55 / 64
第三部 天嬢篇
最後の手
しおりを挟む
零星断罪刃───十字葬刻!
縦横同時に閃く手刀の光刃──その縦側は白刃取りで封じられたものの、横薙ぎは蒼き魔鎧の胸部装甲を真一文字に斬り裂いていた。
「ぐッ……!?」
アズライルは驚嘆を漏らすと、仰け反りつつ後方へと退く。それによって刃は彼の胸まで斬り裂くことなく、装甲に大きな傷痕を刻むに留まった。
──この戦いで、あるいは敵の命を奪うことになるかもしれない。大切なものを守るため、その覚悟はしてきたつもりだ。
けれど彼の本性を知ったことで、あるいは無意識に手心を加えてしまったのだろうか。
いいや、そんなことを考えるのは全てが終わってからでいい。
アズライルの離脱で白刃取りから解放された右の光刃が、誰もいない空間を縦に両断する。これによって私の眼前には、紫光の軌跡が十字に浮かんだ。
光の十字架越しに、間合いを取って体勢を立て直したアズライルの蒼い魔鎧が見える。その胸からは蒼光の粒子が大量に漏れ出していた。
さらに後方ではこちらに背を向け、ジブリールの紅い魔鎧が迷宮口の方へ檄を飛ばしている。
計画通り、そして私が信頼していた通りにミオリ──影狐は王妃様を迷宮口へ送り出しつつ、死神型を黒逸で倒してくれていた。
迷宮口に向かった魔鎧二体は、アリオスに任せておけばいい。
地上で活動できるのは入口から半径3メートルほどに限定されるものの、その領域内において彼は無敵の守護者たり得る。
領域内まで送り届けさえすれば、王妃様の御身は守り切ったも同然だ。
奇しくも、地下迷宮の生みの親である魔学者がかつて目指したもの──魔物の力を使った王都防衛が、今ここで成し遂げられつつある。
歯車は噛み合っていた。未だマリカからリヒトへの「絶聖の加護」は片鱗も見えないけれど、それならそれで、このまま皆の力を借りて修正力をねじふせてしまえばいい。
そして私の眼前に煌めく十字葬刻も、まだ終わりじゃあない。
──破ッ!
全身全霊の魔力を込めた右の正拳を、十字中央の光の交点に叩き込む。
私がオマモリのリミッターを外し、魔玄籠手を起動させた日。それでも届かなかったアズライルの胸に、誰かの声に導かれて叩き込んだ必殺の拳撃をなぞるように。
あのとき私に力を貸してくれた、静かで凛々しくて、ひたすら優しい、まるでお母様のような声の主──それはきっと、魔戦士ダンケルハイトその人だと今の私には思えた。
彼──伝承では常人の二倍もの巨躯を誇る暴れ者だったというそのひとは、本当はあの声の通り、知的で凛々しく優しい女性だったのではないか。
伝承が後の世に都合よく捻じ曲げられてしまうことは、ままある。そこにどんな思惑が絡み合ったのか、それはわからない。
ただ、彼女の意志は言った。「これは誰かが誰かを守るための力」だと。
結果的に魔玄籠手は奪われたけれど。それでも今この拳に宿るのは、魔紋を介して悠久の時を超え受け継がれた、守るための力だ。
十字の光刃は、拳から魔力と意志を受け取って、巨大化し加速しながら前進してゆく。
上端は私の背の倍にも伸びて空を裂き、下端は深く大地を穿ち、さながら地を這う巨大な鮫のように皇太子とその後方の魔学者を猛襲する。
これぞ最終必殺技──零星断罪刃・十字葬刻破!
その威容を目の当たりにし、胸から蒼い粒子をこぼしつつ転がるように退避するアズライル。
彼の姿を、いつからかこちらに向き直っていたジブリールは、無言で見下ろしている。
「そういえば、殿下のせいで大っぴらにガキどもに疑神刻印できないのが最近ストレスでね。だから、ちょうどいい──」
言い捨てると同時にその背後から伸びた、紅くて長い蛇腹状の尻尾が、アズライルの胴に巻き付いて体をふわりと持ち上げ。
「──ついでに、死ね」
迫る十字架の中心に、放り投げていた。
そのとき私は見た。粒子化する兜の向こう側、覗いたアズライルの口元が、声には出さずに「ごめんな」と動くのを。
それはきっと、異母姉弟たちに向けた謝罪なのだろう。
だから私は──衿沙とエリシャと、そして受け継がれたダンケルハイトの、ひとつに重なる意志に従い、突き出した拳をそっと横に逸らしていた。
連動して横に傾いだ十字架の、中心からずれたアズライルの体は、光刃の端に灼かれながらも、地面にバウンドして転がり小さくうめき声を漏らす。
消えかけた魔鎧は、最後に彼を守ったのだろう。どうにか命は取り留めたようだ。
「ジブリィィィルッ!」
私はその名を叫ぶ。こいつの紡ぐ悪意だけは、ここで根こそぎ刈り取ろう。
胸の底から湧き上がる怒りを込め、より強く握った拳を、蛇の如き尻尾をくねらせ待ち受ける、その紅き魔鎧へと向けた。
「──さて、潮時ですかね」
余裕ぶる彼の足元から、漆黒の転移門が円形に拡がる。自分だけ逃げるなんて、させるものか。
私の想いを受けて、加速した光の十字架がジブリールの紅い魔鎧を呑み込む──
寸前。足元の転移門から、彼の身の丈と変わらぬほど巨大な黒い掌が出現する。
──それは私の渾身の魔力から成る光の十字架を受け止めると、ぐしゃりと握り潰すのだった。
そびえる黒い巨掌。その大きさ以外の何もかもが、奪われた魔玄籠手に、酷似していた。
縦横同時に閃く手刀の光刃──その縦側は白刃取りで封じられたものの、横薙ぎは蒼き魔鎧の胸部装甲を真一文字に斬り裂いていた。
「ぐッ……!?」
アズライルは驚嘆を漏らすと、仰け反りつつ後方へと退く。それによって刃は彼の胸まで斬り裂くことなく、装甲に大きな傷痕を刻むに留まった。
──この戦いで、あるいは敵の命を奪うことになるかもしれない。大切なものを守るため、その覚悟はしてきたつもりだ。
けれど彼の本性を知ったことで、あるいは無意識に手心を加えてしまったのだろうか。
いいや、そんなことを考えるのは全てが終わってからでいい。
アズライルの離脱で白刃取りから解放された右の光刃が、誰もいない空間を縦に両断する。これによって私の眼前には、紫光の軌跡が十字に浮かんだ。
光の十字架越しに、間合いを取って体勢を立て直したアズライルの蒼い魔鎧が見える。その胸からは蒼光の粒子が大量に漏れ出していた。
さらに後方ではこちらに背を向け、ジブリールの紅い魔鎧が迷宮口の方へ檄を飛ばしている。
計画通り、そして私が信頼していた通りにミオリ──影狐は王妃様を迷宮口へ送り出しつつ、死神型を黒逸で倒してくれていた。
迷宮口に向かった魔鎧二体は、アリオスに任せておけばいい。
地上で活動できるのは入口から半径3メートルほどに限定されるものの、その領域内において彼は無敵の守護者たり得る。
領域内まで送り届けさえすれば、王妃様の御身は守り切ったも同然だ。
奇しくも、地下迷宮の生みの親である魔学者がかつて目指したもの──魔物の力を使った王都防衛が、今ここで成し遂げられつつある。
歯車は噛み合っていた。未だマリカからリヒトへの「絶聖の加護」は片鱗も見えないけれど、それならそれで、このまま皆の力を借りて修正力をねじふせてしまえばいい。
そして私の眼前に煌めく十字葬刻も、まだ終わりじゃあない。
──破ッ!
全身全霊の魔力を込めた右の正拳を、十字中央の光の交点に叩き込む。
私がオマモリのリミッターを外し、魔玄籠手を起動させた日。それでも届かなかったアズライルの胸に、誰かの声に導かれて叩き込んだ必殺の拳撃をなぞるように。
あのとき私に力を貸してくれた、静かで凛々しくて、ひたすら優しい、まるでお母様のような声の主──それはきっと、魔戦士ダンケルハイトその人だと今の私には思えた。
彼──伝承では常人の二倍もの巨躯を誇る暴れ者だったというそのひとは、本当はあの声の通り、知的で凛々しく優しい女性だったのではないか。
伝承が後の世に都合よく捻じ曲げられてしまうことは、ままある。そこにどんな思惑が絡み合ったのか、それはわからない。
ただ、彼女の意志は言った。「これは誰かが誰かを守るための力」だと。
結果的に魔玄籠手は奪われたけれど。それでも今この拳に宿るのは、魔紋を介して悠久の時を超え受け継がれた、守るための力だ。
十字の光刃は、拳から魔力と意志を受け取って、巨大化し加速しながら前進してゆく。
上端は私の背の倍にも伸びて空を裂き、下端は深く大地を穿ち、さながら地を這う巨大な鮫のように皇太子とその後方の魔学者を猛襲する。
これぞ最終必殺技──零星断罪刃・十字葬刻破!
その威容を目の当たりにし、胸から蒼い粒子をこぼしつつ転がるように退避するアズライル。
彼の姿を、いつからかこちらに向き直っていたジブリールは、無言で見下ろしている。
「そういえば、殿下のせいで大っぴらにガキどもに疑神刻印できないのが最近ストレスでね。だから、ちょうどいい──」
言い捨てると同時にその背後から伸びた、紅くて長い蛇腹状の尻尾が、アズライルの胴に巻き付いて体をふわりと持ち上げ。
「──ついでに、死ね」
迫る十字架の中心に、放り投げていた。
そのとき私は見た。粒子化する兜の向こう側、覗いたアズライルの口元が、声には出さずに「ごめんな」と動くのを。
それはきっと、異母姉弟たちに向けた謝罪なのだろう。
だから私は──衿沙とエリシャと、そして受け継がれたダンケルハイトの、ひとつに重なる意志に従い、突き出した拳をそっと横に逸らしていた。
連動して横に傾いだ十字架の、中心からずれたアズライルの体は、光刃の端に灼かれながらも、地面にバウンドして転がり小さくうめき声を漏らす。
消えかけた魔鎧は、最後に彼を守ったのだろう。どうにか命は取り留めたようだ。
「ジブリィィィルッ!」
私はその名を叫ぶ。こいつの紡ぐ悪意だけは、ここで根こそぎ刈り取ろう。
胸の底から湧き上がる怒りを込め、より強く握った拳を、蛇の如き尻尾をくねらせ待ち受ける、その紅き魔鎧へと向けた。
「──さて、潮時ですかね」
余裕ぶる彼の足元から、漆黒の転移門が円形に拡がる。自分だけ逃げるなんて、させるものか。
私の想いを受けて、加速した光の十字架がジブリールの紅い魔鎧を呑み込む──
寸前。足元の転移門から、彼の身の丈と変わらぬほど巨大な黒い掌が出現する。
──それは私の渾身の魔力から成る光の十字架を受け止めると、ぐしゃりと握り潰すのだった。
そびえる黒い巨掌。その大きさ以外の何もかもが、奪われた魔玄籠手に、酷似していた。
0
あなたにおすすめの小説
記憶を失くして転生しました…転生先は悪役令嬢?
ねこママ
恋愛
「いいかげんにしないかっ!」
バシッ!!
わたくしは咄嗟に、フリード様の腕に抱き付くメリンダ様を引き離さなければと手を伸ばしてしまい…頬を叩かれてバランスを崩し倒れこみ、壁に頭を強く打ち付け意識を失いました。
目が覚めると知らない部屋、豪華な寝台に…近付いてくるのはメイド? 何故髪が緑なの?
最後の記憶は私に向かって来る車のライト…交通事故?
ここは何処? 家族? 友人? 誰も思い出せない……
前世を思い出したセレンディアだが、事故の衝撃で記憶を失くしていた……
前世の自分を含む人物の記憶だけが消えているようです。
転生した先の記憶すら全く無く、頭に浮かぶものと違い過ぎる世界観に戸惑っていると……?
第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。
黒ハット
ファンタジー
前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。
異世界転生したおっさんが普通に生きる
カジキカジキ
ファンタジー
第18回 ファンタジー小説大賞 読者投票93位
応援頂きありがとうございました!
異世界転生したおっさんが唯一のチートだけで生き抜く世界
主人公のゴウは異世界転生した元冒険者
引退して狩をして過ごしていたが、ある日、ギルドで雇った子どもに出会い思い出す。
知識チートで町の食と環境を改善します!! ユルくのんびり過ごしたいのに、何故にこんなに忙しい!?
転生モブは分岐点に立つ〜悪役令嬢かヒロインか、それが問題だ!〜
みおな
恋愛
転生したら、乙女ゲームのモブ令嬢でした。って、どれだけラノベの世界なの?
だけど、ありがたいことに悪役令嬢でもヒロインでもなく、完全なモブ!!
これは離れたところから、乙女ゲームの展開を楽しもうと思っていたのに、どうして私が巻き込まれるの?
私ってモブですよね?
さて、選択です。悪役令嬢ルート?ヒロインルート?
政治家の娘が悪役令嬢転生 ~前パパの教えで異世界政治をぶっ壊させていただきますわ~
巫叶月良成
ファンタジー
政治家の娘として生まれ、父から様々なことを学んだ少女が異世界の悪徳政治をぶった切る!?
////////////////////////////////////////////////////
悪役令嬢に転生させられた琴音は政治家の娘。
しかしテンプレも何もわからないまま放り出された悪役令嬢の世界で、しかもすでに婚約破棄から令嬢が暗殺された後のお話。
琴音は前世の父親の教えをもとに、口先と策謀で相手を騙し、男を篭絡しながら自分を陥れた相手に復讐し、歪んだ王国の政治ゲームを支配しようという一大謀略劇!
※魔法とかゲーム的要素はありません。恋愛要素、バトル要素も薄め……?
※注意:作者が悪役令嬢知識ほぼゼロで書いてます。こんなの悪役令嬢ものじゃねぇという内容かもしれませんが、ご留意ください。
※あくまでこの物語はフィクションです。政治家が全部そういう思考回路とかいうわけではないのでこちらもご留意を。
隔日くらいに更新出来たらいいな、の更新です。のんびりお楽しみください。
転生『悪役』公爵令嬢はやり直し人生で楽隠居を目指す
RINFAM
ファンタジー
なんの罰ゲームだ、これ!!!!
あああああ!!!
本当ならあと数年で年金ライフが送れたはずなのに!!
そのために国民年金の他に利率のいい個人年金も掛け、さらに少ない給料の中からちまちまと老後の生活費を貯めてきたと言うのに!!!!
一銭も貰えないまま人生終わるだなんて、あんまりです神様仏様あああ!!
かくなる上はこのやり直し転生人生で、前世以上に楽して暮らせる隠居生活を手に入れなければ。
年金受給前に死んでしまった『心は常に18歳』な享年62歳の初老女『成瀬裕子』はある日突然死しファンタジー世界で公爵令嬢に転生!!しかし、数年後に待っていた年金生活を夢見ていた彼女は、やり直し人生で再び若いままでの楽隠居生活を目指すことに。
4コマ漫画版もあります。
能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?
火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…?
24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?
大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!
古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。
その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。
『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』
昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。
領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。
一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる