常夜の徒然なる日常 瑠璃色の夢路

真野蒼子

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第一章

第三話 魂の理

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 若旦那は瑠璃を見物しに来た従業員に笑顔を振りまきながら場所を移した。
 連れて行かれた先は鯉の鱗が描かれた襖で、中へ入ると時代劇で殿様に謁見するような広間だった。奥は一段高くなっていて、若旦那は当然のようにそこへ腰かける。『ひよちゃん』はてててっと袖を振り回して若旦那に駆け寄りぴょんと抱き着いた。若旦那は当然のように抱き上げ膝に乗せてよしよしと頭を撫でた。それは仲の良い兄弟のようで、見ているだけで和む。
 しかし若旦那はこちらを見ると妖しい笑みを浮かべた。

「説明するから座りなよ」
「結構よ。家に帰して」
「だから帰れないよ。君も妹も」
「何でよ! あんたのせいなんだからどうにかしてよ!」
「違います。結様はお二人を助けたんです」
「は?」
「何故魂が足りないか分かってるかい?」
「知るわけないでしょ。いいから帰る方法を教えて」
「いいよ。でもそこに座らない限り話さないけどね」

 ようするに座れということだ。なんとも腹の立つ言い方だが、私は渋々若旦那の一段下に置かれている座布団に座った。

「魂が足りないってどういうことよ」
「そのままの意味だよ。双子は稀に二人で一つの魂を共有してる場合があるんだけど、君達はこれだ。一人分を二人で使ってる」
「それが問題あるっていうの?」
「生きたいのならあるね。分かりやすく言うと寿命が短い。特に玻璃は元から身体が弱いせいもあって、生きられるのはあと数日だった。君はひと月ってとこかな」
「……は?」
「でも常夜へ来たことで魂はそれぞれ独立した。そうすれば飴で補充できる」
「補充すれば帰れるのね」
「帰れなくはないよ。でも死ぬんだよ。寿命が無いから」
「飴が補充してくれるんでしょ? いっぱい食べればいいわ」
「それは無理なんです。これは常夜の飴屋あめやにしか作れない特別な品。現世では作れません」
「それに消化されたらまた食べなきゃいけない。輸血みたいなものだね。血液を生み出すのは本人の肉体で、それが自分自身の魂なんだ」
「帰れないっていうのはそういう意味ね……」
「そう。君は魂を一人分手に入れなければ現世では生きていけないよ」
「どうすれば一人分になるのよ」
「簡単だよ。君と玻璃の魂を合わせれば一人分だ。あとは君の肉体寿命分を生きるだろう。けど魂が消失した玻璃はその時点で死ぬ」

 びくりと身体が震えた。妹と言われても実感は無いしどうなろうと知ったことではない。だが明確に死ぬ理由まで上げられると、さすがにああそうですかと流すことはできなかった。

「仮に魂を一つにできても帰すのは怖いんだよね。君達は《金魚きんぎょちょう》に名前が無いんだ」

 若旦那は懐から何かを取り出した。それは父の部屋にあった真っ赤な手帳だった。

「返しなさいよ! お父さんの形見なんだから!」
「これが形見? これが?」
「そうよ! 返して!」
「君は何も聞いてないんだね。金魚帖は金魚になる人一覧だよ。金魚屋が回収する魂一覧」
「……死者名簿みたいなもの?」
「死者の全てが金魚になるわけじゃないです。未練を持っていなければ金魚になりませんよ」
「これ作ってるの黒曜さんじゃないから形見としては微妙だね。それに鯉屋は金魚の輪廻を助ける店だ。これに名前がなければそもそも鯉屋には来れないんだよ」
「私を連れて来たのはあなたじゃない」
「誰でも連れてこれるわけじゃない。生者は入って来れないんだ、普通」
「じゃあ私は何なのよ」
「何だろうね。黒曜さんの血筋だからかな」
「……お父さんが何だっていうの」

 若旦那は待ってましたとばかりににっこりと微笑んだ。『ひよちゃん』を膝から卸すと一段下に降りてきて隣に座ってくる。
 すかさず『ひよちゃん』は戸棚へ向かうと、並べられていた金魚鉢を二つ運んできた。その中にいるのは『ひよちゃん』の小さな手より少し小さいくらいの黒い金魚だった。しかしどういう訳か水中で微動だにせずに浮いている。まるで眠っているようだ。

「出目金?」
「現世では黒いもやに見えてたかな」
「あれがこれ?」
「そう。これは未練が恨みに堕ちた姿。けれど何を恨んでいたかも分からなくなっていて」

 若旦那は金魚鉢に腕を突っ込むと眠っている出目金を鷲掴みにした。そしてもう一方の金魚鉢に放り込む。そっちにも出目金が一匹いて、それは私の手のひらよりもずっと大きく気味が悪かった。
 けれどその直後信じられないことが起きた。大きい方の出目金が眠っている小さな出目金に食らいついたのだ。

「ひっ!」

 出目金は普通の魚では考えられないほど大きく口を開け、歯がどんどん伸びて牙の様になっていく。それを突き刺しむしゃむしゃと食べ続け、数秒すればすっかり飲み込まれてしまった。

「と、共食い、して……」
「出目金は恨んだ相手を殺す事で未練を晴らすんだね」
「こんなことさせていいの!?」
「いいんだよ。金魚は輪廻するけど出目金はできない『理』なんだ。だから鯉屋が出目金を消すんだけど、そのための道具を作ってたのが黒曜さんなんだ」
「は?」
「けどもう作ってもらうことはできない。どうしようか困ってたんだけど、そんな時娘がいると分かった」

 若旦那は手首に嵌めていた腕輪を外して目の前にしゃらりと垂らした。ラピスラズリが連なったそれは、かつて父が私に作ってくれた物とそっくりだった。

「これは《破魔矢》。魂の理を守る絶対的な力」
「破魔矢?」
「これを作って欲しい。作れるのは黒曜さんの血を引く君だけだ」
「どうして私がそんなことやってあげなきゃいけないのよ。お父さんの娘っていうなら玻璃とかいうのに頼めばいいじゃない」
「あの子は駄目なんだよ。黒曜さんの力を全く受け継いでない」
「……そうなの?」
「うん。それにずっと寝たきりで目を覚まさない。圧倒的に魂が足りないんだ」
「不思議ですよね。どうやってこっちに来たんでしょう」
「え? あんたらが連れて来たんじゃないの?」
「違うよ。僕が連れて来たのは君だけだよ。あの子が何処にいたのかも知らない。なのになんでか来たんだよ」
「何よそれ……」
「さあね。今それはいいよ。それよりこっちだ」

 若旦那は戸棚から瓶を取り出した。中にはぎっしりと飴が入っているが、未開封で千代紙を使ったラッピングがされている。まるで女の子向けの商品のようだった。

「飴は食べ物だから当然店から買う。お金持ってる?」
「ないわよ」
「じゃあ僕から貰わないといけないね。でもただじゃあげない」
「……つまり」

 にっこりと若旦那はきらきらと光の飛び散るような笑顔を見せた。
 片手には飴を、片手にはラピスラズリの腕輪を持ち天秤の様に掲げている。

「交換条件だ。破魔矢を作ってくれたら飴をあげる」
「そ、そんなの卑怯じゃない!」
「うん。でも僕君と対等でいる必要ないし」
「……いいわよ。ならお金稼いで自分で買う」
「へえ?」

 若旦那はくすっと笑った。飴を戸棚に戻すとご丁寧に鍵をかけてしまう。

「やってごらん。言っておくけど鯉屋と金魚屋では雇わないからね」
「え、ちょ、ちょっと!」
「泣きつくなら早めにね」

 若旦那はぽんっと『ひよちゃん』の頭を撫でると爽やかな笑みで部屋を出て行った。
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