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第一部 誕嬢篇
その名はレイジョーガー
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魔鎧の装着感を確かめるように両手を握って、開く。
父いわく、全身の肌に密着した潜水服のような濃紫色の「素体」が、いわば外付けの増設筋肉として身体能力を増幅してくれるのだという。たしかに、全身に装甲を纏っているにもかかわらず普段より遥かに体が軽く、力もみなぎっている。
──そしてその威力は、さきほどの瘴犬の瞬殺ぶりで実証済みだ。
それから、周囲を見回す。
兜の内側は視野に一切の干渉がなく、自分の顔が仮面で覆われていることを忘れそうだった。それでいて、さきほどの水面に映った自分自身の姿のように、不明瞭な映像も拡大したり補正したりを自動でやってくれる。
そういった機能が、額の第三の目の役割らしい。
その視界のなか、焦点は前方から近付くもう一体の人型魔物を捉える。人型としては腕が異様に長く、のけ反るような姿勢で立つ身長は2メートルほどだろうか。瘴犬同様に赤黒い剛毛まみれで、大きな口しかない頭部を左右交互にカクンカクンと傾げながら、同胞が瞬殺されたことを気に留める風もなく悠然とこちらに向かってくる。
私も初めて実物を見る、おそらく瘴鬼と呼ばれるタイプだが、その挙動がなんとも不気味だった。
周辺に這いつくばっていた例の少女は見当たらない。上手く逃げてくれたならいいが。
そう言えば、それより先に逃げていた子供たちは……、ちらりと後方を確認すると、離れた場所からこちらをじっと見ている。拡大された映像の中、私に向けられるいたいけな瞳たちは、完全に怯えの色に染まっていた。
──まあ、この姿であんな戦い方をしてしまったのだから、無理もないだろう。
そして私のすぐ背後。守るべき小さな男の子のそばに、いつの間にか例の少女が屈みこみ、彼の魔瘴に侵された右足をさすっていた。おそらくは戦闘中に回り込んだのだろうが、この娘の肝の据わり方はいったいなんなのだろう。
しかも、優しく撫でさするその手のひらは仄かに白い光を纏っていて、子供の足の指先からすこしずつ魔瘴の赤黒さが薄らいでいくように見える……?
「えっ……」
魔瘴の浄化儀式は、教団の上級神官クラスしかできないはずだ。なぜこの、村娘然とした簡素な服装の少女にそれができているのか。そして何より、幼い命は助かるのか。
「あなたは──」
いや、ちょっと待って。そもそも私は彼女の二つ結びにした栗色の髪や、万人から好かれるであろう素朴で愛らしい顔立ちに、どことなく見覚えがあった。それはエリシャではなく、衿沙のほうの記憶だ。
「──誰なの?」
私の漠然とした問いに、彼女は目線を子供にあわせたまま、淀みなく明瞭な言葉で応える。
「わたしはただの村娘です。そんなことより敵を見て、貴族様」
はっとして前方に戻した私の視界いっぱいに、いつのまにか目前まで迫っていた瘴鬼が、赤黒い顔に浮かんだ白い三日月みたいに、歯を揃えて不気味に笑っていた。
「っ! このッ!」
反射的に顔面に放ったパンチはしかし、上半身をぐにゃりとほぼ直角にねじ曲げる動きで回避されてしまう。その体勢のまま瘴鬼は、空振りで生じた脇の装甲の隙を狙って、長い腕ですくい上げるような爪撃を放つ。
背後に二人をかばう私はそれを避けることができない。だが鋭い爪は脇部の素体にあっけなく阻まれ、折れて剥がれて宙に舞っていた。素体もまた、充分な防御力を備えているのだ。
ギギゲゲギゲゲ
それでも瘴鬼は不気味に嗤っている。そして私の脇には鈍痛が拡がっていた。爪を弾いた素体の表面が微かに、赤黒く変色している。
──物理的なダメージはない。しかし、魔鎧が魔力を凝縮し形成したものである以上、魔瘴による侵蝕の影響はゼロではないらしい。
空振りした右腕をそのまま手刀として振り下ろすが、瘴鬼は背後に倒れ込んで避ける。私は前方に踏み出しながら、最初に瘴犬を屠った尖踵で追撃を放つ。
自分でも驚くほどに、私は戦えていた。
特撮で食い入るように見てきた、いわゆる中の人ことスーツアクターさんたちの美しい戦技。一向に上達はしなかったけど、体には刻まれている殺陣教室で学んだ日々。それらを素体のサポートによって、思うがまま再現できているのだ。
「もう歩けそうね」
「うん、ありがとうマリカお姉ちゃん」
そこで背後から声が聞こえた。続いて二つの足音が遠ざかっていくのがわかる。男の子の元気な声に私は安堵した。これで心置きなく、全力で戦える。
同時に私は、少女が誰なのかをようやく理解した。
マリカ──それは、この世界の聖女の名前だった。
父いわく、全身の肌に密着した潜水服のような濃紫色の「素体」が、いわば外付けの増設筋肉として身体能力を増幅してくれるのだという。たしかに、全身に装甲を纏っているにもかかわらず普段より遥かに体が軽く、力もみなぎっている。
──そしてその威力は、さきほどの瘴犬の瞬殺ぶりで実証済みだ。
それから、周囲を見回す。
兜の内側は視野に一切の干渉がなく、自分の顔が仮面で覆われていることを忘れそうだった。それでいて、さきほどの水面に映った自分自身の姿のように、不明瞭な映像も拡大したり補正したりを自動でやってくれる。
そういった機能が、額の第三の目の役割らしい。
その視界のなか、焦点は前方から近付くもう一体の人型魔物を捉える。人型としては腕が異様に長く、のけ反るような姿勢で立つ身長は2メートルほどだろうか。瘴犬同様に赤黒い剛毛まみれで、大きな口しかない頭部を左右交互にカクンカクンと傾げながら、同胞が瞬殺されたことを気に留める風もなく悠然とこちらに向かってくる。
私も初めて実物を見る、おそらく瘴鬼と呼ばれるタイプだが、その挙動がなんとも不気味だった。
周辺に這いつくばっていた例の少女は見当たらない。上手く逃げてくれたならいいが。
そう言えば、それより先に逃げていた子供たちは……、ちらりと後方を確認すると、離れた場所からこちらをじっと見ている。拡大された映像の中、私に向けられるいたいけな瞳たちは、完全に怯えの色に染まっていた。
──まあ、この姿であんな戦い方をしてしまったのだから、無理もないだろう。
そして私のすぐ背後。守るべき小さな男の子のそばに、いつの間にか例の少女が屈みこみ、彼の魔瘴に侵された右足をさすっていた。おそらくは戦闘中に回り込んだのだろうが、この娘の肝の据わり方はいったいなんなのだろう。
しかも、優しく撫でさするその手のひらは仄かに白い光を纏っていて、子供の足の指先からすこしずつ魔瘴の赤黒さが薄らいでいくように見える……?
「えっ……」
魔瘴の浄化儀式は、教団の上級神官クラスしかできないはずだ。なぜこの、村娘然とした簡素な服装の少女にそれができているのか。そして何より、幼い命は助かるのか。
「あなたは──」
いや、ちょっと待って。そもそも私は彼女の二つ結びにした栗色の髪や、万人から好かれるであろう素朴で愛らしい顔立ちに、どことなく見覚えがあった。それはエリシャではなく、衿沙のほうの記憶だ。
「──誰なの?」
私の漠然とした問いに、彼女は目線を子供にあわせたまま、淀みなく明瞭な言葉で応える。
「わたしはただの村娘です。そんなことより敵を見て、貴族様」
はっとして前方に戻した私の視界いっぱいに、いつのまにか目前まで迫っていた瘴鬼が、赤黒い顔に浮かんだ白い三日月みたいに、歯を揃えて不気味に笑っていた。
「っ! このッ!」
反射的に顔面に放ったパンチはしかし、上半身をぐにゃりとほぼ直角にねじ曲げる動きで回避されてしまう。その体勢のまま瘴鬼は、空振りで生じた脇の装甲の隙を狙って、長い腕ですくい上げるような爪撃を放つ。
背後に二人をかばう私はそれを避けることができない。だが鋭い爪は脇部の素体にあっけなく阻まれ、折れて剥がれて宙に舞っていた。素体もまた、充分な防御力を備えているのだ。
ギギゲゲギゲゲ
それでも瘴鬼は不気味に嗤っている。そして私の脇には鈍痛が拡がっていた。爪を弾いた素体の表面が微かに、赤黒く変色している。
──物理的なダメージはない。しかし、魔鎧が魔力を凝縮し形成したものである以上、魔瘴による侵蝕の影響はゼロではないらしい。
空振りした右腕をそのまま手刀として振り下ろすが、瘴鬼は背後に倒れ込んで避ける。私は前方に踏み出しながら、最初に瘴犬を屠った尖踵で追撃を放つ。
自分でも驚くほどに、私は戦えていた。
特撮で食い入るように見てきた、いわゆる中の人ことスーツアクターさんたちの美しい戦技。一向に上達はしなかったけど、体には刻まれている殺陣教室で学んだ日々。それらを素体のサポートによって、思うがまま再現できているのだ。
「もう歩けそうね」
「うん、ありがとうマリカお姉ちゃん」
そこで背後から声が聞こえた。続いて二つの足音が遠ざかっていくのがわかる。男の子の元気な声に私は安堵した。これで心置きなく、全力で戦える。
同時に私は、少女が誰なのかをようやく理解した。
マリカ──それは、この世界の聖女の名前だった。
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