18 / 64
第一部 誕嬢篇
紅と蒼の真実
しおりを挟む
──私は馬車に揺られ、王立学園への道行きにあった。
結局、丸二日間も休んでしまうことになった。とは言え学園は基本的に、学位認定試験にさえ合格できれば進級できるので、成績優秀なエリシャにしてみれば一日や二日はどうってこともない。
何より、唯一の弱点だった魔力量不足が完全に解消された今となっては、成績学内三傑入りは揺るがないだろう。一位とは言い切れないのが、もどかしいところなのだけれど。
「エリシャ様、お体ほんとうに大丈夫なのですか?」
向かいの席に座ったミオリが、きょう何度目かの問いを口にする。
「うん、もう平気。たくさん寝たし、それに……」
私は、右の手首の黒い纏装輪具を左手の指先でなぞってみた。昨日これを身に着けてから、痛みがだいぶ治まったような気がするのだ。
「それには乱れた魔力を調律する機能も付いている。ただし母さんの魔力波長に合わせたものだから、もしきみにも効果があるのなら、きっと二人はそこも似ているのだろうね」
──父の嬉しそうな言葉が蘇ってくる。
ただ、浮かべていた表情はとても寂しげで。
「彼女がいなくなって、僕は絶望した。生きる意味を失いかけたよ。ほんとうはあの時……」
彼は、なにか言葉をひとつ呑み込んでから、その続きを口にした。
「……僕がどうにか生きていられたのは、エリシャ、きみがいてくれたからだ」
当時、私は私で哀しみに暮れていた。それを支えてくれたのは父ではなくミオリだった。
そのことをほんの少し恨んだこともあったけれど、父は父で苦しんでいたのだと本人の口から聞けて、わだかまっていた小さな雲も晴れた気がする。
「ジブリールが声をかけてきたのは、そんな折だ。たしか学会に役員の辞退を申し入れに行った帰りだったな。僕の研究に以前から興味があったと、あの調子でつらつらと……同年代ということもあって、つい心を許してしまった」
光景が浮かぶようだ。──って、今なにかおかしなことを聞いたような?
「いまにして思えば、あれは偶然じゃなかったんだろうな」
いやいや、そうじゃなくて!
「──同年代、ですか?」
「ああ。ちょっと若作りだから、よく誤解されるそうだが」
ちょっとどころじゃあない。どう見積もってもアラサーと思っていたのに、アラフィフ手前だったとは。たしかに言われてみれ ば薄っすらとメイクをしているように見えたけれど、それにしても……。
「彼は王国の辺境伯だと名乗っていてね。はじめは、辺境警備兵のための装備を開発したい、という触れ込みだった」
私の混乱を置いてきぼりに、父は話を進める。
「僕と彼女の夢が無駄にならず、民を守ることに使われるのならと、僕は快く研究成果を共有した。けれど彼が試作品として設計したものは、民を守ることより敵を殺すことに特化したものだった」
それが、あの試製壱型ということなのだろう。
「僕はそのことを指摘して、それ以上の研究成果の開示を拒絶した」
──そこで彼は、豹変したのだという。
あとは私も知る通り、脅迫まがいの取引きを強要してきて、今に至るというわけだ。
「ところで、僕の位置からはっきりは聞き取れなかったけど、アズライル……彼のことをジブリールは、そう呼んでいたね」
そこまで話したところで思い出したように、父はあの蒼髪の従者についても言及する。
「はい。それに『閣下』と敬称を……」
「やはり、そうか。とても信じ難いことだが……いや、ここまで来たら常識に縋るのも愚かだな」
続けて語られたのは、ジブリールの年齢以上に衝撃的なことだった。
「王立学園では習わないだろうけど、『アズライル』はアスラフェル大帝国を建国した初代皇帝の名だよ。つまり、そう名乗ることを赦された彼はおそらく」
「……まさか、そんな……」
奈津美の話では、ゲーム内での彼は人気はあれど攻略対象ですらない、モブキャラに毛が生えた程度の存在だったはずだ。
「帝国の皇太子──アズライル・アスラフェルなのだろう」
結局、丸二日間も休んでしまうことになった。とは言え学園は基本的に、学位認定試験にさえ合格できれば進級できるので、成績優秀なエリシャにしてみれば一日や二日はどうってこともない。
何より、唯一の弱点だった魔力量不足が完全に解消された今となっては、成績学内三傑入りは揺るがないだろう。一位とは言い切れないのが、もどかしいところなのだけれど。
「エリシャ様、お体ほんとうに大丈夫なのですか?」
向かいの席に座ったミオリが、きょう何度目かの問いを口にする。
「うん、もう平気。たくさん寝たし、それに……」
私は、右の手首の黒い纏装輪具を左手の指先でなぞってみた。昨日これを身に着けてから、痛みがだいぶ治まったような気がするのだ。
「それには乱れた魔力を調律する機能も付いている。ただし母さんの魔力波長に合わせたものだから、もしきみにも効果があるのなら、きっと二人はそこも似ているのだろうね」
──父の嬉しそうな言葉が蘇ってくる。
ただ、浮かべていた表情はとても寂しげで。
「彼女がいなくなって、僕は絶望した。生きる意味を失いかけたよ。ほんとうはあの時……」
彼は、なにか言葉をひとつ呑み込んでから、その続きを口にした。
「……僕がどうにか生きていられたのは、エリシャ、きみがいてくれたからだ」
当時、私は私で哀しみに暮れていた。それを支えてくれたのは父ではなくミオリだった。
そのことをほんの少し恨んだこともあったけれど、父は父で苦しんでいたのだと本人の口から聞けて、わだかまっていた小さな雲も晴れた気がする。
「ジブリールが声をかけてきたのは、そんな折だ。たしか学会に役員の辞退を申し入れに行った帰りだったな。僕の研究に以前から興味があったと、あの調子でつらつらと……同年代ということもあって、つい心を許してしまった」
光景が浮かぶようだ。──って、今なにかおかしなことを聞いたような?
「いまにして思えば、あれは偶然じゃなかったんだろうな」
いやいや、そうじゃなくて!
「──同年代、ですか?」
「ああ。ちょっと若作りだから、よく誤解されるそうだが」
ちょっとどころじゃあない。どう見積もってもアラサーと思っていたのに、アラフィフ手前だったとは。たしかに言われてみれ ば薄っすらとメイクをしているように見えたけれど、それにしても……。
「彼は王国の辺境伯だと名乗っていてね。はじめは、辺境警備兵のための装備を開発したい、という触れ込みだった」
私の混乱を置いてきぼりに、父は話を進める。
「僕と彼女の夢が無駄にならず、民を守ることに使われるのならと、僕は快く研究成果を共有した。けれど彼が試作品として設計したものは、民を守ることより敵を殺すことに特化したものだった」
それが、あの試製壱型ということなのだろう。
「僕はそのことを指摘して、それ以上の研究成果の開示を拒絶した」
──そこで彼は、豹変したのだという。
あとは私も知る通り、脅迫まがいの取引きを強要してきて、今に至るというわけだ。
「ところで、僕の位置からはっきりは聞き取れなかったけど、アズライル……彼のことをジブリールは、そう呼んでいたね」
そこまで話したところで思い出したように、父はあの蒼髪の従者についても言及する。
「はい。それに『閣下』と敬称を……」
「やはり、そうか。とても信じ難いことだが……いや、ここまで来たら常識に縋るのも愚かだな」
続けて語られたのは、ジブリールの年齢以上に衝撃的なことだった。
「王立学園では習わないだろうけど、『アズライル』はアスラフェル大帝国を建国した初代皇帝の名だよ。つまり、そう名乗ることを赦された彼はおそらく」
「……まさか、そんな……」
奈津美の話では、ゲーム内での彼は人気はあれど攻略対象ですらない、モブキャラに毛が生えた程度の存在だったはずだ。
「帝国の皇太子──アズライル・アスラフェルなのだろう」
0
あなたにおすすめの小説
記憶を失くして転生しました…転生先は悪役令嬢?
ねこママ
恋愛
「いいかげんにしないかっ!」
バシッ!!
わたくしは咄嗟に、フリード様の腕に抱き付くメリンダ様を引き離さなければと手を伸ばしてしまい…頬を叩かれてバランスを崩し倒れこみ、壁に頭を強く打ち付け意識を失いました。
目が覚めると知らない部屋、豪華な寝台に…近付いてくるのはメイド? 何故髪が緑なの?
最後の記憶は私に向かって来る車のライト…交通事故?
ここは何処? 家族? 友人? 誰も思い出せない……
前世を思い出したセレンディアだが、事故の衝撃で記憶を失くしていた……
前世の自分を含む人物の記憶だけが消えているようです。
転生した先の記憶すら全く無く、頭に浮かぶものと違い過ぎる世界観に戸惑っていると……?
はじめまして、私の知らない婚約者様
有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。
見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。
けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。
ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。
けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。
この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。
悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに?
※他サイトにも掲載しています。
第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。
黒ハット
ファンタジー
前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。
異世界転生したおっさんが普通に生きる
カジキカジキ
ファンタジー
第18回 ファンタジー小説大賞 読者投票93位
応援頂きありがとうございました!
異世界転生したおっさんが唯一のチートだけで生き抜く世界
主人公のゴウは異世界転生した元冒険者
引退して狩をして過ごしていたが、ある日、ギルドで雇った子どもに出会い思い出す。
知識チートで町の食と環境を改善します!! ユルくのんびり過ごしたいのに、何故にこんなに忙しい!?
転生モブは分岐点に立つ〜悪役令嬢かヒロインか、それが問題だ!〜
みおな
恋愛
転生したら、乙女ゲームのモブ令嬢でした。って、どれだけラノベの世界なの?
だけど、ありがたいことに悪役令嬢でもヒロインでもなく、完全なモブ!!
これは離れたところから、乙女ゲームの展開を楽しもうと思っていたのに、どうして私が巻き込まれるの?
私ってモブですよね?
さて、選択です。悪役令嬢ルート?ヒロインルート?
政治家の娘が悪役令嬢転生 ~前パパの教えで異世界政治をぶっ壊させていただきますわ~
巫叶月良成
ファンタジー
政治家の娘として生まれ、父から様々なことを学んだ少女が異世界の悪徳政治をぶった切る!?
////////////////////////////////////////////////////
悪役令嬢に転生させられた琴音は政治家の娘。
しかしテンプレも何もわからないまま放り出された悪役令嬢の世界で、しかもすでに婚約破棄から令嬢が暗殺された後のお話。
琴音は前世の父親の教えをもとに、口先と策謀で相手を騙し、男を篭絡しながら自分を陥れた相手に復讐し、歪んだ王国の政治ゲームを支配しようという一大謀略劇!
※魔法とかゲーム的要素はありません。恋愛要素、バトル要素も薄め……?
※注意:作者が悪役令嬢知識ほぼゼロで書いてます。こんなの悪役令嬢ものじゃねぇという内容かもしれませんが、ご留意ください。
※あくまでこの物語はフィクションです。政治家が全部そういう思考回路とかいうわけではないのでこちらもご留意を。
隔日くらいに更新出来たらいいな、の更新です。のんびりお楽しみください。
能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?
火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…?
24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?
大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!
古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。
その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。
『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』
昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。
領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。
一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる