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とある世界の冒険者
十四話目
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衝撃であった。
ソレを目撃したその時は。
そう表現する他に何があろうか。
地を這うような、それでいて腹の底から揺さぶられるような、低く重い唸り声。
若い新人冒険者をただの一撃で殺したその膂力。吹き飛ばすのではなく、消しとばしたその一撃。血肉は吹き飛ばされ、まるでシャワーのように降り注いだ。
その光景を見てしまった運の悪い者たちのほとんどが胃から逆流してくる吐瀉物を撒き散らしてしまったことは、仕方のないことなのだろう。
何が起こった?そんな疑問を持つ暇もなく、面前の光景に反射的に目を背け、胃液の不快さに涙を滲ませた。
そうしてひとしきり吐いた後、立ち直ることができた者はまだ良かっただろう。しかし、ここは戦場だ。血で地を洗うこの世の地獄だ。戦いの最中、不意に立ち止まった愚か者達を魔獣が見過ごすだろうか、いやあり得ない。
立ち止まり、下を向いて硬直してしまった冒険者達や兵士らはそのほとんどが魔獣の餌食となった。
だが、男は運が良かったのか、その光景を見ていなかった。気がついたら周りの者が吐き、その隙に殺される。そんな現象が何故か起こった、というようにしか男の眼には映らなかった。
男の反応は思いの外冷めたもので、不用意に動きを止めた者を見て、殺されて当然だろうとしか思わなかった。それは男が冷酷というよりも、この世界が、そして管理者が死者に対し「敗北者」というレッテルを貼り付けていたことによるものであった。
だが、そんな男も傍観者ではいられなくなった。ソレが男を捉えたからである。
「……おいおい、何でこっち向くかなぁ…….」
思わず、気の抜けたような、情けない言葉がこぼれた。
「ーーーッオオオオオオオ!!!!!」
オーガの咆哮は戦場に響き渡り、聞いた者を恐怖させた。お伽話でしか聞かないような存在であったとしても、この咆哮を耳にすれば、たとえ姿を見ていなくとも否が応でも理解できるだろう。
ーーーこれは只人が相対して良い存在ではない。
そう理解させるほどの存在感。
反抗の意志さえ人の心から削ぎ落とす。
ならば、それに立ち向かうことのできる者を何と呼ぶのか。
恐怖に打ち勝ち、立ち上がり、己の武器を向ける。
歯を食いしばりながら相対し、勝利せしめんとする。
そんな存在を、何と呼ぶのか。
そう、人はそれを英雄と呼ぶ。
暴風が男のすぐ側を殴るかのように通り過ぎる。
「ぐっ!無茶苦茶だなこいつ!」
そうボヤきながらも自分の拳の五倍は軽くあるのではないかというオーガの拳を半身になりながらも躱す。
男がオーガに目をつけられてからまだ30秒ほどしか経っていない。
だというのに、男は息を切らし、肩で息をし、焦燥に駆られた表情を隠すことができていない。
まだ、一撃ともらってはいない。しかし、オーガという圧倒的強者。その存在に酷く体力を削られていた。
「っ!くそ!」
反撃の手立てが浮かばない、そんな焦りが確実に男を追い詰める。それも仕方の無いことだろう。いまだに一度もその右手の剣を振るえていないのだから。
まさに必死であった。人体をいとも簡単に散らすそのオーガの狂気を躱しあまりにも軽い己の命を繋ごうと足掻いていた。
既に勝利は遥か彼方、遠く厳しいものであると否が応でも理解させられる。
それでもと。
それでもと、足掻き続ける。
脚を、眼を、頭を動かす。
隙を探り、勝機を探る。
必ず来るであろう勝機を見逃すことの無いように眼を凝らす。
「ーーーオオオオオオオ!!!」
再び咆哮、大地が震える。それと同時にオーガは拳を強く握り、男の頭を潰さんと振り下ろす。
「ッッッ!!!」
これも紙一重で躱す。その拳は男の髪の毛にすら掠る。
「ああっ!!!今ので二、三本は抜けたぞ!こんの野郎!!」
せめてもの抵抗にとオーガが理解できる かどうかも定かではない軽口を叩く。
「こりぁ……無理かもな」
男の口から諦めの言葉が漏れた。絶望的な彼我の実力差。種族としてのスペックも天と地ほどの差が開いている。
「そりゃあ……アホらしくもなるわな」
乾いた笑いが出る。
もう、諦めてしまおうか……
そう思った。
不意に脳内に彼女との会話が再生された。
ーーー貴方も早く逃げる準備をしてください!
焦燥に駆られた表情をしていた。
ーーー違います、違います……
恐怖に身を震わせていた。
ーーーなら俺は闘わないとな
そうだ。
ーーーだから待っててくれ、エリス
そう、彼女に、エリスに誓った。
「そうだ……」
約束したのだ。
「俺は……」
ーーーだから、俺は……
「生きる」
何かが男の中で弾けた。
ソレを目撃したその時は。
そう表現する他に何があろうか。
地を這うような、それでいて腹の底から揺さぶられるような、低く重い唸り声。
若い新人冒険者をただの一撃で殺したその膂力。吹き飛ばすのではなく、消しとばしたその一撃。血肉は吹き飛ばされ、まるでシャワーのように降り注いだ。
その光景を見てしまった運の悪い者たちのほとんどが胃から逆流してくる吐瀉物を撒き散らしてしまったことは、仕方のないことなのだろう。
何が起こった?そんな疑問を持つ暇もなく、面前の光景に反射的に目を背け、胃液の不快さに涙を滲ませた。
そうしてひとしきり吐いた後、立ち直ることができた者はまだ良かっただろう。しかし、ここは戦場だ。血で地を洗うこの世の地獄だ。戦いの最中、不意に立ち止まった愚か者達を魔獣が見過ごすだろうか、いやあり得ない。
立ち止まり、下を向いて硬直してしまった冒険者達や兵士らはそのほとんどが魔獣の餌食となった。
だが、男は運が良かったのか、その光景を見ていなかった。気がついたら周りの者が吐き、その隙に殺される。そんな現象が何故か起こった、というようにしか男の眼には映らなかった。
男の反応は思いの外冷めたもので、不用意に動きを止めた者を見て、殺されて当然だろうとしか思わなかった。それは男が冷酷というよりも、この世界が、そして管理者が死者に対し「敗北者」というレッテルを貼り付けていたことによるものであった。
だが、そんな男も傍観者ではいられなくなった。ソレが男を捉えたからである。
「……おいおい、何でこっち向くかなぁ…….」
思わず、気の抜けたような、情けない言葉がこぼれた。
「ーーーッオオオオオオオ!!!!!」
オーガの咆哮は戦場に響き渡り、聞いた者を恐怖させた。お伽話でしか聞かないような存在であったとしても、この咆哮を耳にすれば、たとえ姿を見ていなくとも否が応でも理解できるだろう。
ーーーこれは只人が相対して良い存在ではない。
そう理解させるほどの存在感。
反抗の意志さえ人の心から削ぎ落とす。
ならば、それに立ち向かうことのできる者を何と呼ぶのか。
恐怖に打ち勝ち、立ち上がり、己の武器を向ける。
歯を食いしばりながら相対し、勝利せしめんとする。
そんな存在を、何と呼ぶのか。
そう、人はそれを英雄と呼ぶ。
暴風が男のすぐ側を殴るかのように通り過ぎる。
「ぐっ!無茶苦茶だなこいつ!」
そうボヤきながらも自分の拳の五倍は軽くあるのではないかというオーガの拳を半身になりながらも躱す。
男がオーガに目をつけられてからまだ30秒ほどしか経っていない。
だというのに、男は息を切らし、肩で息をし、焦燥に駆られた表情を隠すことができていない。
まだ、一撃ともらってはいない。しかし、オーガという圧倒的強者。その存在に酷く体力を削られていた。
「っ!くそ!」
反撃の手立てが浮かばない、そんな焦りが確実に男を追い詰める。それも仕方の無いことだろう。いまだに一度もその右手の剣を振るえていないのだから。
まさに必死であった。人体をいとも簡単に散らすそのオーガの狂気を躱しあまりにも軽い己の命を繋ごうと足掻いていた。
既に勝利は遥か彼方、遠く厳しいものであると否が応でも理解させられる。
それでもと。
それでもと、足掻き続ける。
脚を、眼を、頭を動かす。
隙を探り、勝機を探る。
必ず来るであろう勝機を見逃すことの無いように眼を凝らす。
「ーーーオオオオオオオ!!!」
再び咆哮、大地が震える。それと同時にオーガは拳を強く握り、男の頭を潰さんと振り下ろす。
「ッッッ!!!」
これも紙一重で躱す。その拳は男の髪の毛にすら掠る。
「ああっ!!!今ので二、三本は抜けたぞ!こんの野郎!!」
せめてもの抵抗にとオーガが理解できる かどうかも定かではない軽口を叩く。
「こりぁ……無理かもな」
男の口から諦めの言葉が漏れた。絶望的な彼我の実力差。種族としてのスペックも天と地ほどの差が開いている。
「そりゃあ……アホらしくもなるわな」
乾いた笑いが出る。
もう、諦めてしまおうか……
そう思った。
不意に脳内に彼女との会話が再生された。
ーーー貴方も早く逃げる準備をしてください!
焦燥に駆られた表情をしていた。
ーーー違います、違います……
恐怖に身を震わせていた。
ーーーなら俺は闘わないとな
そうだ。
ーーーだから待っててくれ、エリス
そう、彼女に、エリスに誓った。
「そうだ……」
約束したのだ。
「俺は……」
ーーーだから、俺は……
「生きる」
何かが男の中で弾けた。
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