5 / 45
episode2-2
しおりを挟む
実は今、法律や権利とは別の理由でアンドロイドの存在意義が疑問視され始めている。
現在の日常生活には愛玩用動物型ロボットと労働用アンドロイドが根付いている。
この二つは外見だけでなく、重視される機能が大きく異なる。共通して求められるのは『人間の目的に沿うこと』だが、これは人間が相手に何を求めるかによって変わってくる。
愛玩用――つまりペットに求めるのは『個性』のため幅広いカスタマイズ機能が必要だ。
対して労働目的のアンドロイドには正確な業務の完遂を求めるため『無個性なマニュアル行動』が必要となる。
だが今新たな用途が台頭してきている。それがアンドロイドを家族や友人といったパートナーにすることだ。
これまで無個性を追及してきたアンドロイドに愛玩用の個性カスタマイズを持たせる必要が出てきたのだ。
これは人間の個性によるイレギュラー行動をどれだけレギュラーにできるかで商品満足度が代わり、それこそがアンドロイド開発関連企業の優劣となっている
そこを各企業が競うわけだが、これと同時に急増したのが『アンドロイド依存症』だった。
これはアンドロイドの普及とともに発生した病気で、病状はその名の通りアンドロイドがいないと日常生活を送れなくなるといったものだ。
例えば、パートナーとして一家の大黒柱規模の労働をやらせていた場合、パートナーの喪失と同時に収入が無くなり働く必要が出てくる。これによるストレスでノイローゼやうつになってしまうのだ。
これが今急速に拡大しているが、その原因は発症する患者層の移り変わりにあった。
今までアンドロイド依存症患者は主婦が多かった。これは人間性や性別によるものではなく、単純に一緒に過ごす時間が長いからだ。
アンドロイドは人間に優しくするようプログラムされているから不愉快な思いをさせられる事が無い。
常に気分良くしてくれる事に慣れてしまい、家族の些細な言い争いですら激しいストレスになってしまうのだ。
だが近年最も多い患者はアンドロイド開発従事者だ。
アンドロイド開発者になるためには相当な努力が必要だ。
勉強量も学費も研究時間も、一日のほとんどをアンドロイドのために生きる。大学は六年間通う生徒も少なくない。共に過ごす時間が長い、いや、長すぎるのだ。
しかもアンドロイド開発者は全職業の中でも花形で、希望者が多いだけに患者数も多いというわけだ。
「アンドロイド作ってる学生がアンドロイド依存症って笑えないよね」
「またパーソナルプログラム学部だって。やっぱ入れ込んじゃうんだろうね」
アンドロイドの製造は大きく三種類に分かれる。
肉体にあたるボディと脳にあたるAI、そして性格になるパーソナルプログラムだ。
ボディの開発者は作るまでが仕事なので、接するのはアンドロイドではなくアンドロイドになる前の部品だ。
ねじやケーブルに人間同様の思い入れを持つかというとまず無い。
AIはデータなので人間だと誤認する外見が無く、汎用化された文字列に個性など無い。そのため個人的な愛着を持つ人は少ない。
だがパーソナルプログラムは別だ。
一度作るとAIと連動して個性を持つ。それをアンドロイドにインストールして稼働実験や研究をする。
つまり、個性を持った一個人と接することになり、これを自分のパートナーと思ってしまう開発者が非常に多いのだ。
そしてアンドロイド依存症になっていくのだが、ここで問題になるのが廃棄だ。
どれだけ大事にしても企業の機密情報保護のため研究終了と同時に廃棄される規則になっている。
これがパートナーを殺されたように感じてしまいアンドロイド依存症が悪化するのだ。
「厄介だよね。初期か末期のどっちかだし」
「アンドロイドは『便利に使う物』だからね。ぱっと見自堕落になった程度にしか見えないっていうし」
「外から見れば家事も仕事も成立してるってことだよね。依存症だなんて気づけないよ」
依存症になっていると気付いた時点では既に末期で、この時点で治療は難しい。もはやアンドロイドが壊れないように維持するのみだ。
それでもいつか修復できなくなる日はくる。この『修復不可能』を『死』ととらえる患者は少なくない。
その結果アンドロイドと心中する人もいるが、この現場がなかなかに狂気じみている。
現場は決まって赤いペンキで染められているのだ。そして本人は壊れたアンドロイドを抱いてこと切れている。その壮絶さはメディアでも放送規制がかかるほどだ。
アンドロイド依存症が特筆して異常だと思われるのはこれが理由でもある。
「けど赤ペンキって何の意味あんの?」
「血液に見立ててんのよ。機械なのに血液があるのは愛情の成した奇跡だ~って」
「うわー……インターン気を付けよ。変に思い入れ持たないようにしなきゃ」
「大丈夫でしょ。あんたの目的はアンドロイドじゃないわけだし」
う、と美咲は声を呑み込み頬を膨らませ、麻衣子は目を逸らす美咲の頬を突いてにやにやと笑った。
麻衣子は美咲の持って来た女性ファッション雑誌の表紙をつんっと突く。
そこには妖艶な笑みと艶めかしいポーズをした漆原朔也が映っている。
「最低限プライベートの連絡先は勝ち取りなさいよ。半年も無駄にするんだから」
「ぐっ……」
インターンには一日だけのものもあれば一週間、一ヶ月のものもある。
それも確認せずに美咲が選んだのはなんと長期インターンで半年も続く。
そのくせ就職はしないならその他企業への就職活動は完全に後手になる。はっきり言って無駄なのだ。
正論すぎて美咲は言い返すこともできず押し黙った。
「辞めるならさっさと辞めな」
「漆原さんと同じこと言わないで……」
現在の日常生活には愛玩用動物型ロボットと労働用アンドロイドが根付いている。
この二つは外見だけでなく、重視される機能が大きく異なる。共通して求められるのは『人間の目的に沿うこと』だが、これは人間が相手に何を求めるかによって変わってくる。
愛玩用――つまりペットに求めるのは『個性』のため幅広いカスタマイズ機能が必要だ。
対して労働目的のアンドロイドには正確な業務の完遂を求めるため『無個性なマニュアル行動』が必要となる。
だが今新たな用途が台頭してきている。それがアンドロイドを家族や友人といったパートナーにすることだ。
これまで無個性を追及してきたアンドロイドに愛玩用の個性カスタマイズを持たせる必要が出てきたのだ。
これは人間の個性によるイレギュラー行動をどれだけレギュラーにできるかで商品満足度が代わり、それこそがアンドロイド開発関連企業の優劣となっている
そこを各企業が競うわけだが、これと同時に急増したのが『アンドロイド依存症』だった。
これはアンドロイドの普及とともに発生した病気で、病状はその名の通りアンドロイドがいないと日常生活を送れなくなるといったものだ。
例えば、パートナーとして一家の大黒柱規模の労働をやらせていた場合、パートナーの喪失と同時に収入が無くなり働く必要が出てくる。これによるストレスでノイローゼやうつになってしまうのだ。
これが今急速に拡大しているが、その原因は発症する患者層の移り変わりにあった。
今までアンドロイド依存症患者は主婦が多かった。これは人間性や性別によるものではなく、単純に一緒に過ごす時間が長いからだ。
アンドロイドは人間に優しくするようプログラムされているから不愉快な思いをさせられる事が無い。
常に気分良くしてくれる事に慣れてしまい、家族の些細な言い争いですら激しいストレスになってしまうのだ。
だが近年最も多い患者はアンドロイド開発従事者だ。
アンドロイド開発者になるためには相当な努力が必要だ。
勉強量も学費も研究時間も、一日のほとんどをアンドロイドのために生きる。大学は六年間通う生徒も少なくない。共に過ごす時間が長い、いや、長すぎるのだ。
しかもアンドロイド開発者は全職業の中でも花形で、希望者が多いだけに患者数も多いというわけだ。
「アンドロイド作ってる学生がアンドロイド依存症って笑えないよね」
「またパーソナルプログラム学部だって。やっぱ入れ込んじゃうんだろうね」
アンドロイドの製造は大きく三種類に分かれる。
肉体にあたるボディと脳にあたるAI、そして性格になるパーソナルプログラムだ。
ボディの開発者は作るまでが仕事なので、接するのはアンドロイドではなくアンドロイドになる前の部品だ。
ねじやケーブルに人間同様の思い入れを持つかというとまず無い。
AIはデータなので人間だと誤認する外見が無く、汎用化された文字列に個性など無い。そのため個人的な愛着を持つ人は少ない。
だがパーソナルプログラムは別だ。
一度作るとAIと連動して個性を持つ。それをアンドロイドにインストールして稼働実験や研究をする。
つまり、個性を持った一個人と接することになり、これを自分のパートナーと思ってしまう開発者が非常に多いのだ。
そしてアンドロイド依存症になっていくのだが、ここで問題になるのが廃棄だ。
どれだけ大事にしても企業の機密情報保護のため研究終了と同時に廃棄される規則になっている。
これがパートナーを殺されたように感じてしまいアンドロイド依存症が悪化するのだ。
「厄介だよね。初期か末期のどっちかだし」
「アンドロイドは『便利に使う物』だからね。ぱっと見自堕落になった程度にしか見えないっていうし」
「外から見れば家事も仕事も成立してるってことだよね。依存症だなんて気づけないよ」
依存症になっていると気付いた時点では既に末期で、この時点で治療は難しい。もはやアンドロイドが壊れないように維持するのみだ。
それでもいつか修復できなくなる日はくる。この『修復不可能』を『死』ととらえる患者は少なくない。
その結果アンドロイドと心中する人もいるが、この現場がなかなかに狂気じみている。
現場は決まって赤いペンキで染められているのだ。そして本人は壊れたアンドロイドを抱いてこと切れている。その壮絶さはメディアでも放送規制がかかるほどだ。
アンドロイド依存症が特筆して異常だと思われるのはこれが理由でもある。
「けど赤ペンキって何の意味あんの?」
「血液に見立ててんのよ。機械なのに血液があるのは愛情の成した奇跡だ~って」
「うわー……インターン気を付けよ。変に思い入れ持たないようにしなきゃ」
「大丈夫でしょ。あんたの目的はアンドロイドじゃないわけだし」
う、と美咲は声を呑み込み頬を膨らませ、麻衣子は目を逸らす美咲の頬を突いてにやにやと笑った。
麻衣子は美咲の持って来た女性ファッション雑誌の表紙をつんっと突く。
そこには妖艶な笑みと艶めかしいポーズをした漆原朔也が映っている。
「最低限プライベートの連絡先は勝ち取りなさいよ。半年も無駄にするんだから」
「ぐっ……」
インターンには一日だけのものもあれば一週間、一ヶ月のものもある。
それも確認せずに美咲が選んだのはなんと長期インターンで半年も続く。
そのくせ就職はしないならその他企業への就職活動は完全に後手になる。はっきり言って無駄なのだ。
正論すぎて美咲は言い返すこともできず押し黙った。
「辞めるならさっさと辞めな」
「漆原さんと同じこと言わないで……」
0
あなたにおすすめの小説
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる