1 / 64
【プロローグ】運命の日
しおりを挟む
「聖女様、私めの背に!」
凛然と言い放ったのは、陽光にきらめく金髪も麗しき騎士殿だ。そして彼が白く高貴な礼服の背にかばうのは、空色の法衣に栗色の髪の愛らしい少女。
目の端でそれを捉えた私の胸にチリリと、ほんの少しの羨望がくすぶる。
周囲は、怒号と悲鳴がない混ぜの喧騒で包まれていた。
王国あげての荘厳な聖騎士任命式典の上空に、突如として開いた禁呪「転移門《ゲート》」の黒い穴。そこから出現した帝国兵士たちの急襲により、いまや王城庭園は阿鼻叫喚だった。
──さて、そろそろかしら。
そのさなかで、私は優雅に紅茶のカップを傾ける。
「いたぞ! こいつが侯爵令嬢だ!」
暴力に酔い痴れた声が響く。血のように紅い鎧で全身をくまなく覆った帝国兵たちが、豪奢な紫のドレスに長い黒髪の少女──つまりこの私、ダンケルハイト侯爵家令嬢・エリシャを取り囲んでいた。
悠然とカップをテーブルに置き、周囲を見渡す。
体の線に近いスマートな彼らの鎧は、一見すると軽武装にも思えるけれど、実態は魔力を凝縮して装甲化した【魔鎧】と呼ばれる代物だ。
鉄壁の防御力のみならず、装着者の身体能力まで格段に強化するそれを前に、王国兵士の通常装備では成すすべもないだろう。
「我らに従っていただければ、あなたの命だけは保証しましょう」
ひとり進み出た帝国兵が、表情のない鉄仮面の下から紳士的に脅迫する。彼の魔鎧は他と違って、各所に黄金のラインが走っていた。おそらく指揮官用といったところだろう。
「そ、ご丁寧にありがとう。けれど──」
私は知っている。ここで彼の言葉に従い人質となれば、そのせいで国王様と王妃様の命をはじめ、王国にとって取り返しのつかない数多の害が及ぶことを。
その逆境のさなかで、さきほどの騎士殿が聖女様から愛の証として「絶聖の加護」の力を授かり、聖剣片手に一騎当千の大活躍のすえ帝国軍を退けることも。
そうして私は、我が身のかわいさに王国を滅ぼしかけた悪女として断罪され、もちろん第三王子との婚約も破棄、国外追放の憂き目にあう。
その挙句、流浪の道のりで野盗に襲われ、なにもかも奪われて、ひとり惨めに生涯を終えるのだ。まったく、冗談じゃない。だからそんなものは──
「──お断りさせていただくわ」
私は毅然と吐き捨てた。
その態度が鼻についたのだろう、噴出する帝国兵たちの殺意に私の白い肌が粟立つ。
彼らの魔鎧には人間の残虐性を引き出すという副作用──ただし戦場においては副次効果──がある。
ゆえにこのまま要求を断った場合、私は彼らに蹂躙されて、見るも無惨に殺されてしまうだろう。その結末もまた、私は知っていた。
けれど、あきらめたわけじゃない。むしろ逆。
すっ──と私が天に掲げた右の手首には、ダンケルハイト家の鷲獅子紋が刻まれた黒い腕輪が輝く。そう、今の私には「これ」がある。
「纏装──」
左手の指先を鷲獅子紋に添えて、私はその銘を高らかに呼んだ。
「レイ! ジョー! ガーッ!」
紋から溢れた紫の炎が全身を包み込んで、一瞬後、散華するように消える。その址に凛と立つ私は、悪魔の如き漆黒の魔鎧を全身に纏っていた。
「──どうなっている!? 王国に魔鎧は存在しないはずだ!」
「なんて禍々しい姿……それにこの凄まじい魔力は……」
動揺する帝国兵たちの声に重なって、彼らの魔鎧から、ヴーンと小虫の羽音のような音が鳴りはじめる。
「これは……我々の魔鎧が……震えているのか……」
後ずさる彼らを追い込むように一歩踏み出しながら、私は優雅に言い放つのだ。
「さあ、仮面舞踏会の開宴よ──!」
運命に抗う変身──黒き魔鎧、レイジョーガー。これは、その鋼の魔拳で破滅を砕く、私の誓いと戦いの物語。
凛然と言い放ったのは、陽光にきらめく金髪も麗しき騎士殿だ。そして彼が白く高貴な礼服の背にかばうのは、空色の法衣に栗色の髪の愛らしい少女。
目の端でそれを捉えた私の胸にチリリと、ほんの少しの羨望がくすぶる。
周囲は、怒号と悲鳴がない混ぜの喧騒で包まれていた。
王国あげての荘厳な聖騎士任命式典の上空に、突如として開いた禁呪「転移門《ゲート》」の黒い穴。そこから出現した帝国兵士たちの急襲により、いまや王城庭園は阿鼻叫喚だった。
──さて、そろそろかしら。
そのさなかで、私は優雅に紅茶のカップを傾ける。
「いたぞ! こいつが侯爵令嬢だ!」
暴力に酔い痴れた声が響く。血のように紅い鎧で全身をくまなく覆った帝国兵たちが、豪奢な紫のドレスに長い黒髪の少女──つまりこの私、ダンケルハイト侯爵家令嬢・エリシャを取り囲んでいた。
悠然とカップをテーブルに置き、周囲を見渡す。
体の線に近いスマートな彼らの鎧は、一見すると軽武装にも思えるけれど、実態は魔力を凝縮して装甲化した【魔鎧】と呼ばれる代物だ。
鉄壁の防御力のみならず、装着者の身体能力まで格段に強化するそれを前に、王国兵士の通常装備では成すすべもないだろう。
「我らに従っていただければ、あなたの命だけは保証しましょう」
ひとり進み出た帝国兵が、表情のない鉄仮面の下から紳士的に脅迫する。彼の魔鎧は他と違って、各所に黄金のラインが走っていた。おそらく指揮官用といったところだろう。
「そ、ご丁寧にありがとう。けれど──」
私は知っている。ここで彼の言葉に従い人質となれば、そのせいで国王様と王妃様の命をはじめ、王国にとって取り返しのつかない数多の害が及ぶことを。
その逆境のさなかで、さきほどの騎士殿が聖女様から愛の証として「絶聖の加護」の力を授かり、聖剣片手に一騎当千の大活躍のすえ帝国軍を退けることも。
そうして私は、我が身のかわいさに王国を滅ぼしかけた悪女として断罪され、もちろん第三王子との婚約も破棄、国外追放の憂き目にあう。
その挙句、流浪の道のりで野盗に襲われ、なにもかも奪われて、ひとり惨めに生涯を終えるのだ。まったく、冗談じゃない。だからそんなものは──
「──お断りさせていただくわ」
私は毅然と吐き捨てた。
その態度が鼻についたのだろう、噴出する帝国兵たちの殺意に私の白い肌が粟立つ。
彼らの魔鎧には人間の残虐性を引き出すという副作用──ただし戦場においては副次効果──がある。
ゆえにこのまま要求を断った場合、私は彼らに蹂躙されて、見るも無惨に殺されてしまうだろう。その結末もまた、私は知っていた。
けれど、あきらめたわけじゃない。むしろ逆。
すっ──と私が天に掲げた右の手首には、ダンケルハイト家の鷲獅子紋が刻まれた黒い腕輪が輝く。そう、今の私には「これ」がある。
「纏装──」
左手の指先を鷲獅子紋に添えて、私はその銘を高らかに呼んだ。
「レイ! ジョー! ガーッ!」
紋から溢れた紫の炎が全身を包み込んで、一瞬後、散華するように消える。その址に凛と立つ私は、悪魔の如き漆黒の魔鎧を全身に纏っていた。
「──どうなっている!? 王国に魔鎧は存在しないはずだ!」
「なんて禍々しい姿……それにこの凄まじい魔力は……」
動揺する帝国兵たちの声に重なって、彼らの魔鎧から、ヴーンと小虫の羽音のような音が鳴りはじめる。
「これは……我々の魔鎧が……震えているのか……」
後ずさる彼らを追い込むように一歩踏み出しながら、私は優雅に言い放つのだ。
「さあ、仮面舞踏会の開宴よ──!」
運命に抗う変身──黒き魔鎧、レイジョーガー。これは、その鋼の魔拳で破滅を砕く、私の誓いと戦いの物語。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます
山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。
でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。
それを証明すれば断罪回避できるはず。
幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。
チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。
処刑5秒前だから、今すぐに!
貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ
凜
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます!
貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。
前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?
一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫
むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。
笑顔が苦手な元公爵令嬢ですが、路地裏のパン屋さんで人生やり直し中です。~「悪役」なんて、もう言わせない!~
虹湖🌈
ファンタジー
不器用だっていいじゃない。焼きたてのパンがあればきっと明日は笑えるから
「悪役令嬢」と蔑まれ、婚約者にも捨てられた公爵令嬢フィオナ。彼女の唯一の慰めは、前世でパン職人だった頃の淡い記憶。居場所を失くした彼女が選んだのは、華やかな貴族社会とは無縁の、小さなパン屋を開くことだった。
人付き合いは苦手、笑顔もぎこちない。おまけにパン作りは素人も同然。
「私に、できるのだろうか……」
それでも、彼女が心を込めて焼き上げるパンは、なぜか人の心を惹きつける。幼馴染のツッコミ、忠実な執事のサポート、そしてパンの師匠との出会い。少しずつ開いていくフィオナの心と、広がっていく温かい人の輪。
これは、どん底から立ち上がり、自分の「好き」を信じて一歩ずつ前に進む少女の物語。彼女の焼くパンのように、優しくて、ちょっぴり切なくて、心がじんわり温かくなるお話です。読後、きっとあなたも誰かのために何かを作りたくなるはず。
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ライバル悪役令嬢に転生したハズがどうしてこうなった!?
だましだまし
ファンタジー
長編サイズだけど文字数的には短編の範囲です。
七歳の誕生日、ロウソクをふうっと吹き消した瞬間私の中に走馬灯が流れた。
え?何これ?私?!
どうやら私、ゲームの中に転生しちゃったっぽい!?
しかも悪役令嬢として出て来た伯爵令嬢じゃないの?
しかし流石伯爵家!使用人にかしずかれ美味しいご馳走に可愛いケーキ…ああ!最高!
ヒロインが出てくるまでまだ時間もあるし令嬢生活を満喫しよう…って毎日過ごしてたら鏡に写るこの巨体はなに!?
悪役とはいえ美少女スチルどこ行った!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる