時の落胆は、さすがに大きかったが、今でも記憶に残っている。逆に礼を言いたいくらいさ。撞着語法的に表現すれば、「まったく、あのレディは魔物なのさ」。しかし、いつもは、どこのキャバで働いているお嬢なのか、そのくらいは聞き出してみても良かったかもしれない。でも、それを言った瞬間に腹に風穴が空いたかもしれない。いくら安い命でも使いどきってもんがある。寿命ってもんは、伸ばせるだけ伸ばした方がよかったんだ。
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