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第28話 結の圧勝
しおりを挟む「依頼は鉢の警備体制を整える事です。出目金からも人からも守れる事」
「……またデカい事いいやがる」
「根本叩き直さなきゃ小さい問題は絶えないので小競り合いは意味ないですよ」
「ああそうかよ」
わざとなのか天然なのか、ちょっとでも付け入る隙を見せれば突いてくる結に旦那はもはや言い返す事もしない。
けれど結もそんな旦那の態度にどうこう言う事も無く話を進めた。
「やらなきゃいけない事は二つあります。まず一つはこれ」
結は臨をくるんでいた風呂敷を引き寄せ旦那の前で広げた。
そこには臨とは違う錦鯉が転がっていた。それは中身を食い潰されて口の中まで何かが貫通したような跡がある。
依都は錦鯉に驚き、ひゃあと神威の後ろに隠れてしまう。
「これはもう死んでます。これは水牢で累の金魚が殺した錦鯉です」
「ああ、拾ってたなそういや」
「使えそうだなと思って。旦那さん、これを材料にしていいので破魔矢を作って下さい。鉢の人でも使える破魔矢を」
「はあ?戦うなら身体鍛えてこい」
「だから戦えなくても使える破魔矢ですよ。察し悪いですね」
は~あ、と結は盛大な溜め息を旦那に投げつけた。
最後の一言いらないだろ、と神威が無意識に零す。最初は同情し庇護欲も持っていたのに、今ではすっかり疑惑の眼差しを向けている。
「この子達は常に動いてるんですけど、こちらが何をするわけでもありません。指示をすれば勝手に動くんです」
ね、と結は臨を撫でた。結は特別な振る舞いをしているわけではなく、ただ臨が勝手に泳いでいるだけだ。
神威は破魔矢を握ったまま結と錦鯉を睨む。
「勝手にって言っても、そいつらは鯉屋じゃなきゃ使えないんだろ」
「それは生け簀の鍵を持ってるのが鯉屋の数人ってだけ。鍵があれば誰でも持ち出せるよ」
「あ、そういう物理的な話なんですね」
「結だって鯉屋の血筋ってわけじゃないもんなあ」
「そう。つまりこれは汎用的な道具なんだ。でもその効果は破魔矢と同じ」
錦鯉は誰でも使えるが全て鯉屋の管理下にある以上、誰も持ち出すことはできない。ならば鯉屋の外で錦鯉を作れば良い、という事だ。
言ってる意味分かりますよねと結は目で訴え、その不愉快な視線を受けて旦那は煙管で膝を叩いた。
「錦鯉は鯉屋の特権だ。それを量産たあ、俺に鯉屋を裏切れってのか」
「裏切りじゃないですよ。鯉屋が許容する『報酬次第で応えてよし』に順じてます。保守派のあなたも安心」
「いちいち癇に障るなテメェは」
「いちいち癇に障ってくれる素直な人嫌いじゃないです、僕」
旦那は苛立ちを募らせて、怒りで圧を掛けようとするけれど結は相変わらずの可愛らしい笑顔でするりと受け流す。
あの旦那がいいようにあしらわれるなんて、と神威はつい感嘆してしまった。
「結様って性格悪いんですか?」
「素直で可愛いじゃないか。結ガンバレ~!」
「嘘ォ」
結も結だが累も累だ、と神威は呆れ果てた。
戦闘は得意でも勉強や難しい話は苦手な神威は、こんな争いの矢面に立たされないで良かった、と完全に引いている。
「問題はどういう武器にするかなんですけど。累、出してくれる?」
「おー」
累は腰に下げていた革製の小さな鞄から何かを取り出し結に手渡した。
それは現代の子供にはお馴染みの――
「あ、累さんが持って来た玩具の水鉄砲」
「そう。お水を入れて引き金を引くとぴゅーって出てくる」
それは透明なグリーンの拳銃型をした水鉄砲だった。
やりたいです、と依都は玩具に釣られて気を許し、たたたっと結に駆け寄り水鉄砲を手に取った。
池に沈めてこぽぽぽっと水を溜め、引き金を引くとぴゅっと水が飛び出て神威の顔面に直撃した。
「うわっ!」
「わーい!えいえい!」
「やめっ、やめろ!こら!」
依都はきゃっきゃとはしゃいで神威に発砲し続けた。
それは何も難しい事は無く、ただ引き金を引くだけだ。子供の姿をしている依都でさえ使えるのだから鉢の人間だって使う事ができる。
そして、弾丸が鉛だったら神威の顔に穴が開いていた事だろう。
煙管が旦那の手からするりと抜け、コン、と床に転がり音を立てた。
「銃……」
「ああ、良くご存知ですね。知識は十分のようだ」
「知識だけって言いたいのか」
「いいえ。でもそろそろ向上心ある建設的な意見を聞きたいなとは思ってます」
またコイツは、と旦那はひくりと鼻を引きつらせた。
「ただあれは玩具です。実弾を込めるなら改良が必要なので、それは僕が現世の知識を提供します」
「ふん。そのくらいやってやるよ。で?やらなきゃいけない二つ目ってのは何だ」
「警備組織を作って下さい。出目金の襲撃を防ぎ、人間同士の犯罪も取り締まる武装組織を」
はあ、と旦那は眉を顰めた。
今まで微笑んでいた結だったが、今度は旦那の反応に嫌味も言わずじいっと見つめ返していた。
まるでここまではお遊びだったとでも言いたげだ。
「……さては俺の出方窺ってやがったな」
「ええ、まあ」
「馬鹿にしやがって」
結と旦那の間で視線がぶつかり合い、バチバチと火花が散った。
「案は悪くないが、人手が足りねえな。破魔屋は数えるほどしかいねえ」
「だから銃なんですよ。銃の使用者は破魔屋である必要はありません。例えば鉢の人でもいい」
「……なるほど。有志による自衛隊ってとこか」
「ええ。それと銃の生産には金属廃棄物を使って下さい。ゴミ問題も片付いて、あなたは大店と街と鉢、つまり鯉屋以外の人間から支持を得るでしょう」
「結。それなら鉢の警備員を大店に派遣する仕事をやったらどうだ?鉢の収入になる」
「ああ、いいかも。鯉屋と大店は人を使うの好きだし。さすが累は鉢をよく分かってるね」
凄いよ、と双子はお互いを褒め合いながらぎゅうぎゅうと抱きしめ合った。
話の真面目さと反比例する双子の幸福度に、何なんだお前ら、と旦那は疲労すら感じ始めている。
だが話は悪くない、と旦那は兄に甘える結をじいっと睨みつけた。猫かぶりめ、と小さく漏らしたけれど、そんな囁きも結は聞き逃さなかった。累の腕の中でクスリと笑って旦那と視線を交わらせる。
「あなたへの報酬は現世の情報。僕らから好きなだけ仕入れて下さい」
「寝たきりの病人だったろ、お前は。有意義な情報は持ってるのか」
「現世はインターネットが普及してます。大学に通う累より、一人部屋の僕の方が自由時間は多かったですよ」
結はトン、と人差指でこめかみを突く。
すると旦那はにやりと笑い、足を立てて身を乗り出した。
「いいねぇ。やってやるよ。ガキ共は昼寝でもして待ってやがれ」
「わーい。累遊ぼう」
「よし!ピクニックしよう!」
そう言うと、旦那は水鉄砲を依都から取り上げ足早に屋敷へと戻って行った。
神威は旦那が誰かの言う事を聞いた、いや、聞かされたところを見るのは生まれて初めてだった。鯉屋ですら破魔屋を屈服させる事は出来なかったのに、と結を見る。
しかし結は既に累にじゃれつく甘えん坊モードに切り替わっていた。二人できゃいきゃいとしている姿からはとても旦那を手のひらで転がした人間には見えない。
「本当に旦那の首を縦に振らせるなんてな……」
「神威君が情報漏洩してくれたおかげでね」
「……お前、友達が欲しいってそういう事かよ」
「友達できて嬉しいのは本当だよ。ま、利用価値の無い友達はいらないけど」
結はにっこりと微笑むと、僕は累がいればいいんだ、と兄にぎゅうっと抱き着き累も同じ事を言って結衣を抱き返した。
そして二人は散策しようと言ってその場を後にした。
「……僕、結様とは仲良くした方が良い気がする」
「俺も」
残された依都と神威は呆然とその場に立ち尽くしていた。
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