常夜の徒然なる日常 瑠璃色の夢路

真野蒼子

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第一章

第十六話 紫音(一)

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 多くの血が流れたあの光景から逃げ出してから数日、私はひたすら数珠を作っていた。
 おかげで私の周りは金魚だらけになり、最初は異様な光景だと思ったけれど血まみれのあの惨状よりははるかに美しかった。
 私が若旦那の元で数珠を作っていればああはならなかったのかしら……
 紐を結う指先にぐっと力が入った。その時、庭に面した障子がすらりと開き縁側からぴょこりとひよちゃんが顔を出した。

「ついにお店始めるんですか!?」
「そういうわけじゃないわ。ただ、作っておこうと思って」
「そうなんですね! よかった! 有難うございます!」

 ひよちゃんは縁側からよいしょよいしょと部屋に上がり、嬉しそうに私の手元を覗き込んだ。
 しかし何故がぐにゅっと眉を歪めて嫌そうな顔をする。

「……本当に黒曜様の娘ですか?」
「どういう意味よ」
「黒曜様はとっても趣味の良い方だったんですよ。服にもお香にも気を使ってて、破魔矢以外にも色々作ってましたけどどれも素敵で。だというのに……」

 ひよちゃんは私の作った数珠を一つ手に取りくるくると全体を見ると大きなため息を吐いた。

「破魔矢じゃなかったら使いませんよこんなの! 色選びも悪いしがたがたしてるし!」
「え? そう? 普通じゃない?」
「普通!? これが!? 大店の廃棄品だってもっと美しいですよ!」
「え、そんな?」

 ひよちゃんは小さな脚で地団駄を踏んでぷうっと頬を膨らませた。
 そういやお父さんも私にビーズを選ばせてくれなかったっけ……

咲楽さくらちゃんに教えて貰ったらどうですか? 手作り上手ですよ」
「ああ、あの……」

 元雑貨屋だけど紫音お嬢さんの華屋を上回ってしまったという店の少女だ。
 悪気があったかどうかは知らないけれど、その子がいなければ紫音お嬢さんは華屋を繁盛させることができたかもしれない。

「……ねえ。紫音お嬢さんてどうしてるの?」
「知らないです。何でですか?」
「ひよちゃんて結構ドライよね……」
「だって紫音さんのことは鈴屋様が面倒見てます。十分ですよ」
「そうかなあ……」

 そういうことじゃないと思うのよね。それに若旦那だって紫音お嬢さんを見放してるわけでもないし。
 それに完全にやる気を削いだのは、きっと……
 私は立ち上がり、作った数珠をひよちゃんに渡した。

「ちょっと出て来る。これ金魚屋の皆で使って」
「はい! 有難うございます!」

*

 私は金魚屋を出てある場所へ向かった。それは――

「白練さん!」
「おや。いらっしゃい」

 乗り込んだのは白練さんのところ、つまり紫音お嬢さんの世話をしている鈴屋だ。

「紫音お嬢さんいる? ちょっと話があるんだけど」
「いるはいるが……」

 白練さんは視線を後ろへ向けると、開いたままの襖の向こう側に紫音お嬢さんの姿があった。
 相変わらず美しいけれど、私へ向けられる視線はきつい。

「よかった。話があるの」
「私には話すことなんて無」
「若旦那をぎゃふんと言わせるのを手伝って欲しいんだけど」
「……何ですって?」
「私は若旦那に従うつもりはないわ。独立してあの人の方から頭を下げさせてやりたいの。瑠璃様どうか手伝って下さい~ってね!」
「無理ですわ。あの方がどれほど聡明な方か知らないからそんなことを言えるのよ」
「だから手伝ってって言ってるのよ。あなた独立してるけどうまくいってないみたいじゃない、華屋」
「なんですって!?」
「利害は一致すると思うのよね。あなたは店を持ってるけど販売が思わしくない。でも私には絶対成功する商品があるのよ」

 私は腕に嵌めていた数珠を外した。それには金魚が寄り添っていて、しっかりと破魔矢になっている。

「私に協力してくれるならこれを商品にしていいわ。若旦那が私を現世から誘拐してでも欲しいこれをね」

 紫音お嬢さんは目を丸くした。そして少しだけ目を閉じるとふうとひと呼吸ついて私に向き直った。

「……聞きましょうか」
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