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第一章
第十六話 紫音(二)
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「それで? 具体的な要望はなんなの?」
「衣食住の保証よ。けどその前に一つ聞かせて。あなたはどうして私が憎いの?」
「何を今更。縁もゆかりもない小娘を鯉屋に近づけるなんてもってのほかです」
「違うでしょ」
「……何がです」
「若旦那のことが好きなんでしょう。だから私が憎いんでしょう」
紫音お嬢さんはびくりと震えて、一瞬目を泳がせたけれどすぐに私を睨み付けた。
「私なら若旦那に頭下げてもらって鯉屋に戻るわ。それが一番楽だし矜持も守れるしね。それでも独立にこだわったのはあの人と肩を並べたかったからじゃないの?」
口紅で美しく彩られた唇をぎりっと噛み、紫音お嬢さんはがんっと机を殴り付けた。
「あなたに何が分かるというの!? 私には最初から何の価値もなかったのよ! 鯉屋を立て直す時も戦争になる時も外交に当たる時も、出目金と戦う時だって『お嬢さんは屋敷で待っていればいい』って! 結様は最初から私のことなんて見てなかった!」
「それは単に危ないからってことじゃないの? あの人って自分が突っ込んで戦うじゃない。お嬢さんじゃなくたって付いていけないわよ」
「怪我人の手当にも参加させて下さらないのよ! 奥で待ってろって、そればかり!」
それはそうだわ。あんな光景とても見せたくない。
けどこの人は言わばこの国の主のような存在だ。若旦那はあくまでも経営を任されてるだけ。とても凄い人だからまるで彼が主のように見えるけど、本来ならこの人が率いているはずなんだ。
「……一度も、必要としては下さらなかった……」
ぼろっと紫音お嬢さんの目から涙がこぼれた。
相性が悪いんでしょうね。若旦那は人に合わせるタイプじゃないし、その真意を蝶よ花よと育てられたお嬢さんに理解しろなんてとても無理だわ。
*
私は若旦那と仲良くしたいわけじゃないから紫音お嬢さんの気持ちは分からない。
けど、だからこそ手を取り合うには最適だわ。
「私の目的は現世に帰ることだけど、やっぱり若旦那とは敵対したくないわ。だから若旦那より立場が上のあなたに付く」
私は数珠をお嬢さんに手渡した。金魚はふわりとお嬢さんの方へ泳ぐと、艶やかな薄墨色の髪の中に埋もれて髪飾りのようになった。
「鯉屋はあなたの店なんでしょ! なら取り返しなさい! 店も客も、若旦那も!」
紫音お嬢さんはぐっと息を呑み、私が握らせた数珠を見た。
「……趣味悪いわね。素材も安物だし、とても華屋には置けないわ」
「う……」
紫音お嬢さんは自分の頭からするりと簪を引き抜いた。黒塗りに描かれた黄金の模様は鯉の鱗のようだ。
「鯉屋に相応しい美を教えてあげる。それに敵う商品じゃなきゃ置かないわよ」
「いいわ。やってやろうじゃない」
「破魔矢は装飾品に限るの? 黒曜様は武器を作ってらしたわ」
「悪いけど無理だわ。構造が分からないと作れないの。でも現物があればそれを破魔矢にすることはできると思う」
「なら神威に相談しましょう。黒曜様が遺して下さった物が色々あるの。それに男性が好む品も欲しいわ。男性は神威への憧れが強いし、神威の監修と聞けば誰もが欲しがるでしょう。顧客が女性だけでは破魔矢がいきわたらないもの」
「なによ。商売できるんじゃない」
「……この程度、結様には鼻で笑われるわ」
「あら。もう笑えないわよ。だって破魔矢を手に入れそこなったんだから若旦那の負けよ。次あった時はこっちから笑ってやればいいわ」
私と紫音お嬢さんは顔を見合わせてくすりと笑った。
こうして見ると結構普通の女の子だわ。
「よろしくね、紫音お嬢さん」
「紫音でいいわ」
「そ? じゃあ私のことも瑠璃って呼んで」
そうして、私はいよいよ破魔矢拡大に向けて動き始めた。
「衣食住の保証よ。けどその前に一つ聞かせて。あなたはどうして私が憎いの?」
「何を今更。縁もゆかりもない小娘を鯉屋に近づけるなんてもってのほかです」
「違うでしょ」
「……何がです」
「若旦那のことが好きなんでしょう。だから私が憎いんでしょう」
紫音お嬢さんはびくりと震えて、一瞬目を泳がせたけれどすぐに私を睨み付けた。
「私なら若旦那に頭下げてもらって鯉屋に戻るわ。それが一番楽だし矜持も守れるしね。それでも独立にこだわったのはあの人と肩を並べたかったからじゃないの?」
口紅で美しく彩られた唇をぎりっと噛み、紫音お嬢さんはがんっと机を殴り付けた。
「あなたに何が分かるというの!? 私には最初から何の価値もなかったのよ! 鯉屋を立て直す時も戦争になる時も外交に当たる時も、出目金と戦う時だって『お嬢さんは屋敷で待っていればいい』って! 結様は最初から私のことなんて見てなかった!」
「それは単に危ないからってことじゃないの? あの人って自分が突っ込んで戦うじゃない。お嬢さんじゃなくたって付いていけないわよ」
「怪我人の手当にも参加させて下さらないのよ! 奥で待ってろって、そればかり!」
それはそうだわ。あんな光景とても見せたくない。
けどこの人は言わばこの国の主のような存在だ。若旦那はあくまでも経営を任されてるだけ。とても凄い人だからまるで彼が主のように見えるけど、本来ならこの人が率いているはずなんだ。
「……一度も、必要としては下さらなかった……」
ぼろっと紫音お嬢さんの目から涙がこぼれた。
相性が悪いんでしょうね。若旦那は人に合わせるタイプじゃないし、その真意を蝶よ花よと育てられたお嬢さんに理解しろなんてとても無理だわ。
*
私は若旦那と仲良くしたいわけじゃないから紫音お嬢さんの気持ちは分からない。
けど、だからこそ手を取り合うには最適だわ。
「私の目的は現世に帰ることだけど、やっぱり若旦那とは敵対したくないわ。だから若旦那より立場が上のあなたに付く」
私は数珠をお嬢さんに手渡した。金魚はふわりとお嬢さんの方へ泳ぐと、艶やかな薄墨色の髪の中に埋もれて髪飾りのようになった。
「鯉屋はあなたの店なんでしょ! なら取り返しなさい! 店も客も、若旦那も!」
紫音お嬢さんはぐっと息を呑み、私が握らせた数珠を見た。
「……趣味悪いわね。素材も安物だし、とても華屋には置けないわ」
「う……」
紫音お嬢さんは自分の頭からするりと簪を引き抜いた。黒塗りに描かれた黄金の模様は鯉の鱗のようだ。
「鯉屋に相応しい美を教えてあげる。それに敵う商品じゃなきゃ置かないわよ」
「いいわ。やってやろうじゃない」
「破魔矢は装飾品に限るの? 黒曜様は武器を作ってらしたわ」
「悪いけど無理だわ。構造が分からないと作れないの。でも現物があればそれを破魔矢にすることはできると思う」
「なら神威に相談しましょう。黒曜様が遺して下さった物が色々あるの。それに男性が好む品も欲しいわ。男性は神威への憧れが強いし、神威の監修と聞けば誰もが欲しがるでしょう。顧客が女性だけでは破魔矢がいきわたらないもの」
「なによ。商売できるんじゃない」
「……この程度、結様には鼻で笑われるわ」
「あら。もう笑えないわよ。だって破魔矢を手に入れそこなったんだから若旦那の負けよ。次あった時はこっちから笑ってやればいいわ」
私と紫音お嬢さんは顔を見合わせてくすりと笑った。
こうして見ると結構普通の女の子だわ。
「よろしくね、紫音お嬢さん」
「紫音でいいわ」
「そ? じゃあ私のことも瑠璃って呼んで」
そうして、私はいよいよ破魔矢拡大に向けて動き始めた。
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