その足枷を、あなたの愛で解いてください。

ユーリ(佐伯瑠璃)

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第二章 絆 編

互いが互いの枷となる

 障子の隙間から一筋の光が差し込み、紫蘭の瞼を照らした。ツンとした刺激に目を開けた紫蘭は覚醒前のぼんやりとした思考で天井を見ていた。いつ、布団に入っただろうか。夫の背中を流す為に風呂場に入ってからの自分の足取りが掴めない。ただ、デレクと尊治の二人に激しく、優しく愛された事だけは覚えている。記憶で、ではなく、躰が、だ。

「うっ」

 朝餉の支度をしなければと躰を捻って自分が漏らした言葉に、顔を歪めた。躰が鉛のように重く、腰から下は思うようにならない。布団から起き上がるだけで悲鳴を上げそうだ。足の付け根、太腿、腰の筋肉が痛くてならない。上半身の力で布団から這い出て振り返るもと、デレクの姿はもうなかった。

(しまった。寝過ごしてっ……私ったら、どうしましょう)

 畳に手をつき腹に力を入れなんとか立ち上がると、ツツーッと生温いものが太腿を伝ったのが分かった。

「ぁ……」

 紫蘭は手で口元を押さえ声を飲み込んだ。収まりきれなかったデレクの体液が溢れてきたのだ。いったい男は何度、紫蘭を抱いたのか。紫蘭は刹那げに吐息を漏らす。
 腰に挟んであった手拭いでさっと拭き取ると、もう仕事に出てしまったであろうデレクを想いながら、紫蘭はへこへこと不自然な歩みで床の間を出た。



     □



 取り敢えず見られる姿に整えた紫蘭は居間に向かった。近づくに連れ火を炊いた後の温もりと、朝餉の香りが漂ってきた。まさかと思い慌てて障子を開ける。

ー スパーンッ……

「お? 起きられたか」

 警視庁の制服に着替え終わったデレクが、胡座をかいたまま紫蘭の方へ振り返る。その端正な顔立ちには黒の制服がとても良く似合うと、思わず見惚れてしまう。

「尊治さま、ごめんなさい! 私っ」
「紫蘭が謝ることではないだろう。無理をさせたのは俺だ」

 デレクはそう言うと、突っ立ったままの紫蘭の手首を掴んで引き寄せた。ほんの少しの力でも今の紫蘭は踏ん張ることが出来ない。そのままデレクの腕の中に倒れ込んだ。

「きゃっ……やだ」
「くくくっ。やはり今日は無理だな。一日大人しく寝ていろよ」

 デレクはにやにや笑いながら紫蘭の額や鼻先、頬へと至るところに口づけを落としていった。紫蘭は片目を瞑りながらそれを受け止めている。最後に唇へ。

「んふっ」

 ちゅう、とワザと音を立てて離れるデレクを紫蘭は軽く睨んだ。

「怒って見せても、お前の可愛らしさら変わらん」
「もうっ、尊治さまっ! 酷うございます」

 せめてもの抵抗とばかりに、紫蘭はデレクから顔を背けた。それでも頬を赤く染めているのだから説得力がない。

「そうだった。忘れるところだった。紫蘭、大阪に行くぞ」
「……大阪?」

 警視庁からの辞令で大阪に異動になると紫蘭は聞かされた。見知らぬ土地で申し訳ないとデレクは言う。

「尊治さまとなら何処へでも行きます。たとえ其処が、異国でも」

 紫蘭はぎゅっとデレクの太くて逞しい指を握った。デレクは口元を緩め「助かる」と返した。

「大阪は賑やかな街だと聞いたことがあります。言葉も異なると」
「苦労をかけると思うが」
「いいえ。とても楽しみです。日本も意外と広いのですよ」

 無邪気に声を弾ませる紫蘭にデレクは破顔した。やはり花魁は何処かに消えたらしいと。なんと愛らしい女になったものだと。

「ならば、東京を立つ前にナギの神社に行こうか。暫くは戻ってこれんぞ」
「はい!」

 デレクと紫蘭の新たな門出であった。



     □ □ □



ー 大阪。

 藤田五郎こと、元新選組の斎藤一から一通の手紙がある家に届けられた。平屋建ての静かな佇まいに山崎診療所の看板が掲げられている。

「烝さんに文が」
「俺に」

 山崎すすむ。曾て新選組で諸士調役兼監察として在籍していた男。物静かで口の硬い忠誠心溢れた男で、小柄で身軽であったことから当時から敵陣に潜入などして活躍した。
 山崎椿。烝に一目惚れをし、女でありながら無謀にも後を追って新選組お抱えの軍医まで上り詰めた、芯の強い可愛らしい女だ。鳥羽伏見の戦いのあと新選組から離脱。二人は夫婦となり、今に至る。

「藤田五郎……斎藤さんからです」
「え、斎藤さんから」

 近々、三沢尊治(みさわたかひろ)と言う警察官が訪ねてくる。大阪は初めてなのでよくしてやって欲しいという内容だった。

「斎藤さんの部下にあたる方が大阪赴任になったそうです」
「助けてあげて欲しいという内容なのですね。住む家から探すのですよね」
「奥様もご一緒らしいので、警察官寮は難しいだろうね」
「ふふふっ」
「椿、楽しそうだね」
「だって、新しい知り合いが出来るのですよ。それも斎藤さんの」

 椿は嬉しそうに笑った。京都で過ごした賑やかな日々でも思い出すかのように。それを見て烝も自然と頬を緩ませる。三十路に差し掛かろうとしているのに、なんと無邪気なことかと。これでも医者でもあり母親でもあるのだから。



     □



 その頃、デレクと紫蘭は船上にいた。横浜から船に乗り大阪に向かう途中であった。甲板で波打つ姿や魚に群がる鳥を眺めては「ほぅ」と吐息を漏らす。片方の腕でデレクの腕をしっかりと摑み、もう片方の腕は自分の胸元をぎゅっと握り締めている。そんな紫蘭の姿を子供のようだと微笑ましくデレクは見ていた。

「尊治さまっ、見てください。鳥が!」
「ああ、持っていったな」
「なんて逞しいのでしょう。きゃぁっ」
「おっと」

 ぐわんと船が揺れた。慣れない紫蘭は踏ん張ることができずデレクにもたれ掛かる。軍に所属していたデレクは船には慣れたもので、ふらつく紫蘭をなんなく受け止めた。

「ごめんなさい……っ」
「紫蘭?」

 紫蘭の顔は青褪めて、額から汗が吹き出ていた。
(船酔いか、そろそろ出る頃だろう)
 初めは何もかもが珍しく、見るもの全てに気を取られていた。しかしその見るものにある程度なれると、今度は三半規管が反応し始める。

「部屋に戻って少し休むか」
「すみません」
「気にするな。誰にでも起こる事だ」

 紫蘭を軽々と横抱きにすると、デレクは二人の客室に戻った。
 
 異国の血が混じったデレクはこの船に立つ姿がとても絵になっていた。黒の、丈の長い外套が潮風に煽られてなびくと、鍛えられた長い手足が現れ、黒のブーツが一段とその脚を引き立たせた。通りかかる異国の女性が、異国の言葉で話しかけるのを紫蘭は見てしまう。ズキと胸が痛くなる。

(なんてお似合いなのでしょう……)

 その横顔は紫蘭の知らないデレクの顔。何か言葉を交わすとその女性の腰を引き寄せて、ちゅと口づけを落とした。

(っ……! いやっ、やめてください。紫蘭を、紫蘭を捨てないでおくんなまし)

「いやでございますっ!!」
「紫蘭!」

 はっ、として目を開けると、デレクがとても心配そうに紫蘭の顔を覗き込んでいた。紫蘭は船酔いでベッドの上で休んでいたのを思い出す。夢、だったのだ。

「よかった」
「なにがよかったのだ。その様には見えなかったが」
「怖い夢を見たのですけど……」

 紫蘭は自分が見た夢の内容をデレクに話すのが恥ずかしく、また口に出すのも癪だった。内容は覚えていないと誤魔化す。片方の眉をヒクッ上げたデレクは紫蘭が覚えていないと嘘をついたと察した。

「口に出せば浄化されるらしいが、忘れたのならば仕方がない。また同じ夢を見るかも知れん」
「ぇ、(二度と見たくない)イヤです」
「しかし覚えていないのだろう。次に見たときに忘れないように話してくれたらいい」

 また同じ夢を見るのか、またはあの夢の続きなのか。口づけを交わした二人はその後どうなるのか。あの異国の女性はきっとデレクを部屋に誘うだろう。デレクもまんざらではなかった、ならば。

「意地が悪うございます。紫蘭は、尊治さまを取られたくないのです。なのにっ」

 やはり紫蘭は覚えていた。悲壮な顔をして自分を取られたくないと言っている。デレクは黙って紫蘭の頬をなで、続きを促した。

「異国の女性は尊治さまを楽しませてくださいますか。私にはとうてい敵わない魅力がお有りなのでしょう」

 そう言うと、紫蘭の瞳から一筋の涙が流れ落ちた。瞬きをする度に増える清らかな線にデレクは引き寄せられる。ちうっ、とその頬に流れる雫を口で吸い取ると、驚いた紫蘭が大きく目を開いてパチリパチリと瞬かせた。

「尊治さまっ……んんっ」

 そのまま紫蘭の唇を塞いだ。紫蘭が夢の中で、見たことのない異国の女に嫉妬している。己の存在が日に日に紫蘭の中で大きくなることに、人を愛すると言うことの重みを知る。

悋気jealousyをもっとぶつけてくれ。もっと俺をお前でガチガチに縛ってくれ。俺に狂ってくれ。紫蘭、お前になら殺されててもいい」
「っ……デレク!」

 抱きしめても抱きしめても満たされない。もっと引き千切るほど強く、もっと近く溶け合うほどに絡まり合って、互いが互いの枷になればいい。

「紫蘭」
「ぁ……ふうっ」

 デレクの意思を持った舌が紫蘭の咥内を味わい尽くすと一旦そこから退出した。デレクは上からじいっと、異なる色の瞳で見つめた。紫蘭はこのデレクの異形と忌み嫌われた瞳が好いていた。その宝石のような瞳で見つめられると大事にされていると思えるから。

「気分は、どうだ。ん? よさそうだな」
「あ、あっ……」
「溺れておけ、何も考えるな」
「ああっ、尊治さまっ……あんっ! デレクっ」
「くくっ。どちらで逝きたい」

 もう腰紐は解かれ片方の乳房は暴かれて赤い実が痛いほどに固くなっていた。デレクは唇でその先を挟み捏ねる。淫らな刺激が下肢へ伝わり思わず紫蘭は片膝を立てた。強すぎる快楽を逃すために。しかし、デレクが黙ってさせるわけがなかった。すぐにベッドに乗り上げ紫蘭の脚のあわいに収まると、長い舌をその桃色の隘路に埋め込んだ。

「ああっ、ひあぁっ」
「紫蘭。観念しろ」

 じゅじゅじゅ、と音を立てて溢れる愛液を吸い尽くす。逃げられない延々続く快楽にキリをつける方法は一つ。

「あっ、あっ、おねっ、がいします。尊治さまのっソレを。私に、くださ……ああっ!」

 ズンと打ち込んだ。しかし、紫蘭が求めたのは尊治だった。デレクは要望に添うように、丁寧にゆっくりと蜜路を自身で解しながら奥へ進んだ。

「愛している。お前だけだ、紫蘭っ」
「ああ、尊治さま。私もお慕いしております」

 紫蘭は細い脚をデレクの腰に絡ませて、離さないと最奥に誘い込んだ。

「はっ、くっ!」
 


 二人を乗せた船が、大阪港に船首を向けた。間もなく、二人はもう一つの愛の形を見つける事となる。
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