とある世界、とある場所にて

晴れのち曇り

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とある世界の冒険者

十五話目

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 世界が蒼い。蒼く、遅い。

 走馬灯、だろうか。

 いいや、違う。

 これは、

 昇華だ。

 矮小な人間から、

 へと、

 男は、至ったのだ。

 さあ、大物殺しジャイアントキリングを成し遂げろ。














 身体的スペックの差?

「それがなんだ……」

 種族としての埋まらぬ溝?

「それがなんだ」

 格差、溝、現実、限界?

「それが、なんだ!」

 男は叫ぶ、そんなものは認めない。生きて帰ると告げた。必ず戻ると誓った。

「なら……それを果たしてみろ!」

 踏み出す、大地を力の限り踏みしめる。
 身体が悲鳴をあげる。もう止まれと、諦めろと、警鐘を鳴らす。
 それでも、それでもと吐き捨てる。ここで立たねば、ここで立ち向かわねば、自分は死ぬだろう。
 それは駄目だ、認められない。もう一度、彼女エリスの元へ。

「帰るんだよ!」

 飛び出した。
















 剣を振り下ろす、躱される。剣を振り上げる、躱される。また、振り下ろす。振り上げる。全て躱される。

「デカいのに、速いのか……!」

 ギリ、と歯を鳴らす。あれだけの膂力、だというのに速い。なるほど、理不尽だ。
 だが、わかっていたことだろう。そう、己に言い聞かす。
 そも、伝説だのお伽話だのに登場するほどの存在だ。
 それがただ大きいだけのウスノロな訳がないだろう。
 見通しが甘かった訳ではない。オーガを舐めてかかった訳でもない。
 ただ、常識の埒外にあっただけだ。想像すら叶わなかった、それだけだ。

 それでも、剣を振るのをやめない。想像すらできないのなら、それすらも斬り捨てろ。

 その一心で降り続けていると、オーガの速さに感覚が慣れてきた気がした。
 この剣は横に跳んで避ける。次の攻撃は後ろに下がって避ける。次は、その次は、その十手先はどう避ける。
 振らずともわかる。筋肉の収縮で、目線の先で、大地の振動で、空気の流れる音で。
 次手を読み、身体の躍動するその先を読み、未来さえ読む。
 さあ、集中しろ。

 神経が焼き切れるほどに。













「オオッ!」

 読む。

 まだ、当たらない。

「シィ!」

 読む。

 まだ、当たらない。

「ラァ!」

 読む。

 まだ、いいや。ついに、当たった。

「っ!掠った、か!」

 ほんの小さな切り傷。まだ包丁で指を切った方が大きいような、僅かな傷。
 しかし、それは、オーガに傷を負わせたという事実は、男に歓喜の声を上げさせるには充分だった。

 己と同じ赤黒い血の色。僅かにそれが見えたと思った時には、既に親指ほどもない傷が塞がっていた。

「…………っ!」

 その光景を見て気を引き締め直す。オーガの流した血は、砂漠で砂一粒が失われるのとさして変わりはないのだから。
 そう自身を叱咤しながら、オーガを傷つけた小さな凶器を握る手に力を込めながら。
 また、腕を振るわせる。次はきっとその命を奪うと、誓いながら。















「ガアアアアアアアッッッ!!!」

 斬られた、そう思った時にはもう激情に身を任せていた。目の前の矮小な人間がオーガたるこの自分に僅かなりとも血を流させた。
 この代償はこの男の命によって贖わせる。沸騰した頭の中でそれだけが渦巻いていた。
 冷静さを欠いたオーガの視界には既に自分を傷つけた男しか映らなかった。

 だからだろう、飛んできた矢に気づかなかったのは。

 その矢は親しい仲間を名も知らぬ戦友たちを蹂躙された、決して語り継がれることなど、星にその名を刻まれることなどないただの兵士が死の間際に射った決死の矢。
 それはまるで何かに導かれるかのようにオーガの目に吸い込まれた。

「アアアアアアアア!!!!!」

 絶叫、かのオーガが死にかけの視界にすら入れてなかった人間に一番の深手をを負わされた。
 叫び狂うオーガを見ながら兵士射手は震える唇を動かして呟いた。

「ーーーざまあないな」

 ーーーどうだ、一矢報いたぞ。と、そんな意味を込めた言葉を吐き捨てて、物言わぬ死体となった。
 その顔は随分と晴れやかで、戦場で死んだ者の顔とは思えないほどだった。














「ありがとう……」

 彼が生み出したオーガの隙を見逃すほど男は間抜けではなかった。
 先に逝った兵士ザルツをちらりと見やった。

 良い奴だった。男が街に帰ってくると決まってザルツが門番をしていた。
 自然に名前で呼び合うようになった。おそらく男にとって数少ない友人だった。

 だが、今彼のために流す涙はない。

 まずは目の前にいるコレを殺す。

 その後で、奴の墓に花と酒を手向けようか、そう考えながら男は再度、踏み出した。
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