常夜の徒然なる日常 瑠璃色の夢路

真野蒼子

文字の大きさ
30 / 30
第一章

最終話 再起動

しおりを挟む
 私は玻璃を現世へ戻すことを選び若旦那の手を取った。
 ああ、死んでしまった。ついに。

「後悔しても帰してあげないからね」
「もうそんな言い方しても怖くないですよ、お兄ちゃんっ子」
「そ、それは関係無いじゃないか」
「ありあり大あり。可愛い可愛い」
「ちょっと! 止めてよ!」

 ぐりぐりと若旦那の頭を撫でてやると、顔を赤くしてぺんっと私の手を叩いた。
 累さんにべったり甘えてたとこを見ちゃうと威厳も何も無いわよ。

「それより! どうなの。分かる?」
「ああ、うん」

 私は今お父さんが作ったという金魚の弔いシステムとやらを見ている。
 壊れたから修理しなければいけないということだったが、事態は思っていたのとは違っていた。

「金魚を入れるのはそっちの水槽だけど、あれは正常に動くのよね」
「あれは俺が手入れする物だから」
「つまり動かないのはこっちのパソコンだけと」
「パソコンは動くよ」
「このアプリが動かなくなったのね」

 金魚の弔いなんていうからさぞかしファンタジーな物だろうと思っていたけれど、なんとその正体はノートパソコンにインストールされているアプリだった。
 しかもモニターに表示されているのはとてもシンプルなエラーだった。表示内容は――
 ……PW Error?
 え? つまりパスワードが間違ってるからログインできないだけじゃないのこれ。

「見たこと無いんだ、この画面。初めてなんだよ」
「一度も? 入力したこと自体無いんですか?」
「無い」
「んー……」

 それはキャッシュクリアしちゃったかパスワードが有効期限切れしただけよね、きっと。つーかパスワード再設定のボタンがあるし。
 何でこの人達こんなの分からないんだろ。若旦那なんて頭脳明晰のくせに――……あれ?

「ねえ。若旦那と累さんはいつの時代生まれ?」
「生まれ? 生まれは昭和の……いつだっけ?」
「忘れた」
「平成や令和の文化とは関わってない?」
「僕は全く」
「累さんは? いつも現世ここにいるんですよね」
「関わることはないかな。金魚を回収するだけで関わる手段自体がない」
「なるほど……」

 昭和ってことは多分インターネットが普及したばっかりの頃だわ。セキュリティとアイパスって概念自体が無かったんだ。
 つまりこれは故障でも何でもない。

「……くっだらなーい!」
「え? 分かるの?」
「くだらなすぎて馬鹿らしくなってきたわ!」

 これがどういうプログラムなのかは分からないけど、こんなのカスタマーサポートのお問合せテンプレ回答レベルよ!
 私はパスワード再設定のボタンをクリックした。するとすぐにパスワード入力画面にはならず、別のアプリが立ち上がった。

「ワンタイムパスワード? あ、二段階認証か」
「何それ」
「セキュリティよ。累さん。他にも機材無いですか? 何かあると思うんだけど」
「あるよ。これ」

 はいっと渡されたのはごくごく普通のスマートフォンだった。
 立ち上げようとしたけれど、今度は指紋認証が登場した。

「えっ。これ誰の指紋ですか」
「あ、それは俺。俺がここ押すと起動するんだ」

 累さんがモニターに人差し指を置くとロックが解除された。

「魔法みたいだよね。やっぱり黒曜さんは凄いなー」

 これはお父さんが作ったシステムじゃないわよ。スマホショップで買ってくりゃ誰でもできるわよ。
 スマホで認証するとようやく金魚の弔いシステムのパスワード設定画面に辿り着いた。とりあえず適当に決めて、後で累さんに自分で再設定してもらおう。私がパスワード知ってたらセキュリティの意味ないし。
 というかこれ私しかできないんじゃなくて、鯉屋金魚屋メンバーで現世の最新技術を知ってるのが私だけって意味じゃない?
 正直ちょっとわくわくしていた。自分にしかできないという特別な何かがあるなんて格好良いなーって。それが単なるアイパス……
 脱力しながら再設定を完了させると、ピピピッとデジタル音がした。すると画面内をすいすいっとCGの金魚が泳いだ。

「あ! 弔い画面!」
「弔い画面?」
「金魚の弔いだよ。これこれ。いつもの画面」

 累さんはパソコンに飛びつくと、指一本でキーボードをカタカタとゆっくり打っていく。
 タッチタイピングすら存在しない時代なのかしら。
 打っている内容が何だかは分からなかったけれど、文字の分モニターに金魚が増えていく。
 何この無駄に凝った演出……
 次第に画面は金魚でいっぱいになってしまったけれど、それと同時にゴォンと機会が揺れるような音がした。

「何?」
「金魚の弔いが始まるんだ。後ろの水槽見てて」

 累さんが指差したのは私の後ろに聳え立っていた巨大な円柱の水槽だった。
 水族館みたいだけど、全部金魚。金魚ってことは魂よね。

「……あ!」

 一体何が起きるのかと思ったら、水槽の中の水がぐるぐると渦を巻きだした。それにつられて金魚も回っている。

「え、あ、あれいいんですか?」
「いいんだよ。あれで弔われてる最中だから」
「へ? これが?」
「うん。あ、終わり」
「え……」

 何が起きているのか考える必要もないくらい、あっという間にそれは終わった。

「……これだけ?」
「だけ」
「もっとこう、神秘的な何かがあったりしないの。呪文とかそういう」
「無いよ。そういう属人化を避けるために簡易化したんだから。ボタン一つで全部終わらせるから『自動化』なんだよ」
「え~……」

 魂とか人類救済みたいなこと言っといてやってること雑じゃない? ファンタジーじゃなくてSFの世界なの?

「なんだか拍子抜けだわ」
「もっと特別なことが起きると思った?」
「思うに決まってるじゃない! がっかりよ。破魔矢作りの方がよっぽど特別だわ」
「破魔矢は僕も作れるから言うほど特別じゃないよ」
「え!?」

 若旦那はにこりと微笑んだ。

「何それ。私にしか作れないとか言ってなかった?」
「黒曜さんの血統にしか使えない方法で作れるのは君だけ。僕は僕の方法があるよ」

 若旦那が舞うように腕を回すとぬるりと錦鯉が顔を出した。どこにいたんだ。

「これは僕にしか作れないけど、出目金を食う。破魔矢だよね」
「は? じゃあ私いらなくない? 何のために必要なの?」
「それはもちろん、製造ラインを増やすためだよ」
「は!?」
「養殖は時間も手間もかかるし僕以外には作れないんだ。銃は弾丸を作ればいいけどアレも結構手間。だからぽんぽんっと簡単に量産できるラインが欲しくてね」
「あん? つまりいてもいなくても良いのでは?」
「必要だよ。これから鯉屋以外にも破魔矢を広めていくけどそれには色々な手段がないといけない。少なくとも錦鯉は鯉屋の象徴だから外には出せない」
「つまり商品化できるチャチな物が欲しいと」
「誰でも手軽に手にできるようにしたいんだよ」

 え……? 何? 何だこれ。騙されただけでは?
 若旦那はにやりと笑った。

「後悔しても帰してあげないからね」
「あんたね~!」

 ぎりぎりと怒りで拳が震えたけれど、くすくすと若旦那は面白そうに笑っている。後ろでは累さんが幸せそうに微笑んでいて、満足げに何かに頷いている。
 ひよちゃんとよりちゃんもきゃっきゃとじゃれていて、紫音は呑気にお茶を飲んでいる。
 こいつら……

「さて。弔いシステムが動くなら問題無いね。累。金魚と出目金の調整してくれる?」
「任せろ」

 言ってることは普通だが、何故この二人はいちいち抱き合うんだ?
 わあい、とお兄ちゃんに抱き着く姿が可愛くて、それがまた憎らしい。

「ったく! 終わったなら帰るわよ!」
「そうだね。帰ろう、僕らの鯉屋に」
「いいえ。紫音と華屋に帰るわ」
「ええ? 何で?」
「何でも何も、私はここから人生再出発なんだから独立しないと!」

 私はぐっと拳を握って気合いを入れた。

「紫音! ラピスラズリ使って新作作りましょう!」
「いいわね。あなたの名前だし、主力商品にしたいわ」

 お父さんが遺してくれた私の宝石。

「石は他で用意するから黒曜様の遺品は取っておきなさい」
「ううん。いい。使う」
「でも、限りがあるでしょう」
「少しは手元に残しておくけど、できるだけ破魔矢にするよ。きっとお父さんならそうするわ」

 これは破魔屋に渡すのが良いだろう。きっとお父さんを大事にしてくれてたんだろうし。

「さーて! やりますか!」

 私は紫音と一緒に金魚屋を出て常夜へ戻る扉をくぐった。
 ――さよなら。
 友達と会えなくなるのは少し寂しい。けどそれ以上に、お父さんが守ってきた世界で生きられるのは嬉しかった。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました

大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――

香死妃(かしひ)は香りに埋もれて謎を解く 

液体猫
キャラ文芸
第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞受賞しました(^_^)/  香を操り、死者の想いを知る一族がいる。そう囁かれたのは、ずっと昔の話だった。今ではその一族の生き残りすら見ず、誰もが彼ら、彼女たちの存在を忘れてしまっていた。  ある日のこと、一人の侍女が急死した。原因は不明で、解決されないまま月日が流れていき……  その事件を解決するために一人の青年が動き出す。その過程で出会った少女──香 麗然《コウ レイラン》──は、忘れ去られた一族の者だったと知った。  香 麗然《コウ レイラン》が後宮に現れた瞬間、事態は動いていく。  彼女は香りに秘められた事件を解決。ついでに、ぶっきらぼうな青年兵、幼い妃など。数多の人々を無自覚に誑かしていった。  テンパると田舎娘丸出しになる香 麗然《コウ レイラン》と謎だらけの青年兵がダッグを組み、数々の事件に挑んでいく。  後宮の闇、そして人々の想いを描く、後宮恋愛ミステリーです。  シリアス成分が少し多めとなっています。

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

後宮なりきり夫婦録

石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」 「はあ……?」 雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。 あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。 空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。 かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。 影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。 サイトより転載になります。

処理中です...