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第一部 誕嬢篇
見知らぬ天蓋
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泣き疲れて眠った次の朝。
目覚めた私は、肉眼で初見レベルに豪奢なお部屋の真ん中、ひらっひらの天蓋つきベッドに一人で寝ていた。
「エリシャ様、おはようございます」
「ええ、おはよう」
侍女の声に鷹揚に応じる。いやいやまてまて私、なんでそんな偉そうな態度を自然に取れてる? そもそもどうして相手が「侍女」さんだとわかったの……?
だって私という人間は、1DKのアパートに一人暮らしのごくごく普通なOLだ。
きのう泣きながら潜り込んだのもいつものシングルベッドだ。
二十五年前に親からもらった名前は倉城 衿沙であって、けっしてエリシャ・ダンケルハイトなんて大げさな名前じゃない。
──というかダンケルハイトなんて姓を侍女さんはひとことも言ってないのに、するっとどこから出てきた。
なぜか脳内から自然に浮かんでくる、自分が王国内随一の有力貴族・ダンケルハイト侯爵家の令嬢だとかいうこの馬鹿げた記憶はなんなのだろう。
「エリシャ様、お紅茶です」
端っこまでが遠すぎるベッドの中央からようやく這いおりた私は、これまでに身に付けたあらゆる布のなかでもっとも肌触りのいいネグリジェの裾を踏みかけながら、小テーブルの上に侍女さんが淹れてくれた紅茶をおそるおそる口元に運ぶ。
「えっ、すごっ」
ままごとの玩具みたいに小さくお洒落なカップをかたむけると、私の舌と鼻孔には、満開のお花畑をぶちまけたみたいな未体験の感動と幸福が広がっていた。
「美味しすぎ……」
「あ……あッ、ありがとうございますッ!」
私の思わず漏らした言葉に、過剰な感激を見せる侍女さん。両手を口元にあて、涼しげな目元に涙さえ浮かべているような。
紅茶の香りとカフェインのおかげか、頭がすこしずつ冴えてゆく。
とりあえず私の中に、日本の普通のOLである衿沙と、別世界のダンケルハイト侯爵家令嬢であるエリシャ──二人ぶんの記憶が混在していることは理解できた。
人格という意味では、衿沙の割合が強いように思える。八対ニくらいだろうか。
エリシャという、王国でも指折りの高貴な家柄に生まれ育った十五歳の女の子は、先ほどの侍女さんの大げさな感激も無理なしと思えるぐらいには、高慢な態度と数多のわがままを周囲に振りまいて生きてきた。
「あのエリシャ様、どうかなさいましたか?」
「ええ、すこしだけ考えごと。お紅茶、おかわりいただけますかしら」
「──! もちろんです、しばしお待ちを!」
だけれどそれは、母親を早くに亡くした彼女が自身と家名を守るため着込んでしまった、外側も内側も棘だらけの鎧。
その中にひとりで閉じこもっていたのは、不器用だけど純真で優しい女の子だった。
記憶が同化したとき、その凝り固まった頑なさが希釈されるように、エリシャの心は衿沙の中に溶けてひとつになった。そんな感触だった。
果たしてこれは、「エリシャに前世の記憶が蘇った」のか、それとも「衿沙の人格がエリシャに憑依した」のか。それを確かめるべく私は、衿沙としての記憶を紐といてみることにする。
──そして思い出した。とてつもなく重大なことを。
目覚めた私は、肉眼で初見レベルに豪奢なお部屋の真ん中、ひらっひらの天蓋つきベッドに一人で寝ていた。
「エリシャ様、おはようございます」
「ええ、おはよう」
侍女の声に鷹揚に応じる。いやいやまてまて私、なんでそんな偉そうな態度を自然に取れてる? そもそもどうして相手が「侍女」さんだとわかったの……?
だって私という人間は、1DKのアパートに一人暮らしのごくごく普通なOLだ。
きのう泣きながら潜り込んだのもいつものシングルベッドだ。
二十五年前に親からもらった名前は倉城 衿沙であって、けっしてエリシャ・ダンケルハイトなんて大げさな名前じゃない。
──というかダンケルハイトなんて姓を侍女さんはひとことも言ってないのに、するっとどこから出てきた。
なぜか脳内から自然に浮かんでくる、自分が王国内随一の有力貴族・ダンケルハイト侯爵家の令嬢だとかいうこの馬鹿げた記憶はなんなのだろう。
「エリシャ様、お紅茶です」
端っこまでが遠すぎるベッドの中央からようやく這いおりた私は、これまでに身に付けたあらゆる布のなかでもっとも肌触りのいいネグリジェの裾を踏みかけながら、小テーブルの上に侍女さんが淹れてくれた紅茶をおそるおそる口元に運ぶ。
「えっ、すごっ」
ままごとの玩具みたいに小さくお洒落なカップをかたむけると、私の舌と鼻孔には、満開のお花畑をぶちまけたみたいな未体験の感動と幸福が広がっていた。
「美味しすぎ……」
「あ……あッ、ありがとうございますッ!」
私の思わず漏らした言葉に、過剰な感激を見せる侍女さん。両手を口元にあて、涼しげな目元に涙さえ浮かべているような。
紅茶の香りとカフェインのおかげか、頭がすこしずつ冴えてゆく。
とりあえず私の中に、日本の普通のOLである衿沙と、別世界のダンケルハイト侯爵家令嬢であるエリシャ──二人ぶんの記憶が混在していることは理解できた。
人格という意味では、衿沙の割合が強いように思える。八対ニくらいだろうか。
エリシャという、王国でも指折りの高貴な家柄に生まれ育った十五歳の女の子は、先ほどの侍女さんの大げさな感激も無理なしと思えるぐらいには、高慢な態度と数多のわがままを周囲に振りまいて生きてきた。
「あのエリシャ様、どうかなさいましたか?」
「ええ、すこしだけ考えごと。お紅茶、おかわりいただけますかしら」
「──! もちろんです、しばしお待ちを!」
だけれどそれは、母親を早くに亡くした彼女が自身と家名を守るため着込んでしまった、外側も内側も棘だらけの鎧。
その中にひとりで閉じこもっていたのは、不器用だけど純真で優しい女の子だった。
記憶が同化したとき、その凝り固まった頑なさが希釈されるように、エリシャの心は衿沙の中に溶けてひとつになった。そんな感触だった。
果たしてこれは、「エリシャに前世の記憶が蘇った」のか、それとも「衿沙の人格がエリシャに憑依した」のか。それを確かめるべく私は、衿沙としての記憶を紐といてみることにする。
──そして思い出した。とてつもなく重大なことを。
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