21 / 64
第一部 誕嬢篇
運命に抗う力
しおりを挟む
どす黒い赤色の剛毛に全身を覆われた、大型犬フォルムの獣が二体。
ただしそいつが犬どころか真っ当な生物でさえないことは、頭部にあるのが大きく裂けた口だけで、目も耳も鼻も痕跡さえ存在していない事実から察することができる。
──瘴犬と呼称されるタイプの魔物だ。
そしてもう一体、後方からは人型に近いフォルムの魔物が、遅れて悠然と迫り来ている。こっちがおそらく襲撃の首謀者だろう。つまり、こいつさえ討てば終わりにできる。
逆方向に駆けてゆく子どもたちとすれ違いながら、敵を分析していた私は、最後尾で小さな子の手を引く少女と目が合う。──大丈夫、いま助けるから。
「この子をお願い!」
「っ──!?」
そこで想定外の言葉を放った少女は、連れていた子供の背中を押し出しながら、自身はその場で振り向いて瘴犬に向き合う。
つんのめる子供をしゃがみ込みながら抱きとめる。見ればその小さな男の子は、裸足の右脚から右腕、首筋にかけて、瘴犬の剛毛と同じどす黒い赤色に肌が染まっている。魔瘴の侵蝕だった。
ふらつく彼をその場に座らせ、私は立ち上がる。幼い子供の体力と魔力でこれだけ広範囲を侵されたら──おそらくもう、手遅れだ。
「──こっちだ!!」
腹の底からの声とともに、魔力を一気に解放する。押し倒した少女にのしかかり、裂けた口に並ぶ乱杭歯を柔肌に突き立てようとしていた二体の視線が、一斉にこちらを向いた。
魔物は魔力を糧とする。まずは反撃する力のない者、そして何より、大きな魔力を持つ者を優先して襲う習性があるのだった。
「ちょっと何してるの! はやくその子を連れて逃げて!」
地面に這いつくばったまま、驚くほど我が身を棚上げして言う少女に半ば呆れ、半ば敬服しつつ。
男の子を背にかばいながら私は右腕を──鐡色の纏装輪具を曇天に向けて、すっと掲げた。
「纏装──」
目前に迫る異形の獣。私は意外なほど落ち着いていた。現実感のない怪物は特撮で見慣れたCGのようで、恐怖感は薄い。擬神化皇子とは比べものにならない。
纏装輪具に添えた左の指先で鷲獅子紋を押し込み、私はその名を──父が伝えてくれた母のやり様を倣って──誇らしくも高らかに呼んだ。
「レイジョーガーッ!」
魔力が輪具に、胸奥から吸い上げられるよう急激に流れ込んでいく。それは激しい紫の炎に転じて鷲獅子紋から噴出し、私の全身を一瞬で包み込んだ。
ミオリが着せてくれた服が炎上する。しかし実際は、炎の中で魔鎧の構成要素として再構築されるだけだと、父から基礎講義を受けたのが昨日のことだ。
講義内容を再現するように、炎はまず肌に密着する紫色の素体を形成して全身を覆い、その各所で漆黒の装甲が次々と実体化し、魔鎧を組み上げてゆく。
しかしそこで、迫っていた瘴犬の一体が跳躍し、鋭い前脚の爪で猛襲した。
いまどきの特撮では、敵は変身を待ってくれたりしない。ヒーローは変身ポーズ中でも戦うし、なんなら変身の余波で吹き飛ばす。
なので私もまた、掲げていた右手を手刀として全力で瘴犬の頭部に振り下ろしていた。その軌道上で炎は漆黒の籠手に変じてゆく。それは魔玄籠手の面影を残し、指先には兇々しく尖った爪が並ぶ。
ギャゲギゲッ……!
直撃を受け地面に叩きつけられた瘴犬は、耳障りな苦鳴を上げる。すぐ背後には子供がいる。動きを封じるため私は、ちょうど漆黒の装甲に覆われたばかりの右脚で、その頭部を踏みつけた。
──抑えつけるだけのつもりだった。しかし尖った鉄踵にあっさりと脳天を貫かれた瘴犬は、全身が崩壊するように赤黒い霧と化し、見る間に蒸発していった。
これが、真っ当な生物ではない魔物の死にざまである。
間髪入れず、残る一体の限界まで開かれた顎が、喉笛に喰らいつこうと襲い来る。しかし今、私の体は素体のサポートによって信じられないほど思い通りに動いてくれる。
開いた顎の上下それぞれを、籠手に覆われた両手で掴み、その爪を涎の溢れる口腔内に食い込ませる。そして躊躇なくその下顎と上顎に逆方向の力を掛け、瘴犬の体を真っ二つに引き裂いていた。
きれいに二分割された魔物の体は、その場で赤黒い霧になって消滅する。同時に私の頭部を飲み込んで立ち昇った火柱が、仮面と兜を形成し──魔鎧を完成させた紫炎は、花弁が散るようにフワリと拡がって、風に運ばれ消えていった。
道端の、まだ苗の植えられていない水田。鏡のような水面に映る、漆黒の装甲で鎧われし私の姿──。
魔戦士の鎧の面影を残しつつ、エリシャの体形に添って自動調整されたそれは、禍々しさの中に少女的な繊細さを兼ね備え、どこか中性的な美しさを身に纏っている。
側頭から天を衝く双角はより鋭く長く、仮面の中央では紫水晶色の双眸に加え、額にも縦に第三の目が耀いていた。
ジブリールの試製壱型同様、いやそれ以上に特撮ヒーロー的な雄姿。ただし決して主役にはなり得ない、悪魔の如きダークヒーローだ。
これぞお父様とお母様の夢の結晶、そして私が運命に抗うための変身──その名は、レイジョーガー!
──さあ、初陣と行こう!
ただしそいつが犬どころか真っ当な生物でさえないことは、頭部にあるのが大きく裂けた口だけで、目も耳も鼻も痕跡さえ存在していない事実から察することができる。
──瘴犬と呼称されるタイプの魔物だ。
そしてもう一体、後方からは人型に近いフォルムの魔物が、遅れて悠然と迫り来ている。こっちがおそらく襲撃の首謀者だろう。つまり、こいつさえ討てば終わりにできる。
逆方向に駆けてゆく子どもたちとすれ違いながら、敵を分析していた私は、最後尾で小さな子の手を引く少女と目が合う。──大丈夫、いま助けるから。
「この子をお願い!」
「っ──!?」
そこで想定外の言葉を放った少女は、連れていた子供の背中を押し出しながら、自身はその場で振り向いて瘴犬に向き合う。
つんのめる子供をしゃがみ込みながら抱きとめる。見ればその小さな男の子は、裸足の右脚から右腕、首筋にかけて、瘴犬の剛毛と同じどす黒い赤色に肌が染まっている。魔瘴の侵蝕だった。
ふらつく彼をその場に座らせ、私は立ち上がる。幼い子供の体力と魔力でこれだけ広範囲を侵されたら──おそらくもう、手遅れだ。
「──こっちだ!!」
腹の底からの声とともに、魔力を一気に解放する。押し倒した少女にのしかかり、裂けた口に並ぶ乱杭歯を柔肌に突き立てようとしていた二体の視線が、一斉にこちらを向いた。
魔物は魔力を糧とする。まずは反撃する力のない者、そして何より、大きな魔力を持つ者を優先して襲う習性があるのだった。
「ちょっと何してるの! はやくその子を連れて逃げて!」
地面に這いつくばったまま、驚くほど我が身を棚上げして言う少女に半ば呆れ、半ば敬服しつつ。
男の子を背にかばいながら私は右腕を──鐡色の纏装輪具を曇天に向けて、すっと掲げた。
「纏装──」
目前に迫る異形の獣。私は意外なほど落ち着いていた。現実感のない怪物は特撮で見慣れたCGのようで、恐怖感は薄い。擬神化皇子とは比べものにならない。
纏装輪具に添えた左の指先で鷲獅子紋を押し込み、私はその名を──父が伝えてくれた母のやり様を倣って──誇らしくも高らかに呼んだ。
「レイジョーガーッ!」
魔力が輪具に、胸奥から吸い上げられるよう急激に流れ込んでいく。それは激しい紫の炎に転じて鷲獅子紋から噴出し、私の全身を一瞬で包み込んだ。
ミオリが着せてくれた服が炎上する。しかし実際は、炎の中で魔鎧の構成要素として再構築されるだけだと、父から基礎講義を受けたのが昨日のことだ。
講義内容を再現するように、炎はまず肌に密着する紫色の素体を形成して全身を覆い、その各所で漆黒の装甲が次々と実体化し、魔鎧を組み上げてゆく。
しかしそこで、迫っていた瘴犬の一体が跳躍し、鋭い前脚の爪で猛襲した。
いまどきの特撮では、敵は変身を待ってくれたりしない。ヒーローは変身ポーズ中でも戦うし、なんなら変身の余波で吹き飛ばす。
なので私もまた、掲げていた右手を手刀として全力で瘴犬の頭部に振り下ろしていた。その軌道上で炎は漆黒の籠手に変じてゆく。それは魔玄籠手の面影を残し、指先には兇々しく尖った爪が並ぶ。
ギャゲギゲッ……!
直撃を受け地面に叩きつけられた瘴犬は、耳障りな苦鳴を上げる。すぐ背後には子供がいる。動きを封じるため私は、ちょうど漆黒の装甲に覆われたばかりの右脚で、その頭部を踏みつけた。
──抑えつけるだけのつもりだった。しかし尖った鉄踵にあっさりと脳天を貫かれた瘴犬は、全身が崩壊するように赤黒い霧と化し、見る間に蒸発していった。
これが、真っ当な生物ではない魔物の死にざまである。
間髪入れず、残る一体の限界まで開かれた顎が、喉笛に喰らいつこうと襲い来る。しかし今、私の体は素体のサポートによって信じられないほど思い通りに動いてくれる。
開いた顎の上下それぞれを、籠手に覆われた両手で掴み、その爪を涎の溢れる口腔内に食い込ませる。そして躊躇なくその下顎と上顎に逆方向の力を掛け、瘴犬の体を真っ二つに引き裂いていた。
きれいに二分割された魔物の体は、その場で赤黒い霧になって消滅する。同時に私の頭部を飲み込んで立ち昇った火柱が、仮面と兜を形成し──魔鎧を完成させた紫炎は、花弁が散るようにフワリと拡がって、風に運ばれ消えていった。
道端の、まだ苗の植えられていない水田。鏡のような水面に映る、漆黒の装甲で鎧われし私の姿──。
魔戦士の鎧の面影を残しつつ、エリシャの体形に添って自動調整されたそれは、禍々しさの中に少女的な繊細さを兼ね備え、どこか中性的な美しさを身に纏っている。
側頭から天を衝く双角はより鋭く長く、仮面の中央では紫水晶色の双眸に加え、額にも縦に第三の目が耀いていた。
ジブリールの試製壱型同様、いやそれ以上に特撮ヒーロー的な雄姿。ただし決して主役にはなり得ない、悪魔の如きダークヒーローだ。
これぞお父様とお母様の夢の結晶、そして私が運命に抗うための変身──その名は、レイジョーガー!
──さあ、初陣と行こう!
0
あなたにおすすめの小説
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます
山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。
でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。
それを証明すれば断罪回避できるはず。
幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。
チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。
処刑5秒前だから、今すぐに!
貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ
凜
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます!
貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。
前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?
一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫
むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。
笑顔が苦手な元公爵令嬢ですが、路地裏のパン屋さんで人生やり直し中です。~「悪役」なんて、もう言わせない!~
虹湖🌈
ファンタジー
不器用だっていいじゃない。焼きたてのパンがあればきっと明日は笑えるから
「悪役令嬢」と蔑まれ、婚約者にも捨てられた公爵令嬢フィオナ。彼女の唯一の慰めは、前世でパン職人だった頃の淡い記憶。居場所を失くした彼女が選んだのは、華やかな貴族社会とは無縁の、小さなパン屋を開くことだった。
人付き合いは苦手、笑顔もぎこちない。おまけにパン作りは素人も同然。
「私に、できるのだろうか……」
それでも、彼女が心を込めて焼き上げるパンは、なぜか人の心を惹きつける。幼馴染のツッコミ、忠実な執事のサポート、そしてパンの師匠との出会い。少しずつ開いていくフィオナの心と、広がっていく温かい人の輪。
これは、どん底から立ち上がり、自分の「好き」を信じて一歩ずつ前に進む少女の物語。彼女の焼くパンのように、優しくて、ちょっぴり切なくて、心がじんわり温かくなるお話です。読後、きっとあなたも誰かのために何かを作りたくなるはず。
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ライバル悪役令嬢に転生したハズがどうしてこうなった!?
だましだまし
ファンタジー
長編サイズだけど文字数的には短編の範囲です。
七歳の誕生日、ロウソクをふうっと吹き消した瞬間私の中に走馬灯が流れた。
え?何これ?私?!
どうやら私、ゲームの中に転生しちゃったっぽい!?
しかも悪役令嬢として出て来た伯爵令嬢じゃないの?
しかし流石伯爵家!使用人にかしずかれ美味しいご馳走に可愛いケーキ…ああ!最高!
ヒロインが出てくるまでまだ時間もあるし令嬢生活を満喫しよう…って毎日過ごしてたら鏡に写るこの巨体はなに!?
悪役とはいえ美少女スチルどこ行った!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる