23 / 45
episode14-2
しおりを挟む
「あ、えっと……すみません。成功してるなんて初めて聞きました」
「成功? 成功かあ。朔也と同じこと言うんだね。さすが部下」
「え?」
「こっちの話。僕のことは気にしないでいいよ。知ってほしいのはアンドロイド医療のためにまだ動く機体をどんどん解体したことなんだ。進展は無く、それでも科学者は研究を続けた。けどプロジェクトは凍結された。アンドロイド(かれら)は無駄死にしたんだよ」
「そんな……」
「でも生き残ったアンドロイドもいるんだ」
蒼汰はベルトに下げていた小さなバッグから何かを取り出し美咲に手渡した。
するとそれは手のひらでもぞもぞと動き、ひゅっと飛び上がる。
「鳥!?」
「うん。でもロボットなのこの子」
蒼汰が手を伸ばすと、くるくると旋回しながらその指に降りてくる。
ちょこちょことした動きと柔らかな肉体と毛はまるで鳥そのもので、あまりにも精巧な造りに美咲はため息を吐いた。
市販の鳥ロボットというのはいかにもロボットという物が多い。こんな風に生身そのものにするためには毛が抜けても内部に入らないように貼り付けるのは手作業になるしメンテナンスとなればボディを開けなくてはいけないが、そのためには毛を切らなくてはいけないのでメンテナンスごとに買い替えるようなものなのだ。作る事はできるが量産には向かない
「大変ですよね、この子。メンテナンスも」
「うん。でもどうしても生きた姿にしたかったんだ。ていうのもね、この子には僕の右目になって壊れたアンドロイドのパーソナルが入ってる。生まれ変わったんだ」
「壊れた、アンドロイド……」
鳥は自在に飛び回り、とんっと蒼汰の頭に降り立った。
つんつんと髪を啄んでいる様子はとても仲睦まじく見えて平和そのものだ。蒼汰は髪でじゃれる鳥を包み込むようにして頭から降ろして撫でた。
「僕はね、アンドロイドの個を証明するのはパーソナルだと思ってるんだ」
「個を証明……?」
「久世さんは自分が久世美咲だって証明する物は何だと思う?」
「えっと、顔ですか」
「それは年齢と共に変わるよね。ならそれは個の証明にはならないよ」
「えーっと……な、内臓、とか」
「移植できるよね。入れ替えられるのなら個の証明にはならない」
「じゃあ何ですか」
美咲は聞くだけではピンとこなくてむくれた。
ふふ、と蒼汰は何故か嬉しそうにほほ笑んだ。蒼汰が鳥に頬を摺り寄せると、鳥もそれに応えるかのようにちょんちょんと嘴で触れる。
「僕は性格だと思うんだ。姿が変わっても変わらない物が個人を個人たらしめる。じゃあアンドロイドの性格はどうやって決まるかな?」
「……パーソナルプログラム」
蒼汰は大きく頷いて、鳥を美咲に持たせた。
けれど鳥はそれを嫌がり蒼汰の元へ飛んで行ってしまう。
「久世さんにとってアンドロイドは代わりの効かない物なんだよね」
「そりゃあそうです。アンドロイドだって誰かが代わりになることなんてできないし」
「そう? でも同機種はいっぱいいるし故人の再生を望む人も少なくないよ」
「でも同一人物にはならない。だから新しいパートナーに選んでもらえた時はアンドロイドが役目を果たしたってことだと思います。それが依存症になる良し悪しは……別の話ですけど……」
「……そう思えるのはその子のパーソナルを個として認めたからだ。でもね、そうやって一体一体を気にしていては量産型アンドロイドのボディを作るのは苦しいよ。だってコストに見合わなければ諦めないといけないし廃棄される」
開発研究現場で生まれたアンドロイドは廃棄される。生き残るアンドロイドはほぼ存在しない。
愛情をかければかけるほどアンドロイド依存症になり、人間も死ぬ可能性が出てくるのだ。
「でもアンドロイド一体一体と向き合わなきゃ新しいパーソナルなんて作れない。彼らが何を思うかが分からなきゃアンドロイドの未来を作る事はできないんだ」
蒼汰はパソコンの画面を美作グループのホームページに切り替えた。
そこには一目見ただけでは数えきれないほどのグループ企業が並んでいる。
ボディ開発専門企業もあればメンテナンス専門の企業もあり、グループ内だけでもこれだけ様々なアプローチをしている。
「朔也が心配してたよ」
「え? 何をですか?」
「美咲ちゃんはアンドロイドをとっても大切にする子だって言ってた。今のままじゃいつか辛くなるだろうって」
「そう、なんですか……?」
「うん。でもそういう子はパーソナルに向いてる。だから朔也は僕を呼んだんだよ」
蒼汰は数冊の本を取り出した。
それはアンドロイドパーソナルについて書かれた本ばかりで、作者名には穂積蒼汰と記載されている。
「論文のテーマは自由なんだよね。僕はパーソナルが専門だから少しは教えてあげられるよ。ちょっとやってみない?」
美咲が今の話の全てを理解できたかというと、正直に言えば半分半分というところだった。
具体的にパーソナル開発については必修授業で学ぶ最低限の知識しか無い。
それでも蒼汰の言うアンドロイドの個を証明し未来を作るという言葉はとても大切な事のように感じた。
「……お願いします!」
「よかった。じゃあ今日中にやっちゃおうか」
「うげ」
こうして美咲は論文に着手する事と引き換えに、漆原が調べてくれることになった。だが実際はどちらも美咲のためだ。そう思うと有難いことこの上ない。
だがこの一連の話を聞き、美咲の父は背に『がっかり』という文字を背負っていた。
漆原にも父にもため息を吐かれるばかりで、ここまでくるといっそ諦めもついた。
「……良くして頂いてるんだな」
「意外と面倒見は良いみたい」
何を偉そうに、と呆れ果てている父親に美咲は誤魔化すように笑った。
「だからさ、漆原さんなら何か見つけてくれるよ」
「……くれぐれもよろしくお伝えしてくれ。もし費用が必要になる事があれば連絡しなさい」
「ん。分かった」
「成功? 成功かあ。朔也と同じこと言うんだね。さすが部下」
「え?」
「こっちの話。僕のことは気にしないでいいよ。知ってほしいのはアンドロイド医療のためにまだ動く機体をどんどん解体したことなんだ。進展は無く、それでも科学者は研究を続けた。けどプロジェクトは凍結された。アンドロイド(かれら)は無駄死にしたんだよ」
「そんな……」
「でも生き残ったアンドロイドもいるんだ」
蒼汰はベルトに下げていた小さなバッグから何かを取り出し美咲に手渡した。
するとそれは手のひらでもぞもぞと動き、ひゅっと飛び上がる。
「鳥!?」
「うん。でもロボットなのこの子」
蒼汰が手を伸ばすと、くるくると旋回しながらその指に降りてくる。
ちょこちょことした動きと柔らかな肉体と毛はまるで鳥そのもので、あまりにも精巧な造りに美咲はため息を吐いた。
市販の鳥ロボットというのはいかにもロボットという物が多い。こんな風に生身そのものにするためには毛が抜けても内部に入らないように貼り付けるのは手作業になるしメンテナンスとなればボディを開けなくてはいけないが、そのためには毛を切らなくてはいけないのでメンテナンスごとに買い替えるようなものなのだ。作る事はできるが量産には向かない
「大変ですよね、この子。メンテナンスも」
「うん。でもどうしても生きた姿にしたかったんだ。ていうのもね、この子には僕の右目になって壊れたアンドロイドのパーソナルが入ってる。生まれ変わったんだ」
「壊れた、アンドロイド……」
鳥は自在に飛び回り、とんっと蒼汰の頭に降り立った。
つんつんと髪を啄んでいる様子はとても仲睦まじく見えて平和そのものだ。蒼汰は髪でじゃれる鳥を包み込むようにして頭から降ろして撫でた。
「僕はね、アンドロイドの個を証明するのはパーソナルだと思ってるんだ」
「個を証明……?」
「久世さんは自分が久世美咲だって証明する物は何だと思う?」
「えっと、顔ですか」
「それは年齢と共に変わるよね。ならそれは個の証明にはならないよ」
「えーっと……な、内臓、とか」
「移植できるよね。入れ替えられるのなら個の証明にはならない」
「じゃあ何ですか」
美咲は聞くだけではピンとこなくてむくれた。
ふふ、と蒼汰は何故か嬉しそうにほほ笑んだ。蒼汰が鳥に頬を摺り寄せると、鳥もそれに応えるかのようにちょんちょんと嘴で触れる。
「僕は性格だと思うんだ。姿が変わっても変わらない物が個人を個人たらしめる。じゃあアンドロイドの性格はどうやって決まるかな?」
「……パーソナルプログラム」
蒼汰は大きく頷いて、鳥を美咲に持たせた。
けれど鳥はそれを嫌がり蒼汰の元へ飛んで行ってしまう。
「久世さんにとってアンドロイドは代わりの効かない物なんだよね」
「そりゃあそうです。アンドロイドだって誰かが代わりになることなんてできないし」
「そう? でも同機種はいっぱいいるし故人の再生を望む人も少なくないよ」
「でも同一人物にはならない。だから新しいパートナーに選んでもらえた時はアンドロイドが役目を果たしたってことだと思います。それが依存症になる良し悪しは……別の話ですけど……」
「……そう思えるのはその子のパーソナルを個として認めたからだ。でもね、そうやって一体一体を気にしていては量産型アンドロイドのボディを作るのは苦しいよ。だってコストに見合わなければ諦めないといけないし廃棄される」
開発研究現場で生まれたアンドロイドは廃棄される。生き残るアンドロイドはほぼ存在しない。
愛情をかければかけるほどアンドロイド依存症になり、人間も死ぬ可能性が出てくるのだ。
「でもアンドロイド一体一体と向き合わなきゃ新しいパーソナルなんて作れない。彼らが何を思うかが分からなきゃアンドロイドの未来を作る事はできないんだ」
蒼汰はパソコンの画面を美作グループのホームページに切り替えた。
そこには一目見ただけでは数えきれないほどのグループ企業が並んでいる。
ボディ開発専門企業もあればメンテナンス専門の企業もあり、グループ内だけでもこれだけ様々なアプローチをしている。
「朔也が心配してたよ」
「え? 何をですか?」
「美咲ちゃんはアンドロイドをとっても大切にする子だって言ってた。今のままじゃいつか辛くなるだろうって」
「そう、なんですか……?」
「うん。でもそういう子はパーソナルに向いてる。だから朔也は僕を呼んだんだよ」
蒼汰は数冊の本を取り出した。
それはアンドロイドパーソナルについて書かれた本ばかりで、作者名には穂積蒼汰と記載されている。
「論文のテーマは自由なんだよね。僕はパーソナルが専門だから少しは教えてあげられるよ。ちょっとやってみない?」
美咲が今の話の全てを理解できたかというと、正直に言えば半分半分というところだった。
具体的にパーソナル開発については必修授業で学ぶ最低限の知識しか無い。
それでも蒼汰の言うアンドロイドの個を証明し未来を作るという言葉はとても大切な事のように感じた。
「……お願いします!」
「よかった。じゃあ今日中にやっちゃおうか」
「うげ」
こうして美咲は論文に着手する事と引き換えに、漆原が調べてくれることになった。だが実際はどちらも美咲のためだ。そう思うと有難いことこの上ない。
だがこの一連の話を聞き、美咲の父は背に『がっかり』という文字を背負っていた。
漆原にも父にもため息を吐かれるばかりで、ここまでくるといっそ諦めもついた。
「……良くして頂いてるんだな」
「意外と面倒見は良いみたい」
何を偉そうに、と呆れ果てている父親に美咲は誤魔化すように笑った。
「だからさ、漆原さんなら何か見つけてくれるよ」
「……くれぐれもよろしくお伝えしてくれ。もし費用が必要になる事があれば連絡しなさい」
「ん。分かった」
0
あなたにおすすめの小説
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる