とある世界、とある場所にて

晴れのち曇り

文字の大きさ
11 / 20
とある世界の冒険者

十一話目

しおりを挟む
 ちょうど正午、普段ならこのザルツでは昼食をとる者も多いだろう。大通りは屋台や食事処、大衆食堂などから聞こえる客引きの声で賑わい、店内は休息を取っている冒険者や兵士達などでいっぱいになるはずだった。
 しかし、この日のザルツは何処に行っても人の姿が見えず、皆が家屋に閉じこもっているか、この街から逃げ出したかのどちらかというまさに閑散とした状態にあった。

 何故か、それは超大型の魔獣の群れ、軍勢と呼んでも違和感がないほど多数の魔獣がザルツを襲わんとしているからだ。

 本来ならば冒険者や兵士達で以外の全ての住民はザルツ外へ逃がす予定だった。しかし、予想以上に住民達のザルツへの愛着が強かった。だから自分達は闘えないが、それでもザルツに残り運命を共にする、という選択をしたのだ。
 これは普段なら喜ぶべきものなのだろう。しかし、今は平時ではない。護るべき者達がすぐ後ろにいる。この事実に冒険者と兵士達は奮い立つとともにかつてないほどのプレッシャーを感じざるを得なかった。

 さて、その冒険者や兵士達はというと、ザルツの門の前に陣取っていた。籠城し、外壁が突破された後の市街戦を恐れたためであり、また、ザルツは籠城には不向きな平地に位置している。
 さらには現在外壁の強化作業中ということもあり、そもそも籠城ができないという不幸の三段重ねが起こったのだ。

 そのようなこともあってここザルツでは非常に緊迫した空気が充満していた。
 しかし、そんな中でも男は変わらなかった。いや、少し違う。変わらないのではなく、いつも魔獣と戦闘する緊張感ほどしか抱いていなかった。
 これは決して驕りや油断、慢心の類いではない。むしろ逆であろう。いつも以上に張り詰めた空気だからこそ、努めて平時と同じように振る舞おうとしているのだ。しかし、心中では沸々と闘争心を高めていた。

 男の姿ははたから見れば落ち着いており、とても緊張しているようには見えない。
 だが、それとは裏腹にこれから始まるであろう大規模な闘争に想いを馳せていた。昂り、高揚し、頬が火照り胸が弾むようですらあった。
 男の性と言うべきだろうか、それとも冒険者としての矜持と呼ぶべきだろうか、なんとも言えない感情が男の身体を、つま先から頭のてっぺんまでを覆い尽くしていた。
 幼い頃寝物語として聞かされた英雄譚、一騎当千の活躍をする英雄達の姿に憧れた己を思い出していた。

 そうしているうちに何処からともなく男にとっては待ち望んだ声が聞こえた。

「魔獣が来たぞー!」

 多くの者にとっては聞きたくなかった声。己を死へと誘う死神の声のように聞こえたのだろうか、殆どの者が青ざめている。
 一体この闘いを誰が望んだというのか、望んだ者はおそらく少ないだろう。しかし、多くが望まず、少なきが歓喜に沸く闘いは、そんな理不尽と共に幕を上げた。




























 命を溶かす音が聞こえる。剣を振り魔獣の身体を切り裂く。己と同じ赤い血が流れ落ちる。
 先ほどまであったはずの昂りが消えている。氷のように冷たい思考が男を支配する。
 目の前にいる敵総てを殺す。それだけに己の総てを捧げる。

 構うものか、俺が只人でなくなることなど。それで求めた闘争が得られるのなら、喜んで修羅の道を進もう。

 俺は愚者なのだから。








 開戦、その合図は一本の矢によって知らされることとなった。
 はやった冒険者の一人が魔獣の姿を捉えるや否や弓を射かけたのだ。
 その矢は魔獣の頭を掠め大地を射抜くことになったが、攻撃されたことを察知した魔獣は冒険者と兵士達が陣を構えている場所へ目掛けて突進するように駆けた。

 その魔獣達の姿を見た冒険者と兵士達は「ザルツ兵団」団長のサーシャ・クレイドルの指揮のもと死地へと走った。













 どれほどの数の者達が死ぬか分からない。分かるのは今自分の隣にいる奴等の大半がこの草原の肥料となることだけ。そして自分もまたそうなるのだろうか。
 それでも戦う、求めるもののために。それは名声か、金か、それとも家族か、それは分からない。
 だが、ここにいる者達はおそらくは何かしら己の大切なもののために戦うのだ。

 怒号が、悲鳴が、矢が、剣が、槍が、斧が、石が、血が、あらゆるものが飛んでいる。
 もはやこの場に正気でいられる者などおるまい。皆が皆、この凄惨で残酷な光景から眼を逸らすために昂り、血に酔っている。
 そうでもなければ立つことさえままならないのだ。
 怒号も、悲鳴も、人が死ぬ音も何も聞きたくない。そんなことをいつのまにか願ってしまう。
 しかし、戦場でそのようなことなど到底叶わない。右を向けば人が死に、左を向けば魔獣が息絶えている。
 この世界で最も狂った場所、戦場。ここでは正気を保つことが苦痛にすら感じてくる。
 だから狂うのだ。血に酔うのだ。そうして己の精神を守り、死からも守っているのだ。










 戦場はまだ始まったばかりである。












 さあ、武器を取れ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

思いを込めてあなたに贈る

あんど もあ
ファンタジー
ファナの母が亡くなった二ヶ月後に、父は新しい妻とその妻との間に生まれた赤ん坊を家に連れて来た。義母は、お前はもうこの家の後継者では無いと母から受け継いだ家宝のネックレスを奪うが、そのネックレスは……。

今更……助けてくれと……言われても……

#Daki-Makura
ファンタジー
出奔した息子から手紙が届いた…… 今更……助けてくれと……言われても……

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる

アルカス
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。 でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。 でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。 その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。 そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。

処理中です...