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第一章

第二十三話 魂の片割れ(二)

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「……これが玻璃」
「そう。君の妹だよ」

 似てる。私と同じ顔をしてる。目を開けたらもっと似ているだろうか。
 声は、どんな喋り方をするのだろうか。
 けれど玻璃は動かない。呼吸をしてる気配も無いけれど、この子は一体どうなっているんだろうか。私はそれを知る必要があるのだろうか。
 どうしたら良いかは分からなかった。分かったのは、若旦那がしっかりと肩を抱き支えてくれている手の強さだけ。

「よりちゃん。玻璃はどんな状態?」

 よりちゃん、と呼ばれてぴょんぴょんと寄ってきたのは依都君だ。雛依だからひよちゃん、依都だからよりちゃんだろうか。

「大分弱ってます。あと十日はもつと思ってたんすけど肉体の方が持たなそうなんです。明日か明後日が限界だと思います」
「身体が先に死んじゃうってこと?」
「そうです。魂が少なくても肉体の活動に直接影響はないんですけど、生きる気力がなくなるので肉体が生きることを諦めちゃうんですね」

 生きてる時に魂あるな~なんて感じたことはない。そんなのは概念にすぎない。
 けれどここでは確かに存在して、玻璃にはそれが必要で。

「……私が魂をあげればこの子も生きられるのよね」
「はい。それでも元々病気なので瑠璃さんの寿命よりは短いですけど」
「そう……」

 では私が変わりに死んであげる意味はあるだろうか。
 でも私が生きることを選ぶのはこの子を殺すということではないだろうか。病気といっても治るかもしれないし。
 どちらにせよこの子を生かすには私は常夜で生きることになる。今の私は魂らしいけれど、肉体がある時と同じような感じではある。きっと引越しをした程度の話だ。
 ……それでも、私は。

「いきなり死ねって言われても困るよね。当時は俺も理解が追い付かなかったよ」
「累さん……」

 ぽんと頭を撫でてくれたのは累さんだ。
 そうだ。この人も現世を捨てたんだよね。若旦那と一緒に常夜へ身を置くことを選んだ人。

「累さんも迷いましたか」
「いや、全然」
「え、全然、ですか? だって死ぬんですよ。心残りとか後悔とか無いんですか」
「あるよ。後悔というより悔しかったかな。両親を殺せなかったからね」
「……は?」

 何、だって?
 あ、何か聞き間違えたのかな?

「あの、今、何て……」
「両親をね、殺したかったんだ。結は生まれつき心臓が悪くてずっと病院生活だったんだ。だから俺もずっと一緒にいたけど、おかしいんだようちの親。結に構ってないで友達と交流しろとか勉強しろとか。その度に殺してやりたいって思ったよ」
「で、でも、しなかったんですよね」
「そりゃそうだよ。刑務所入ったら結の側にいられなくなる」

 それはつまり、刑務所に入らなくて良いなら殺したってこと……?

「けど金魚屋になるなら関係無かったよな。あーあ。殺しておけばよかった」

 累さんは子供が拗ねたように口を尖らせた。
 な、何こいつ。若旦那よりよっぽどヤバい奴なんじゃ……
 私は思わず後ずさったけれど、累さんはにっこりと微笑んでいる。

「つまり俺が言いたいのは、親にも思うことがあるってことだよ。見ててね。あっちには秒しかいられないから」

 今そんなニュアンスだったか……? ていうかあっちって?
 累さんは右肩の上で飛んでた金魚をつんっと突いた。すると金魚は部屋の中をくるっと旋回し始めた。

 ぐるぐる

 ぐるぐる

 ぐるぐる

 ぐるぐる

 ぐるぐる

 ぐるぐる

 ……何これ。金魚が飛んでいるのを見る会?
 さっぱり訳が分からず棒立ちしていると、ぐいっと若旦那に肩を抱き寄せられた。

「きゃっ! な、何!」
「捕まって。ちょっと揺れるから」
「揺れる? 何が――ぁああ!?」

 言われた途端に、ぐらりと足場が揺れた。立っていることができなくて若旦那にしがみ付く。

「何、何なの!?」
「金魚の通り道は金魚以外には優しくないんだよね」
「何の道ですって?」
「金魚。金魚屋は金魚の回収のために金魚の通り道を作るんだよ」
「え、え~……え? つまり?」
「現世へ降りずに現世を見れる道だと思えばいいよ。ほら」

 説明になってるようなならないような説明をした若旦那をこつんと突いたのは累さんだ。累さんはあっちを見て、と足元を指差した。
 すると足元にあったのはお風呂場ではなかった。

「……私?」
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