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第一部 誕嬢篇
たちのぼる黒煙
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「帝国の皇太子──アズライル・アスラフェルなのだろう」
父は、そう断言していた。
もう理解が追い付かない。しかし、だとするとおかしな点もある。
「だけど、彼の額には……」
彼が致死率九分九厘の擬神化魔紋を刻印されていたのは、理屈が通らないのではないか。
「ああ。擬神化のことも気付いていたか。しっかり勉強しているようだね」
いかに帝国が禁呪「転移門」を平気で使う国だとしても、「擬神化」は禁呪としての意味あいが違う。皇帝の後継者に対して、そんな危険な刻印を施すことがあるだろうか。
「……帝国の現皇帝は、征服した大陸中のあらゆる国々から、美姫や才媛をかき集めては後宮に押し込めているそうだ。コレクションでもするようにね」
私の疑問に対し、父は少しためらってから、言葉を選びつつ話を続ける。
「だから僕はきみを……いや、その話はいい。とにかく皇帝は後継者に事欠かない、それどころか『有り余っている』のだと聞いたことがある」
父が言い淀んだこと、衿沙にはわかる気がした。自分で言うのも少しおかしいが、もし王国が帝国の支配下になれば、エリシャほどの美少女をそんな皇帝が放っておくはずもない。
あるいは、そのあたりも加味したジブリールとの取引きだったのかも知れない。
「帝都にある後宮の広大な裏庭は、母子の眠る墓で埋め尽くされているともいう。ジブリールは帝国の内情には口を噤んでいたから、あくまで交易商人から聞いた噂の域を出ない話だが」
確かに、それが事実であれば、彼の額の魔紋にも納得できてしまう。しかし、それはつまり百人の異母兄弟姉妹の命の上に刻まれたということにもなり得る。いったい、どれほどの重みなのだろう。それとも、あの尊大な彼にとっては当然のものなのか。
私がこれから立ち向かう運命の、その先にあるアスラフェル大帝国という黒幕には、想像以上に深い闇の色がまとわりついているのかも知れない。
「──エリシャ様、ほんとうにお体だいじょうぶなのですか?」
思考の底に沈んでいた私を、ミオリの声が呼び戻してくれた。ごめんね、特撮好きは考察好きなの。
「ええ、だいじょうぶ。すこし考えごとをしていたの」
「なら、良いのですが……。それと、あちらを」
心底から心配そうに柳眉を寄せて言って、それから、視線で車窓の外を示す。すでにダンケルハイト領から出た道が林の間を抜けて、開けたのは田園風景。
崖上に広がる王国の大地は、決して肥沃ではない。ゆえに建国初期、ミオリ同様の東方にルーツを持つ人々が持ち込んだ水耕栽培が定着したのだという。
まだ田植え前、水だけ張られた水田が曇天を映す。その向こうに見える小さな村落から、数本の黒い煙のすじが、上空に向けて立ちのぼっていた。
忍びの遠聞きの術だろうか。耳に片手を添えて、ミオリは言う。
「いま、あの村は魔物に襲撃されています」
その言葉に私は、右手首の黒い纏装輪具を、添えていた左手で強く握りしめていた。
父は、そう断言していた。
もう理解が追い付かない。しかし、だとするとおかしな点もある。
「だけど、彼の額には……」
彼が致死率九分九厘の擬神化魔紋を刻印されていたのは、理屈が通らないのではないか。
「ああ。擬神化のことも気付いていたか。しっかり勉強しているようだね」
いかに帝国が禁呪「転移門」を平気で使う国だとしても、「擬神化」は禁呪としての意味あいが違う。皇帝の後継者に対して、そんな危険な刻印を施すことがあるだろうか。
「……帝国の現皇帝は、征服した大陸中のあらゆる国々から、美姫や才媛をかき集めては後宮に押し込めているそうだ。コレクションでもするようにね」
私の疑問に対し、父は少しためらってから、言葉を選びつつ話を続ける。
「だから僕はきみを……いや、その話はいい。とにかく皇帝は後継者に事欠かない、それどころか『有り余っている』のだと聞いたことがある」
父が言い淀んだこと、衿沙にはわかる気がした。自分で言うのも少しおかしいが、もし王国が帝国の支配下になれば、エリシャほどの美少女をそんな皇帝が放っておくはずもない。
あるいは、そのあたりも加味したジブリールとの取引きだったのかも知れない。
「帝都にある後宮の広大な裏庭は、母子の眠る墓で埋め尽くされているともいう。ジブリールは帝国の内情には口を噤んでいたから、あくまで交易商人から聞いた噂の域を出ない話だが」
確かに、それが事実であれば、彼の額の魔紋にも納得できてしまう。しかし、それはつまり百人の異母兄弟姉妹の命の上に刻まれたということにもなり得る。いったい、どれほどの重みなのだろう。それとも、あの尊大な彼にとっては当然のものなのか。
私がこれから立ち向かう運命の、その先にあるアスラフェル大帝国という黒幕には、想像以上に深い闇の色がまとわりついているのかも知れない。
「──エリシャ様、ほんとうにお体だいじょうぶなのですか?」
思考の底に沈んでいた私を、ミオリの声が呼び戻してくれた。ごめんね、特撮好きは考察好きなの。
「ええ、だいじょうぶ。すこし考えごとをしていたの」
「なら、良いのですが……。それと、あちらを」
心底から心配そうに柳眉を寄せて言って、それから、視線で車窓の外を示す。すでにダンケルハイト領から出た道が林の間を抜けて、開けたのは田園風景。
崖上に広がる王国の大地は、決して肥沃ではない。ゆえに建国初期、ミオリ同様の東方にルーツを持つ人々が持ち込んだ水耕栽培が定着したのだという。
まだ田植え前、水だけ張られた水田が曇天を映す。その向こうに見える小さな村落から、数本の黒い煙のすじが、上空に向けて立ちのぼっていた。
忍びの遠聞きの術だろうか。耳に片手を添えて、ミオリは言う。
「いま、あの村は魔物に襲撃されています」
その言葉に私は、右手首の黒い纏装輪具を、添えていた左手で強く握りしめていた。
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