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第三部 天嬢篇
最後の手
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零星断罪刃───十字葬刻!
縦横同時に閃く手刀の光刃──その縦側は白刃取りで封じられたものの、横薙ぎは蒼き魔鎧の胸部装甲を真一文字に斬り裂いていた。
「ぐッ……!?」
アズライルは驚嘆を漏らすと、仰け反りつつ後方へと退く。それによって刃は彼の胸まで斬り裂くことなく、装甲に大きな傷痕を刻むに留まった。
──この戦いで、あるいは敵の命を奪うことになるかもしれない。大切なものを守るため、その覚悟はしてきたつもりだ。
けれど彼の本性を知ったことで、あるいは無意識に手心を加えてしまったのだろうか。
いいや、そんなことを考えるのは全てが終わってからでいい。
アズライルの離脱で白刃取りから解放された右の光刃が、誰もいない空間を縦に両断する。これによって私の眼前には、紫光の軌跡が十字に浮かんだ。
光の十字架越しに、間合いを取って体勢を立て直したアズライルの蒼い魔鎧が見える。その胸からは蒼光の粒子が大量に漏れ出していた。
さらに後方ではこちらに背を向け、ジブリールの紅い魔鎧が迷宮口の方へ檄を飛ばしている。
計画通り、そして私が信頼していた通りにミオリ──影狐は王妃様を迷宮口へ送り出しつつ、死神型を黒逸で倒してくれていた。
迷宮口に向かった魔鎧二体は、アリオスに任せておけばいい。
地上で活動できるのは入口から半径3メートルほどに限定されるものの、その領域内において彼は無敵の守護者たり得る。
領域内まで送り届けさえすれば、王妃様の御身は守り切ったも同然だ。
奇しくも、地下迷宮の生みの親である魔学者がかつて目指したもの──魔物の力を使った王都防衛が、今ここで成し遂げられつつある。
歯車は噛み合っていた。未だマリカからリヒトへの「絶聖の加護」は片鱗も見えないけれど、それならそれで、このまま皆の力を借りて修正力をねじふせてしまえばいい。
そして私の眼前に煌めく十字葬刻も、まだ終わりじゃあない。
──破ッ!
全身全霊の魔力を込めた右の正拳を、十字中央の光の交点に叩き込む。
私がオマモリのリミッターを外し、魔玄籠手を起動させた日。それでも届かなかったアズライルの胸に、誰かの声に導かれて叩き込んだ必殺の拳撃をなぞるように。
あのとき私に力を貸してくれた、静かで凛々しくて、ひたすら優しい、まるでお母様のような声の主──それはきっと、魔戦士ダンケルハイトその人だと今の私には思えた。
彼──伝承では常人の二倍もの巨躯を誇る暴れ者だったというそのひとは、本当はあの声の通り、知的で凛々しく優しい女性だったのではないか。
伝承が後の世に都合よく捻じ曲げられてしまうことは、ままある。そこにどんな思惑が絡み合ったのか、それはわからない。
ただ、彼女の意志は言った。「これは誰かが誰かを守るための力」だと。
結果的に魔玄籠手は奪われたけれど。それでも今この拳に宿るのは、魔紋を介して悠久の時を超え受け継がれた、守るための力だ。
十字の光刃は、拳から魔力と意志を受け取って、巨大化し加速しながら前進してゆく。
上端は私の背の倍にも伸びて空を裂き、下端は深く大地を穿ち、さながら地を這う巨大な鮫のように皇太子とその後方の魔学者を猛襲する。
これぞ最終必殺技──零星断罪刃・十字葬刻破!
その威容を目の当たりにし、胸から蒼い粒子をこぼしつつ転がるように退避するアズライル。
彼の姿を、いつからかこちらに向き直っていたジブリールは、無言で見下ろしている。
「そういえば、殿下のせいで大っぴらにガキどもに疑神刻印できないのが最近ストレスでね。だから、ちょうどいい──」
言い捨てると同時にその背後から伸びた、紅くて長い蛇腹状の尻尾が、アズライルの胴に巻き付いて体をふわりと持ち上げ。
「──ついでに、死ね」
迫る十字架の中心に、放り投げていた。
そのとき私は見た。粒子化する兜の向こう側、覗いたアズライルの口元が、声には出さずに「ごめんな」と動くのを。
それはきっと、異母姉弟たちに向けた謝罪なのだろう。
だから私は──衿沙とエリシャと、そして受け継がれたダンケルハイトの、ひとつに重なる意志に従い、突き出した拳をそっと横に逸らしていた。
連動して横に傾いだ十字架の、中心からずれたアズライルの体は、光刃の端に灼かれながらも、地面にバウンドして転がり小さくうめき声を漏らす。
消えかけた魔鎧は、最後に彼を守ったのだろう。どうにか命は取り留めたようだ。
「ジブリィィィルッ!」
私はその名を叫ぶ。こいつの紡ぐ悪意だけは、ここで根こそぎ刈り取ろう。
胸の底から湧き上がる怒りを込め、より強く握った拳を、蛇の如き尻尾をくねらせ待ち受ける、その紅き魔鎧へと向けた。
「──さて、潮時ですかね」
余裕ぶる彼の足元から、漆黒の転移門が円形に拡がる。自分だけ逃げるなんて、させるものか。
私の想いを受けて、加速した光の十字架がジブリールの紅い魔鎧を呑み込む──
寸前。足元の転移門から、彼の身の丈と変わらぬほど巨大な黒い掌が出現する。
──それは私の渾身の魔力から成る光の十字架を受け止めると、ぐしゃりと握り潰すのだった。
そびえる黒い巨掌。その大きさ以外の何もかもが、奪われた魔玄籠手に、酷似していた。
縦横同時に閃く手刀の光刃──その縦側は白刃取りで封じられたものの、横薙ぎは蒼き魔鎧の胸部装甲を真一文字に斬り裂いていた。
「ぐッ……!?」
アズライルは驚嘆を漏らすと、仰け反りつつ後方へと退く。それによって刃は彼の胸まで斬り裂くことなく、装甲に大きな傷痕を刻むに留まった。
──この戦いで、あるいは敵の命を奪うことになるかもしれない。大切なものを守るため、その覚悟はしてきたつもりだ。
けれど彼の本性を知ったことで、あるいは無意識に手心を加えてしまったのだろうか。
いいや、そんなことを考えるのは全てが終わってからでいい。
アズライルの離脱で白刃取りから解放された右の光刃が、誰もいない空間を縦に両断する。これによって私の眼前には、紫光の軌跡が十字に浮かんだ。
光の十字架越しに、間合いを取って体勢を立て直したアズライルの蒼い魔鎧が見える。その胸からは蒼光の粒子が大量に漏れ出していた。
さらに後方ではこちらに背を向け、ジブリールの紅い魔鎧が迷宮口の方へ檄を飛ばしている。
計画通り、そして私が信頼していた通りにミオリ──影狐は王妃様を迷宮口へ送り出しつつ、死神型を黒逸で倒してくれていた。
迷宮口に向かった魔鎧二体は、アリオスに任せておけばいい。
地上で活動できるのは入口から半径3メートルほどに限定されるものの、その領域内において彼は無敵の守護者たり得る。
領域内まで送り届けさえすれば、王妃様の御身は守り切ったも同然だ。
奇しくも、地下迷宮の生みの親である魔学者がかつて目指したもの──魔物の力を使った王都防衛が、今ここで成し遂げられつつある。
歯車は噛み合っていた。未だマリカからリヒトへの「絶聖の加護」は片鱗も見えないけれど、それならそれで、このまま皆の力を借りて修正力をねじふせてしまえばいい。
そして私の眼前に煌めく十字葬刻も、まだ終わりじゃあない。
──破ッ!
全身全霊の魔力を込めた右の正拳を、十字中央の光の交点に叩き込む。
私がオマモリのリミッターを外し、魔玄籠手を起動させた日。それでも届かなかったアズライルの胸に、誰かの声に導かれて叩き込んだ必殺の拳撃をなぞるように。
あのとき私に力を貸してくれた、静かで凛々しくて、ひたすら優しい、まるでお母様のような声の主──それはきっと、魔戦士ダンケルハイトその人だと今の私には思えた。
彼──伝承では常人の二倍もの巨躯を誇る暴れ者だったというそのひとは、本当はあの声の通り、知的で凛々しく優しい女性だったのではないか。
伝承が後の世に都合よく捻じ曲げられてしまうことは、ままある。そこにどんな思惑が絡み合ったのか、それはわからない。
ただ、彼女の意志は言った。「これは誰かが誰かを守るための力」だと。
結果的に魔玄籠手は奪われたけれど。それでも今この拳に宿るのは、魔紋を介して悠久の時を超え受け継がれた、守るための力だ。
十字の光刃は、拳から魔力と意志を受け取って、巨大化し加速しながら前進してゆく。
上端は私の背の倍にも伸びて空を裂き、下端は深く大地を穿ち、さながら地を這う巨大な鮫のように皇太子とその後方の魔学者を猛襲する。
これぞ最終必殺技──零星断罪刃・十字葬刻破!
その威容を目の当たりにし、胸から蒼い粒子をこぼしつつ転がるように退避するアズライル。
彼の姿を、いつからかこちらに向き直っていたジブリールは、無言で見下ろしている。
「そういえば、殿下のせいで大っぴらにガキどもに疑神刻印できないのが最近ストレスでね。だから、ちょうどいい──」
言い捨てると同時にその背後から伸びた、紅くて長い蛇腹状の尻尾が、アズライルの胴に巻き付いて体をふわりと持ち上げ。
「──ついでに、死ね」
迫る十字架の中心に、放り投げていた。
そのとき私は見た。粒子化する兜の向こう側、覗いたアズライルの口元が、声には出さずに「ごめんな」と動くのを。
それはきっと、異母姉弟たちに向けた謝罪なのだろう。
だから私は──衿沙とエリシャと、そして受け継がれたダンケルハイトの、ひとつに重なる意志に従い、突き出した拳をそっと横に逸らしていた。
連動して横に傾いだ十字架の、中心からずれたアズライルの体は、光刃の端に灼かれながらも、地面にバウンドして転がり小さくうめき声を漏らす。
消えかけた魔鎧は、最後に彼を守ったのだろう。どうにか命は取り留めたようだ。
「ジブリィィィルッ!」
私はその名を叫ぶ。こいつの紡ぐ悪意だけは、ここで根こそぎ刈り取ろう。
胸の底から湧き上がる怒りを込め、より強く握った拳を、蛇の如き尻尾をくねらせ待ち受ける、その紅き魔鎧へと向けた。
「──さて、潮時ですかね」
余裕ぶる彼の足元から、漆黒の転移門が円形に拡がる。自分だけ逃げるなんて、させるものか。
私の想いを受けて、加速した光の十字架がジブリールの紅い魔鎧を呑み込む──
寸前。足元の転移門から、彼の身の丈と変わらぬほど巨大な黒い掌が出現する。
──それは私の渾身の魔力から成る光の十字架を受け止めると、ぐしゃりと握り潰すのだった。
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