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第一部 誕嬢篇
紅と蒼の真実
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──私は馬車に揺られ、王立学園への道行きにあった。
結局、丸二日間も休んでしまうことになった。とは言え学園は基本的に、学位認定試験にさえ合格できれば進級できるので、成績優秀なエリシャにしてみれば一日や二日はどうってこともない。
何より、唯一の弱点だった魔力量不足が完全に解消された今となっては、成績学内三傑入りは揺るがないだろう。一位とは言い切れないのが、もどかしいところなのだけれど。
「エリシャ様、お体ほんとうに大丈夫なのですか?」
向かいの席に座ったミオリが、きょう何度目かの問いを口にする。
「うん、もう平気。たくさん寝たし、それに……」
私は、右の手首の黒い纏装輪具を左手の指先でなぞってみた。昨日これを身に着けてから、痛みがだいぶ治まったような気がするのだ。
「それには乱れた魔力を調律する機能も付いている。ただし母さんの魔力波長に合わせたものだから、もしきみにも効果があるのなら、きっと二人はそこも似ているのだろうね」
──父の嬉しそうな言葉が蘇ってくる。
ただ、浮かべていた表情はとても寂しげで。
「彼女がいなくなって、僕は絶望した。生きる意味を失いかけたよ。ほんとうはあの時……」
彼は、なにか言葉をひとつ呑み込んでから、その続きを口にした。
「……僕がどうにか生きていられたのは、エリシャ、きみがいてくれたからだ」
当時、私は私で哀しみに暮れていた。それを支えてくれたのは父ではなくミオリだった。
そのことをほんの少し恨んだこともあったけれど、父は父で苦しんでいたのだと本人の口から聞けて、わだかまっていた小さな雲も晴れた気がする。
「ジブリールが声をかけてきたのは、そんな折だ。たしか学会に役員の辞退を申し入れに行った帰りだったな。僕の研究に以前から興味があったと、あの調子でつらつらと……同年代ということもあって、つい心を許してしまった」
光景が浮かぶようだ。──って、今なにかおかしなことを聞いたような?
「いまにして思えば、あれは偶然じゃなかったんだろうな」
いやいや、そうじゃなくて!
「──同年代、ですか?」
「ああ。ちょっと若作りだから、よく誤解されるそうだが」
ちょっとどころじゃあない。どう見積もってもアラサーと思っていたのに、アラフィフ手前だったとは。たしかに言われてみれ ば薄っすらとメイクをしているように見えたけれど、それにしても……。
「彼は王国の辺境伯だと名乗っていてね。はじめは、辺境警備兵のための装備を開発したい、という触れ込みだった」
私の混乱を置いてきぼりに、父は話を進める。
「僕と彼女の夢が無駄にならず、民を守ることに使われるのならと、僕は快く研究成果を共有した。けれど彼が試作品として設計したものは、民を守ることより敵を殺すことに特化したものだった」
それが、あの試製壱型ということなのだろう。
「僕はそのことを指摘して、それ以上の研究成果の開示を拒絶した」
──そこで彼は、豹変したのだという。
あとは私も知る通り、脅迫まがいの取引きを強要してきて、今に至るというわけだ。
「ところで、僕の位置からはっきりは聞き取れなかったけど、アズライル……彼のことをジブリールは、そう呼んでいたね」
そこまで話したところで思い出したように、父はあの蒼髪の従者についても言及する。
「はい。それに『閣下』と敬称を……」
「やはり、そうか。とても信じ難いことだが……いや、ここまで来たら常識に縋るのも愚かだな」
続けて語られたのは、ジブリールの年齢以上に衝撃的なことだった。
「王立学園では習わないだろうけど、『アズライル』はアスラフェル大帝国を建国した初代皇帝の名だよ。つまり、そう名乗ることを赦された彼はおそらく」
「……まさか、そんな……」
奈津美の話では、ゲーム内での彼は人気はあれど攻略対象ですらない、モブキャラに毛が生えた程度の存在だったはずだ。
「帝国の皇太子──アズライル・アスラフェルなのだろう」
結局、丸二日間も休んでしまうことになった。とは言え学園は基本的に、学位認定試験にさえ合格できれば進級できるので、成績優秀なエリシャにしてみれば一日や二日はどうってこともない。
何より、唯一の弱点だった魔力量不足が完全に解消された今となっては、成績学内三傑入りは揺るがないだろう。一位とは言い切れないのが、もどかしいところなのだけれど。
「エリシャ様、お体ほんとうに大丈夫なのですか?」
向かいの席に座ったミオリが、きょう何度目かの問いを口にする。
「うん、もう平気。たくさん寝たし、それに……」
私は、右の手首の黒い纏装輪具を左手の指先でなぞってみた。昨日これを身に着けてから、痛みがだいぶ治まったような気がするのだ。
「それには乱れた魔力を調律する機能も付いている。ただし母さんの魔力波長に合わせたものだから、もしきみにも効果があるのなら、きっと二人はそこも似ているのだろうね」
──父の嬉しそうな言葉が蘇ってくる。
ただ、浮かべていた表情はとても寂しげで。
「彼女がいなくなって、僕は絶望した。生きる意味を失いかけたよ。ほんとうはあの時……」
彼は、なにか言葉をひとつ呑み込んでから、その続きを口にした。
「……僕がどうにか生きていられたのは、エリシャ、きみがいてくれたからだ」
当時、私は私で哀しみに暮れていた。それを支えてくれたのは父ではなくミオリだった。
そのことをほんの少し恨んだこともあったけれど、父は父で苦しんでいたのだと本人の口から聞けて、わだかまっていた小さな雲も晴れた気がする。
「ジブリールが声をかけてきたのは、そんな折だ。たしか学会に役員の辞退を申し入れに行った帰りだったな。僕の研究に以前から興味があったと、あの調子でつらつらと……同年代ということもあって、つい心を許してしまった」
光景が浮かぶようだ。──って、今なにかおかしなことを聞いたような?
「いまにして思えば、あれは偶然じゃなかったんだろうな」
いやいや、そうじゃなくて!
「──同年代、ですか?」
「ああ。ちょっと若作りだから、よく誤解されるそうだが」
ちょっとどころじゃあない。どう見積もってもアラサーと思っていたのに、アラフィフ手前だったとは。たしかに言われてみれ ば薄っすらとメイクをしているように見えたけれど、それにしても……。
「彼は王国の辺境伯だと名乗っていてね。はじめは、辺境警備兵のための装備を開発したい、という触れ込みだった」
私の混乱を置いてきぼりに、父は話を進める。
「僕と彼女の夢が無駄にならず、民を守ることに使われるのならと、僕は快く研究成果を共有した。けれど彼が試作品として設計したものは、民を守ることより敵を殺すことに特化したものだった」
それが、あの試製壱型ということなのだろう。
「僕はそのことを指摘して、それ以上の研究成果の開示を拒絶した」
──そこで彼は、豹変したのだという。
あとは私も知る通り、脅迫まがいの取引きを強要してきて、今に至るというわけだ。
「ところで、僕の位置からはっきりは聞き取れなかったけど、アズライル……彼のことをジブリールは、そう呼んでいたね」
そこまで話したところで思い出したように、父はあの蒼髪の従者についても言及する。
「はい。それに『閣下』と敬称を……」
「やはり、そうか。とても信じ難いことだが……いや、ここまで来たら常識に縋るのも愚かだな」
続けて語られたのは、ジブリールの年齢以上に衝撃的なことだった。
「王立学園では習わないだろうけど、『アズライル』はアスラフェル大帝国を建国した初代皇帝の名だよ。つまり、そう名乗ることを赦された彼はおそらく」
「……まさか、そんな……」
奈津美の話では、ゲーム内での彼は人気はあれど攻略対象ですらない、モブキャラに毛が生えた程度の存在だったはずだ。
「帝国の皇太子──アズライル・アスラフェルなのだろう」
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