常夜の徒然なる日常 瑠璃色の夢路

真野蒼子

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第一章

第十話 遭遇

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 わいわいと賑わう声が聴こえてきて目が覚めた。金魚屋の布団はふかふかで、もう自宅の布団には戻れそうにない。

「ふあぁ」

 大学も仕事もないので好きなだけ寝ていても良いのだが、庭から金魚屋従業員が申し送りをしている声が聴こえてきた。今日はこの水槽まで終わらせるからここは誰がやるこっちは誰がやると割り振っているようだ。
 死分けとやらをするんだろうけど、具体的にどうやんだろう。
 私はそっと窓の障子を開けて外を見ると従業員がそれぞれの水槽に足を踏み入れる。手には籠を二つ持っていて、一つで出目金をすくいあげてもう一つの籠に移している。
 ……金魚すくい?
 あれにどんな意味があるのかいまいち分からない。この世界の理とやらの重要性も鯉屋と金魚屋がどれだけ凄い店なのかも、実のところ私には実感がない。利益も実害も私には発生していないからそういうものなのかと鵜呑みにするだけだった。
 あれくらいなら私にも手伝えるかな。ごくつぶしはちょっとな……
 ひとまず私はひよちゃんがくれた着物に着替えて、金魚すくいをしてる従業員に声をかけることにした。
 庭に出ると従業員の皆がにこやかに手を振ってくれた。こっちに来て騒ぎが多かったし若旦那があんな感じだから、率直に言ってこの世界の印象は良くなかった。
 でも金魚屋のみんなは気さくで良い人ばかりだ。現世の話を聞きたい言ってともてなしてくれた。
 ひよちゃんがいることもあり、おかげで私はここが自宅のように思えている。

「あら、瑠璃さん。おはようございます」
「おはよ。ひよちゃんは?」
「鯉屋ですよ。雛依様は結様の側仕えですから」
「ああ、そうだっけ。でも金魚屋の子なんでしょ? ここにいなくていいの?」
「本当は駄目なんですけどね。雛依様はいろいろと特別な方なんですよ。ここは金魚屋本店でご当主のお屋敷でもあります。ご当主は依都よりと様で、雛依ひより様はその跡継ぎなんですよ」
「でも若旦那の側仕えなんでしょ?」
「引き抜かれたんですよ。本当は依都様が新店舗へお移りになる時に雛依様が当主襲名と同時にここを継ぐはずだったんですけど、結様に引き抜かれたので金魚屋は次期当主の選び直しの大波乱!」
「けど当主に相応しい人ってのはそうそういなくてこの状態なんですよ」
「なんだか色々あるのね……」

 ひよちゃんは小さい子供に見えてその実はそうじゃない。けど外見がああだからその実感もない。
 もしやもっと敬わなければいけないのだろうか。

「瑠璃さん今日はどうなさいます? 破魔矢をお作りになるなら雛依様が材料をご用意してくださってますよ。居間の引き戸です」
「あ、そうなんだ。じゃあそうしようかな」
「なら飴を食べてからにして下さいね。ご自身の魂が削れてしまいますから」
「はーい」

 私は居間へ入り引き戸を開けた。そこには糸と紐、飾り用の房や大小色とりどりのビーズが入っている。けれど一種類が複数あるわけじゃないので組合せを考えるのは難しそうだ。それに総量も多くなくて、数珠を十も作ればなくなりそうだった。
 お父さんの机そのまま持ってきたいな……
 売り物を作るわけじゃないから何でも良いだろうけど、さすがにもう少し品を揃えたいところだ。
 今日のところはあり物で作るとしよう。
 私はいくつか数珠を作った。やはりぽんぽんと金魚が出て来て、私の周りが金魚だらけになると従業員たちの元へ再び戻った。
 そして庭に着くと、これを見た従業員たちが色めきだって駆け寄って来た。

「おやおや!」
「まーあ! 可愛い破魔矢だこと!」
「本当に。黒曜様のはいかつかったですもんねえ」
「お父さんのも金魚が出てきたの?」
「物によるみたいですけどね」
「ふーん……」

 仕組みが全然分からないな。お父さんの道具じゃなくていいならやっぱり血統とかそういう? でも何もしてないんだけどな……
 けど考えても仕方ない。考えても分からないことは考えない。
 私は作ったばかりの数珠を従業員の一人に手渡した。

「これあげる。あとでみんなの分も作るけど、とりあえず一個」
「まあ。下さるんですか?」
「だってここ出目金いっぱいいて危ないでしょ」
「それなら鉢の方ですよ。ここみたいに水槽に入ってないので」
「あ、そっか。そうだね。ちょっと見て来ようかな。個数必要なら道具揃えなきゃいけないし」
「はいはい。行ってらっしゃいまし」

 従業員たちは破魔矢の金魚を可愛がり夢中になっていた。優しくしてくれる人に恩を返せる物があるのは嬉しいものだ。
 鉢の人とどう関わることになるかは分からないけど、とりあえずこの世界を知らないことには何をするかも決められない。
 場所自体に抵抗はあるけれど、私は作りだめしてあった数珠を幾つかポケットへ押し込んで鉢へ向かった。

 相変わらず近付くと異臭を放っていたが、それ以上に気になる光景が飛び込んできた。
 多くの人が血を流し泣き叫んでいる。そして数名の若者が彼らを背に守りつつ、大きな網を広げている。
 お父さんの網! じゃあれは破魔屋?
 網の向こう側には大きな出目金が一匹暴れていて、どうやらそれを捕らえようとしているようだ。
 やってることは正義の味方なんだろうけど、網ってのがダサいというかなんというか……
 全員腰に西洋剣をぶら下げているけれど、必死にやっているのは漁だ。
 でもゲームじゃないし、地道にヒットポイント削りましょうなんてやってられないわよね。
 アナログなやり方だけど一番確実ではあるのかもしれない。
 場が治まるのを待ってから手当がてら声をかけようかと思ったけれど、固まって震えている人々に近くにゆらりと黒い影がいくつか見えた。
 出目金!
 破魔屋が相手にしている他にも数匹いるようだった。
 鉢の人々は見えていないのか気付いていないのか、逃げることもなく震えている。しかしその間にも出目金は忍び寄り、ぐわっと大きく口を開け牙を剥いた。

「危ない!」

 私はポケットに入れておいた小さな数珠を全力で投げつけた。
 するとそれはばちんと静電気を起こし、しゅううっと煙を立てながら消えていった。

「大丈夫!?」
「あ、こ、これは」
「……この数珠、破魔矢か?」
「私が作ったから破魔屋さんのとは違うけどね。まだ何匹かいるから家の中に隠れてて」
「じゃああんたも」
「私は大丈夫。危なくなったらこれで退治して。ぶつければいいから。えーっと、あなた頼める?」

 私は彼等の中でも一番若い青年に数珠を差し出した。
 一人だけ身なりが良いのを見るに鉢の人ではないのかもしれない。

「承知した。君はどうする」
「あそこの小さいのを退治するわ。私は破魔屋みたいに守ったりできないからじっとしててよ」

 私は青年に数珠を預けると、物陰に隠れながら小さな出目金に近付いた。
 ……確かに網は効果的だわ。近付かずに済むんだもん。
 破魔屋は二人一組で大きな網を広げて走っている。それで遠距離から捕獲するわけだが、素手の私はちゃんとぶつけられなければ襲われて終わりだ。
 かといって声を出せば気付かれるし。とりあえず一個投げて、二個目を投げる準備しとくしかないか。
 私はもう一つ数珠を取り出したけれど、その時数珠の傍らを泳いでいた金魚と目が合った。

「え?」

 まさか目が合うとは思っていなかったので驚いたけれど、金魚は何を理解したのか小さく頷き、そしてぴょんと宙を飛んだ。

「えっ!?」

 飛び上がった金魚は一直線に出目金へ飛び掛かった。金魚の方が小さいけれど、その小ささを生かしてか、なんと出目金口に突っ込み内側から突き破って出てきた。

「うげっ!」

 金魚は振り向きざまに出目金へ食らいつくと、あっという間に出目金は地に落ち煙を立てて消えていった。

「……え?」

 金魚が出てきただけでも驚きなのに、まさかこんなハードな戦い方をするとは思ってもいなかった。

「遠距離武器が手に入ったと喜ぶべきなのかしら……」

 喜ぶにしてはグロいけど。
 金魚はすいすいと私の所に戻ってきた。撫でて褒めた方が良いのか迷ったけれど、声をかける間もなく金魚は数珠に吸い込まれるようにして消えた。

「え……」

 仕組みが分からん……
 陰陽師の式神的な物だと思えばいい……?
 常識の範疇をこうも簡単に飛び越えられると理解が追い付かない。うーんと考え込んでいると、ぱちぱちと拍手する音が聴こえた。音の方を振り向くと、拍手の主は数珠を預けた青年だった。

「見事だな」
「見事といっていいのかどうか……」

 青年はくすくすと笑い、私の渡した数珠を撫でた。

「さすが娘だ。黒曜の金魚と戦い方が同じとは恐れ入る」
「お父さんを知ってるの!?」
「とても」
「友達? ねえ、お父さんてどういう人だったの?」
「その話は長くなる。少し茶でもどうだ。礼もしたい」
「はい。ぜひ」 

 私は私の知らない父の話が聞けるのかもしれないと嬉しくて、のこのこと青年に付いて行った。
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