COVERTー隠れ蓑を探してー

ユーリ(佐伯瑠璃)

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正義も勇気も殺してはならない

16.

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 外の騒がしさに、林原と夏恋は甲板デッキに顔を出した。外の風景を見た林原は思わずかおしかめた。自分たちが乗った船の周囲がとんでもないことになっていたからだ。

「あの?」

 不安になった夏恋が声を掛ける。林原はゆっくりと振り返り夏恋に言った。

「ぼやけて見えないかもしれないが、俺たちの船の周りは厳戒態勢だ。見ろ、海上保安庁の巡視船、巡視艇、それからあっち。警察の警備艇、そしてその奥に灰色の塊がいくつかあるだろう」
「はい」
「あれは海上自衛隊の護衛艦だ」
「えっ!」

 夏恋は驚きのあまりに一瞬混乱する。
 たかが誘拐犯を追うにしては大げさすぎる。自分を助けるためだとしても、自衛隊が出るなんてありえない。

ーー何が始まるの!!

 そのとき船の前方から風丸の興奮した声が聞こえてきた。林原は夏恋の腕を引きながら甲板を移動した。小型のクルーザーは停泊していると穏やかそうな海の上でもかなり揺れた。それでも夏恋が船酔いをしなかったのは、自らも船の舵を取ることができるからだ。

「うははは! とうとうこの日が来た。見物客もずいぶんと集まったしな。見せてやろうか、俺がこの世界を征服する瞬間を」

 風丸を挟むように火口と山上が立っていた。そして風丸がゆっくりと振り返る。林原と夏恋を見つけた風丸は口を大きく歪めて笑った。

「俺はなお前の力など借りずとも、やっていけるんだよ。俺に怖い物はない。いいか! とことん後悔させてやる。お前と日本の警察に! 裏切りは死に値する。その死はもっとも恐ろしく、残酷な形で訪れるのだ。ふははははっ!」

 風丸の表情は何かに取り憑かれたように、とても恐ろしい顔をしていた。裂けるのではないかと思うほど口を大きく開け、黒目が飛び出しそうなほど目は見開き、太い眉は吊り上がっていた。
 しかし、興奮した風丸とは逆に、静かな声で林原が口を開いた。

「いつから気づいていた」
「さあな。自分で自分に聞いてみな。上手いこと隠していたつもりだろうが、仮の身分は真の身分を持った奴には敵うわけがねえんだ。せいぜい後悔しながら、そこの嬢ちゃんとあの世に行くんだな」
「貴様っ!」
「冥途の土産ってやつを見せてやるから、黙ってな」

 林原は夏恋を自分の背に隠すように、彼女の手を強く引いた。林原の心の奥底に隠し続けていた正義がそうさせたのかもしれない。夏恋は男たちのやりとりに震えていた。とうとう最期の時がやってきたのだと感じたからだ。

 その時、海面が動き始めた。小さな渦がどんんどん大きくなり、大きな円を描き始めた。同時に、空気が熱くなるのを感じる。

「来るぞ! 俺の息子が!」

 風丸は喜び、叫んだ。
 海底から何かがやってくる。
 
「キャーッ」

 夏恋は思わず悲鳴を上げた。船が大きく揺れ、火山が噴火したのではないかと思わせるほど、熱い潮が海底から吹きあがった。

 ウォン、ウォン、ウォン......ウォン、ウォン、ウォン......

 そして、とても耳障りな低い音が鳴り響いた。思わずそこにいた全員が耳を塞ぐ。しかし、塞いでもその音を遮ることはできない。耳に、というよりも脳に直接その奇妙な音が響いているようだった。あまりにもひどい音に、林原も夏恋もその場に膝をついて頭を伏せた。

「くっ」
「うっ」

 気がふれたのか、風丸一人だけは仁王立ちで笑っている。

ーー風丸あいつ、ヤクでもやっていったのかっ

 尋常ではなかった。周囲を取り囲んでいた船舶の乗員たちも耳を押さえて体を伏せている。このまま鳴りやまなければ、気が狂ってしまいそうだった。

「いやっ」

 その時、夏恋が声を出した。林原は夏恋が見ているものを捉えて息をのむ。風丸の隣にいた火口が目と鼻から血を流していたからだ。

「あの音を聞くな! いいな! 耳から手を離すな!」

 林原は大声でそう言うと、夏恋を促しながらできるだけこの場から離れようと甲板上を移動した。

――なんなんだいったい! あの音はどこからくるっ。このままじゃ、脳が壊れてしまう!

 林原は一先ず、夏恋と船の操舵室に入った。きっちりとドアを閉めてもあの音は遮断できない。それでも、外にいるよりはずいぶんとましだった。隣では両手で耳を塞ぎながら震える夏恋がいる。その姿を見て林原は眉間にしわをぐっと寄せる。

――俺は奴らの何を見ていた。どうして気づかなかったんだ!

 自分はどこでミスを犯してしまったのか。考えても分からなかった。

――山上か......

 この組織に身を置いてから、ずっと自分を嫌っていた男だ。彼の身辺は十分に調査したつもりだった。単に馬が合わないだけだと思っていた。

「くそっ!」

 林原は苛立ちのあまり、拳を強く叩きつけた。それを見た夏恋は驚きで目を見開いた。いつも冷静だった男が取り乱すのを見て、恐怖はどんどん煽られる。

――早く助けて! どうして警察も、自衛隊も動かないの!

 
 ゴゴゴゴゴゴゴーッ


「なんだと」
「うそっ」

 地響きのような音が海底からした。操舵室の窓から林原と夏恋が見たものは、想像を越えたものだった。落ちたと思われていた貨物コンテナが自力で浮上してきたのだ。浮上した時に起きた波が、周辺の船舶を大きく揺らした。
 その光景を喜んだのは風丸だ。船の先端に立ち手を広げ、そして、叫んだ。

「My Sun!! ー我が息子よー」

 コンテナのドアが天を向き、鍵が何かの衝撃ではじけ飛んだ。重い扉がゆっくりと開く。

――なにかが、来る!

「My Master. ー我が主よー」

 まるでSF映画でも見ているようだった。開いたコンテナの中からゆっくりと人の形をしたものが現れた。どこかの国の軍人か、戦闘服と思われるボディーアーマーで身を包み、武装していた。黒のヘルメット、黒いサングラス、黒い戦闘ブーツ、体のいたるところに素人が見ても分かる武器を装備している。それが宙に浮いて現れたのだ。
 その軍人はコンテナの端を軽々と蹴って、何十メートルも離れているはずの風丸が乗る船に飛び乗って来た。着地の衝撃で船が揺れる。

「会いたかったよ、My Sun」
「My Master」

 その軍人はまるで風丸に忠誠を誓うかのように、腕を胸に当て片膝をついて頭を垂れた。その風景はとても異様で、操舵室からそれを見ていた林原と夏恋は唾を飲み込むことしかできなかった。

「やっと外に出られたんだ。ひと暴れしたいだろ。狭くて暗いコンテナの中で、長いこと待たせた詫びだ。My Sun、見物客を脅かしてやれ」
「Yes, Sir!!」

 命令を受けた軍人は跳躍し、みるみる高く浮き上がる。そして背中に担いだ小銃ライフルを出し構えた。ほんの一瞬訪れた静寂、それは直ぐに壊れた。聞いたことのない音が頭上で鳴り響く。

 ターンッ! ターンッ!

 対面に停泊していた国籍不明船の乗組員がパタパタと海に転落した。それを見た他の船舶は慌ててエンジンをかける。錨を上げてこの場から去ろうと誰もが焦った。しかし、あまりにもそれは残酷で、軍人は腰にさした拳銃を抜いて一発放つ。その弾は逃げようと足掻く船のエンジンに命中。そして、爆発音とともに炎上した。船を諦めた乗組員たちは炎から逃れようと海に飛び込んだ。散り散りになった乗組員は周囲の船に助けを求める。しかし、すでに周辺に船舶はいない。恐ろしい光景を目の前で見て、誰が他人の事を構っていられようか。

「化け物か――」

 操舵室から見ていた林原は思わずそう呟く。
 もう、それ以外に考えられなかった。海底に沈んたコンテナはどう計算しても十日以上は経っている。特に特殊なコンテナではないし密封性に欠けるため、海上に落下した時点で海水が中に流れ込んでいるはずだ。酸素もなくなったコンテナ内で、いかに鍛えられた者でも生存することは不可能だ。水が入らない潜水艦ですら、酸素は一週間ほどしかもたないというのに。

「ど、どういうことですか」

 夏恋は震える唇をなんとか動かして、林原に聞く。厳しい表情の林原を見ると、仲間であるこの男も知らなかった事実のようだ。
 夏恋は初めて目の前で人が殺されるのを見た。それを目の当たりにしても、主犯格の男は喜びの声を上げている。黒で身を固めた恐ろしい軍人は、もはや人間とは言い難い身体能力を持ち躊躇うことなく人を射殺した。夢であってほしい。そうやって現実から逃げる方法しか思い浮かばなかった。

 林原は怯えて小さくなった夏恋の前に腰を下ろした。

「なあ、これくらいの船なら操縦できるんだろ?」
「……へ?」

 何を突然言うのかと、夏恋は林原を見上げた。林原は夏恋に少しだけ笑ってみせる。

――このまま、ただで死んでたまるか。なんのために俺は、奴らの組織に潜っていたんだ。

「死にたくなかったら、俺が言うとおりに舵を切れ。今から錨を上げる。エンジンのかけ方は分かるな」
「えっ、あっ、待ってください。前がよく見えないのにっ、舵なんてとれません」
「あんた、一矢報いて死んでやるって、思ってなかったか」
「なんでそれっ」

 林原は夏恋の心の動きをなんとなく感じていた。初めは怯えて泣いているだけだと思っていたが、心の奥に芯の通った強いものを感じていたのだ。林原は巻き込んでしまったことを詫びるより、せめて夏恋だけでも生かして返したいと思った。

「過去の事件なんて、今に比べりゃなんてことないだろ」
「これと比べないでくださいっ」

 夏恋が言い返すと林原は片方の頬を上げて鼻で笑った。それが気に食わなくて夏恋が睨む。その夏恋の反応に林原は心に決めた。

ーー最後くらい、ヒーローぶっても罰は当たらないだろ。

 林原は夏恋の頭をぐしゃぐしゃに撫で回した。この世界に入って、女と心を通わすこともなく今までやってきた。今更、惚れたはれたなどという気持ちはない。ないが、夏恋だけは不思議とかまってやりたくなる。

ーーヤキが回ったな。いよいよ俺も、終わりってことだろ。

「よく聞け。アレは人間じゃない。恐らく、人間とロボットのあいの子ってとこだろう。世間には知られていない恐ろしい研究がたくさんある。アレもその一つだろう」

 林原は何年か前に、紛争地帯で特殊部隊だけを狙った事件があったと聞いた。無事帰還した兵士からの調書では、エリートの数名が連れ去られたそうだ。しかし、その内容は機密にあたるため公表されていない。あくまでも兵士の精神疲弊による妄想として処理された。

ーーあれは、ヒューマノイドロボットの可能性が高いな。身体能力、武器の取扱い、人間の言語を理解し、忠誠を誓うあたりが……。なんて恐ろしいものを造ったんだ。

「なんなんですかっ、それ! あっ、だから自衛隊まで出動して!」
「どこまで政府が掴んでいるかは分からないが、そう簡単に自衛隊は交戦しない」
「どうして!」
「国家に危機があると、それを確認しなければ動けない。まずは警察や海保が動いてからだ。自衛隊が動くのはせいぜい海上警備行動くらいか。防衛出動とまではいかないだろ。とにかく俺たちはここから離れる! あいつが海上に浮いてる間にな」

 夏恋には、何がなんだか分からない。分かるのは目の前にある危機だ。男が言うように、なんとかここから離れなければならない。

「分かりました。悪あがき、します」
「よく言った」

 夏恋はクルーザーのエンジンをかけ、舵を握りしめた。
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