常夜の徒然なる日常 瑠璃色の夢路

真野蒼子

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第一章

第二十三話 魂の片割れ(一)

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 ひよちゃんと依都君が手を繋いで先頭に立ち、その後ろには神威さんがぴったりと張り付いている。
 若旦那と累さんは全く興味が無いのか、最後尾で二人腕を組んできゃっきゃとはしゃいでいる。
 歩きながら頬ずりするって器用ね……
 結構真剣な話をしてたはずなのにすっかり緊張感が無くなった。真面目な顔をしてるのは紫音だけだ。

「ねえ。これどこに向かってるの?」
「お風呂場よ。魂を留めるのなら金魚湯に浸けておかないといけないから」
「飴の吸収を促進するとかいうやつ?」
「飴に限らず魂全てよ。生者は肉体が弱ると魂が離れてしまうのだけど、金魚湯はそれを繋ぎ止める効果があるのよ」
「ああ……」

 玻璃は肉体が弱ってるって言ってたっけ。そうしてないともう生きていられないくらいになってるんだ……
 実を言うとあまり実感がない。会ったことのない妹に死の危険があると言われてもまるで物語のようで。
 それに若旦那と累さん、ひよちゃんと依都君も楽しそうにはしゃいでるからそんな大層なことが起きているように思えなかった。

「……紫音。常夜の人にとって生者の死って大したことじゃない? 悲しいとかないの?」
「そうね。私達が消える時は現世へ転生した時。死という概念が無いから悲しいとも思わないわ」
「でも二度と会えないんだよ」
「転生しても魂は魂よ。別人に成り代わるわけじゃないから見れば分かるわ」
「え、そうなの?」
「私達は魂でその在り方を見る。生者のように肉体で判断はしないのよ。だから跡取りが双子だと一緒に連れて来てしまうことがあるの」
「それでよく私と玻璃の見分け付いたわね」
「若旦那は常夜生まれの方じゃないもの。魂で人を見分けることはできないわ」
「そういうもん?」
「そういうものよ。例えば今あなたは私の隣にいるけど、あの先にもあなたがいるように感じるの」

 紫音は前の方を指差した。その先には木製の扉があった。ヒノキだろうか、ほんのりと良い香りがする。
 するとその時キイッと扉が開かれ、中から黒い着物を肩に羽織った男が現れた。袖は通していないから全体は見えないけれど、ちらりちらりと見える色鮮やかな菊水がとても美しい。見るからに女性物の着物だけれど、羽織っているのは間違いなく男性だ。白いワイシャツに黒いベストとパンツを履いている。
 薄墨色をした肩につきそうな髪をハーフアップにしていて、若旦那とは違うタイプの美形だ。
 金魚屋は和洋折衷のイケメンが条件なのかしら……
 顔面偏差値が異様に高い空間に己の場違いさを感じて縮こまってりいると、黒い着物の男性はふわりと優しく微笑んでくれる。

「いらっしゃい」
「ど、どうも」

 美形すぎて気後れす――あれ? この人どっかで見たような……
 どこかで見た覚えがあった。けれどそれは顔ではなくこの服装だ。
 肩から羽織った黒い着物。これたしか……
 あ! 玻璃を抱いてた人だ! 私が若旦那と常夜に来た時に玻璃を連れて行った男!

「あなた誰ですか」
「僕は御縁みえにし叶冬かなと。現世で金魚屋の一店舗を任されてる」
「御縁? 御縁神社ですか?」
「ああ。黒曜様にはとても世話になった」

 お父さんの金魚帖に書いてあった。やっぱり御縁神社も常夜へ繋がる場所だったんだ。

「玻璃を連れて行きましたよね」
「黒曜様の願いだったからね。君と玻璃の二人を生かすにはどうしてもどちらかが常夜へ行く必要がある。僕はどっちでもいいんだけど、常夜は君を必要としている。玻璃の保護なら累様がご助力下さるというのでそれに乗っかったんだ」

 御縁さんは扉を完全に開ききると、どうぞ、と中へ入って行った。
 その先に何があるか分からず足を止めてしまったけれど、鯉屋と金魚屋の面々は躊躇うことなく中へ入って行く。
 は、入って大丈夫なのかな。魂がどうこうなる場所なのよね。

「大丈夫よ」
「紫音」
「正真正銘ただのお風呂場よ。金魚湯は誰の毒にもならないから触れても平気。あなたに限って言えばどんどん飲んだ方が良いものだしね」
「……うん。ありがと」

 紫音は躊躇う私の背を押してくれた。
 一歩踏み出すと、室内は本当にお風呂場だった。湯気が立ち込めるほどではないけれど、やはり中は暑い。けれど一面柔らかな木造でヒノキの良い香りが立ち込めているので妙に心地が良かった。湯舟は掘りごたつのように床に埋め込まれていて、そこから溢れた湯が床に緩やかに流れていて靴のままでは入れそうにない。若旦那たちも皆素足になったので私も靴を脱いで湯船に近付いた。
 その時ゆらりと何かが湯に揺れた。黒く流れるのは長い髪だ。
 あれは――
 湯船に誰かが浸かって眠っている。御縁さんの着物とよく似た黒い着物を着たままで重そうだ。
 黒い袂が髪と同じように水面に浮いている。
 もう一歩近づけば顔が見えそうだ。もう一歩、後一歩。けれどその顔を見たら私は決めなきゃいけないのだろう。その顔を見たら終わりがくる。どちらかの、何かが。
 魂を一つにするというのはどうやるんだろう。こんなに近付いて大丈夫なのだろうか。
 足が動かなくなった。けれど金魚湯に揺れる髪から目は離せない。
 どうしたらいいだろう。流れに身を任せここまで来てしまったけれど、そういえば私はまだ何の覚悟もできていない。
 今あの質問をされたら私は――

「瑠璃」

 若旦那が私を呼ぶ声が聴こえてびくりと震えた。
 呼ばれているのは分かった。でも脚は動かない。

「瑠璃」

 動けない。
 私には覚悟がない。近付いたら、きっと。

「近付いただけでは何も起きないよ。大丈夫だからおいで」
「え、あ、ああ……うん……」

 まるで見透かしたように言われ、若旦那は手を差し伸べてくれた。この手を取ったら終わりなのでは――と気付いた時には手を取ってしまっていた。
 そして、見てしまった。


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