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episode12
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祖母が生きているのではないかと漆原に教えられ、どうするか考えた結果、直接父を問い質すことにした。
おそらく父は触れてほしくないだろうし、下手をすれば家庭に溝を作ることにもなる。だが何もせずにいることもできず、思い切って父を呼び出した。
美咲は一人暮らしを始めてからというもの、母とはしょっちゅう音声や映像で連絡を取り合っていた。
しかしアンドロイドを嫌う父とはインターンが決まった頃からほとんど話をしていない。
「珍しいな、俺だけ呼び出すなんて。進路変更するならうちの会社に入れてやるぞ」
「不動産なんて興味無いからいい。大体コネ入社なんて絶対いや」
会いたいと連絡したところで断られるだろうと美咲は思っていた。
けれど祖父に叩かれ怪我をした時から怒りや憎しみは全て祖父の方へ向いたようで、家族用のグループチャットで怪我の様子をしきりに気にするようになっていた。
聞き出すなら今しかない、と美咲は幼い父と祖母らしき人物が映っている写真を差し出した。
「……どこでこれを?」
「お母さんがひっくり返した棚の中。ねえ、お祖母ちゃんてどうしたの?」
父は何も答えずふいと目をそらし、誤魔化すようにコーヒーを飲んだ。
祖父がアンドロイドを憎んでいると言っても良いほど嫌悪しているのは知っていたが、美咲の記憶にある父は白とも黒ともつかない態度だった。
嫌いだというよりは目をそらしたがっていたように美咲は感じていた。
(そりゃそうよね。漆原さんの話が本当なら、お父さんはお祖母ちゃんに捨てられたようなもんだし)
せめて祖父が出ていったと言っていたのならそれでよかったが、事もあろうに死んだと言った。
けれどこれに反論するのは、自分は母親に捨てられたと言うようなものだ。そんな事を娘に向かっていう事はできなかったのだろう。
おそらく話したくないであろうことは美咲にも察しはつくけれど、だからと言って祖父を死亡扱いのまま放っておく事もできなかった。
「突っ込んだ事聞くけど、お父さんが子供のころ家にアンドロイドいたよね」
「……ああ」
言いたくないのか本当に記憶に薄いのかは分からないが、全く目を合わせてくれない父の様子を見るとこれ以上踏み込む事は躊躇われた。
しかし美咲は諦めず、鞄から一冊の雑誌を取り出した。それは漆原がくれた雑誌だった。
「表紙の人知ってる? 漆原朔也さんて言うんだけど」
「馬鹿にするな。いくら俺でもそれくらい知っている。それがどうした」
「この人ね、私の上司なんだよ」
「……上司!?」
父は一瞬固まったかと思えば、今度は食い入るように表紙を見た。
アンドロイド嫌いの父親がここまで食い付くとは思っておらず、美咲は少し驚いた。
「そうだったのか……凄いところに入ったなお前……」
「……いや、見て欲しいのは漆原さんじゃなくてね」
美咲は久世裕子博士の連載記事を見せ、ここ、とを指差して見せると父はぐりんと目を剥いて雑誌を奪い取った。
強引に引っ張ったせいで雑誌はぐしゃりと破れてしまう。
父は音がしそうなほど強く瞬きを繰り返しカタカタと震え出した。無意識なのか、これは、どうして、何でだ、とブツブツとこぼした。
「お祖母ちゃんは亡くなったって聞いてたけど、お葬式ってやった?」
「いや……」
「ま、生きてるんだから当然よね」
「おい。この人がどこにいるか知ってるのか」
「知らない。お父さんも知らないの?」
父は自分が情けないと言うように唇を噛んで拳を震わせた。
がさがさとページめくり出版社の住所と電話番号を確認すると携帯電話を取り出した。おそらく連絡先を教えてもらおうというのだろうが、美咲は父の手を止めた。
「もう問い合わせた。でも個人情報をお教えする事はできませんって断られたの。ファンレターとか問い合わせも断ってるって」
「身内でもか!?」
「身内の証明できないじゃない。それに身内なんて言ったら余計拒否されると思うけど」
本人を知らない美咲には文字情報から祖母の人柄を想像するしかできないけれど、それでも歓迎するとは到底思えなかった。
久世裕子をいくら調べても現在の写真は出てこなかった。連載やインタビューといった文字による活動はいくつか漆原が見せてくれたけれど、そのどれにも顔写真が無い。どこかの団体に所属してるわけでも無くウェブサイトがあるわけでもなく、SNSすら無い。
何も見つからないその様子からするに、世間から自分を隠しているように思える。
「若い頃にあんな記事が出たのに出版社とやり取りしてるなんて奇跡だよ」
「そう、だな……」
「ねえ。お父さん何か知らないの? 何でも良いよ」
「……知らない。何も、何も知らないんだ……」
美咲だって幼い頃の記憶なんてさして残っていない。覚えている事があるとしたらよほど強烈なインパクトのある出来事くらいだ。
では母親に捨てられた子供の記憶に残っているがどんな景色なのだろう。
「……漆原さんが連絡取れないか伝手を探してくれてる」
「ほ、本当か!?」
「期待はするなって言ってたけどね」
漆原が言うには、いくつかのアンドロイド関連、特にパーソナルを取り扱う企業とアンドロイド依存症の治療研究をする医療団体は久世裕子の居場所を知りたがる人間が多かったらしい。
だがどれだけ有名な学者であってもにべもなく断られ、あくまでもコラムニストとして活動しているだけだと突っぱねられるそうだ。
「出版社を経由しない直接なら聞いて貰えるかもしれないって」
「……だがいいのか、それは。こんな私情に巻き込んでご迷惑でもあれば」
「別に私頼んでないよ。調べてやる代わりにD判定っていうクソな論文何とかしてこいって怒られ――あ……」
はあ?と父は睨むように目を細めた。
実は今、美咲の成績は非常によろしくない状況に陥っていた。
おそらく父は触れてほしくないだろうし、下手をすれば家庭に溝を作ることにもなる。だが何もせずにいることもできず、思い切って父を呼び出した。
美咲は一人暮らしを始めてからというもの、母とはしょっちゅう音声や映像で連絡を取り合っていた。
しかしアンドロイドを嫌う父とはインターンが決まった頃からほとんど話をしていない。
「珍しいな、俺だけ呼び出すなんて。進路変更するならうちの会社に入れてやるぞ」
「不動産なんて興味無いからいい。大体コネ入社なんて絶対いや」
会いたいと連絡したところで断られるだろうと美咲は思っていた。
けれど祖父に叩かれ怪我をした時から怒りや憎しみは全て祖父の方へ向いたようで、家族用のグループチャットで怪我の様子をしきりに気にするようになっていた。
聞き出すなら今しかない、と美咲は幼い父と祖母らしき人物が映っている写真を差し出した。
「……どこでこれを?」
「お母さんがひっくり返した棚の中。ねえ、お祖母ちゃんてどうしたの?」
父は何も答えずふいと目をそらし、誤魔化すようにコーヒーを飲んだ。
祖父がアンドロイドを憎んでいると言っても良いほど嫌悪しているのは知っていたが、美咲の記憶にある父は白とも黒ともつかない態度だった。
嫌いだというよりは目をそらしたがっていたように美咲は感じていた。
(そりゃそうよね。漆原さんの話が本当なら、お父さんはお祖母ちゃんに捨てられたようなもんだし)
せめて祖父が出ていったと言っていたのならそれでよかったが、事もあろうに死んだと言った。
けれどこれに反論するのは、自分は母親に捨てられたと言うようなものだ。そんな事を娘に向かっていう事はできなかったのだろう。
おそらく話したくないであろうことは美咲にも察しはつくけれど、だからと言って祖父を死亡扱いのまま放っておく事もできなかった。
「突っ込んだ事聞くけど、お父さんが子供のころ家にアンドロイドいたよね」
「……ああ」
言いたくないのか本当に記憶に薄いのかは分からないが、全く目を合わせてくれない父の様子を見るとこれ以上踏み込む事は躊躇われた。
しかし美咲は諦めず、鞄から一冊の雑誌を取り出した。それは漆原がくれた雑誌だった。
「表紙の人知ってる? 漆原朔也さんて言うんだけど」
「馬鹿にするな。いくら俺でもそれくらい知っている。それがどうした」
「この人ね、私の上司なんだよ」
「……上司!?」
父は一瞬固まったかと思えば、今度は食い入るように表紙を見た。
アンドロイド嫌いの父親がここまで食い付くとは思っておらず、美咲は少し驚いた。
「そうだったのか……凄いところに入ったなお前……」
「……いや、見て欲しいのは漆原さんじゃなくてね」
美咲は久世裕子博士の連載記事を見せ、ここ、とを指差して見せると父はぐりんと目を剥いて雑誌を奪い取った。
強引に引っ張ったせいで雑誌はぐしゃりと破れてしまう。
父は音がしそうなほど強く瞬きを繰り返しカタカタと震え出した。無意識なのか、これは、どうして、何でだ、とブツブツとこぼした。
「お祖母ちゃんは亡くなったって聞いてたけど、お葬式ってやった?」
「いや……」
「ま、生きてるんだから当然よね」
「おい。この人がどこにいるか知ってるのか」
「知らない。お父さんも知らないの?」
父は自分が情けないと言うように唇を噛んで拳を震わせた。
がさがさとページめくり出版社の住所と電話番号を確認すると携帯電話を取り出した。おそらく連絡先を教えてもらおうというのだろうが、美咲は父の手を止めた。
「もう問い合わせた。でも個人情報をお教えする事はできませんって断られたの。ファンレターとか問い合わせも断ってるって」
「身内でもか!?」
「身内の証明できないじゃない。それに身内なんて言ったら余計拒否されると思うけど」
本人を知らない美咲には文字情報から祖母の人柄を想像するしかできないけれど、それでも歓迎するとは到底思えなかった。
久世裕子をいくら調べても現在の写真は出てこなかった。連載やインタビューといった文字による活動はいくつか漆原が見せてくれたけれど、そのどれにも顔写真が無い。どこかの団体に所属してるわけでも無くウェブサイトがあるわけでもなく、SNSすら無い。
何も見つからないその様子からするに、世間から自分を隠しているように思える。
「若い頃にあんな記事が出たのに出版社とやり取りしてるなんて奇跡だよ」
「そう、だな……」
「ねえ。お父さん何か知らないの? 何でも良いよ」
「……知らない。何も、何も知らないんだ……」
美咲だって幼い頃の記憶なんてさして残っていない。覚えている事があるとしたらよほど強烈なインパクトのある出来事くらいだ。
では母親に捨てられた子供の記憶に残っているがどんな景色なのだろう。
「……漆原さんが連絡取れないか伝手を探してくれてる」
「ほ、本当か!?」
「期待はするなって言ってたけどね」
漆原が言うには、いくつかのアンドロイド関連、特にパーソナルを取り扱う企業とアンドロイド依存症の治療研究をする医療団体は久世裕子の居場所を知りたがる人間が多かったらしい。
だがどれだけ有名な学者であってもにべもなく断られ、あくまでもコラムニストとして活動しているだけだと突っぱねられるそうだ。
「出版社を経由しない直接なら聞いて貰えるかもしれないって」
「……だがいいのか、それは。こんな私情に巻き込んでご迷惑でもあれば」
「別に私頼んでないよ。調べてやる代わりにD判定っていうクソな論文何とかしてこいって怒られ――あ……」
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