断罪魔嬢・ザ・ダークヒーロー ~破滅のさだめの令嬢は黒き魔鎧で無双する〜

草葉ノカゲ

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第三部 天嬢篇

邪悪の翼

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 転移門ゲートから出現し、ジブリールを守った黒い巨掌は、奪われた我が家の神遺物レリック──魔玄籠手マガントレットに酷似していた。

 ただそのサイズだけが、何十倍にも巨大化している。

 呆然とする私の全身の黒い装甲からは、紫の粒子がたちのぼってゆく。魔力はほぼ尽きていた。アズライルアスライザーとの戦いで負った損傷もある。
 魔鎧は装甲としての実体を、そう長くは維持できないだろう。

「……そんな……」

 駄目なのか。やはり私は修正力うんめいにねじ伏せられてしまう側なのか。
 その間にも、黒い掌は転移門ゲートの端に爪を立て鷲掴み、内側から押し拡げはじめた。巨大な本体を、無理やりこちら側に押し出そうとするかのように。

、転送準備をしていたのですよ。あわよくば実戦テストも出来るかと思ってね」

 勝者側の決まり文句を放つジブリールが、庭園の中央に陣取って動かなかったのは、これ・・を呼び出す準備をしていたからだったのか。

 ともあれ、奴のいやらしい笑みに歪んでいるであろう表情が、紅い兜に隠され見えないのはありがたい。おかげでどうにか冷静さを保てる。
 
「……ジブリール、きさま……それ・・は、作らない約束だったはず……」

 そのとき耳に微かに届いた、怒りを込め絞り出される言葉は、私の視界の端で必死に立ち上がる──途中で膝を突く──を繰り返している蒼髪の皇太子アズライルだった。
 しかし、ジブリールには聞こえていないのか、あるいは無視スルーしているだけか、無反応で転移門ゲートの中央にしゃがみ込む。片手を足元そこに突き入れて、何やら操作しはじめた。

「あれは一体、何なの?」

 あまり答えは期待せず皇太子アズライルに問いかけながら、私は聖女マリカの姿を探す。
 彼女の直感は、この存在をどう見ているのか。
 レーダーはすでに機能を停止していたが、兜内側の視覚補助機能は正常に動いていた。

 迷宮口の方では、アリオスが変幻自在の攻防で獣人型コングを翻弄している。
 そして王妃様の手を引くリヒト──いや、ミハイル王子は眼帯を剥ぎ取って、その手にした赤黒い槍で重装型ファランクスに食らいついている。

 ドリルのように、あるいは巨大な顎のように変形するその魔槍は、アリオスが自身の一部から創り出した特殊な武器だ。

 アリオスが迷宮の主ダンジョンマスターとして得た古の知識によれば、ミハイルの目の周囲にも燃えるように拡がっている魔瘴斑──それは凶兆どころか、魔瘴に対する抵抗力の高さを顕すしるしなのだという。

 だから、ミハイルにその気があれば。
 高潔な聖騎士の誇りよりも、守りたいものがあるのなら、魔瘴の力を分け与えることができるかも知れない、とアリオスは語っていた。

 ミハイルは、その提案を受け入れたのだろう。彼は未だ、守ることを諦めていない。その姿に僅かな勇気をもらいつつ、私は視線を動かす。

 視界の手前では、転移門ゲートからもうひとつの黒い巨掌が出現して、地面に開く黒穴をさらにこじ拡げようとしていた。
 驚くことはない、腕が二本あるのはおかしなことじゃない。そう自分に言い聞かせながら、マリカを探す。

 ……いた。
 影狐カゲコの傍らで、拡大された映像に映る彼女は──泣いていた。

 涙を流しながら口元を両手で覆い、それは慟哭しているようにさえ見える。
 影狐カゲコが背中をさすりながら寄り添って、理由を聞き出そうとしてくれているようだが、あの様子では難しいだろう。

 私の知る彼女──どんな危険の前でも明るく笑ってみせたマリカの姿は、そこにはなかった。彼女さえ絶望するほどの存在だというのか。

「……あれ・・コアは、おまえから奪った魔玄籠手レリック……」

 代わりに私の疑問に答えてくれたのは、アズライルだった。おぼつかない足取りで、しかし立ち上がった彼は、続く言葉を絞り出す。

「それと、俺の異母弟妹きょうだいたちだ」

 黒い両腕で転移門ゲートを無理矢理に拡げ、地の底から這い出るように姿を現す、全身を漆黒の鎧で覆われた巨大なそれ・・を見詰めながら。

「……なんですって……」
「言っただろう。疑神化チートの刻印には成功しても、使いこなせなかった子供たちが沢山いる」

 そして彼は、まるで汚物を吐き捨てるように表情かおを歪めながら、青空の下にそびえ立ったそれ・・の実体を明かした。

「その子たち──俺の異母弟妹きょうだいたちを部品パーツみたいに組み込んで、疑神化チート魔力ちからだけを抽出し、俺の魔鎧アスライザーと同じように、資格を無視して魔玄籠手レリックを強制的に起動させている」

 ──それは魔戦士ダンケルハイトの残した「誰かを守るための力」への、度し難い冒涜だった。誰よりも私の中のエリシャ わたし が、怒りに震えている。
 同時に私は理解していた。聖女マリカの涙は、子供たちのために流されたものだと。

「それを更に何重にも増幅ブーストし、歪め、塗り固めたのがあの怪物だ。俺はジブリールに計画書を破棄させたはずだが──きっと、皇帝ジジイが許可したんだろうな」

 最後に彼が付け足した言葉には、どこか自嘲の匂いがした。

 その間にも、腕の数倍も逞しい後ろ脚と、長大な尻尾で支えられた黒い巨体は、二人の視線の先で悠然と立ち上がっていた。
 爬虫類的な頭部には、左右にねじくれた角が並ぶ。その中央の広い額にジブリールが立っていた。彼の背丈と比較して、頭頂高はおよそ五倍超10メートル

「ところで、あれ・・には名前とかないの?」
「それを知って、どうする」

 ジブリールの体が、足元の広い額にずぶずぶと沈み込んで、呑み込まれていく。やがて奴の紅い魔鎧の顔面が、ちょうど第三の目サードアイのように額の中央にはまる。

 ──瞬間、左右三個ずつ並ぶ計六個の瞳に、禍々しく深紅の光が灯った。

 そして巨体をぶるりと震わせると、背に畳まれた巨大な黒翼を、広げる。風圧とともに、どろりと濃密な魔力が、吹き抜けていった。

「呼び名がないと不便でしょう。これから、戦う相手に」
「……ほう。何かあれに有効な策でもあるのか?」
「ええ、よく聞きなさい皇太子殿下。私の策はね──」
 
 それは私がこれまで、数多のヒーローたちから学んだこと。

「──諦めないこと」

 その言葉に、アズライルはしばし虚頓きょとんとして……やがて自嘲ではなく、彼らしい不遜さの漂う笑みを、微かに浮かべた。
 そう、まだ諦めるわけにはいかない。私には守るべきものがある。あなたも、そうでしょう?

「……たしか、ジブリールはこう呼んでいたな」

 巨翼を羽ばたかせ、庭園全体を突風に巻き込んで上空に舞い上がる、その名は──

魔鎧龍マガイリュウ……ファヴニール……」

 かつてこの地を支配した魔物の王の名を冠されし、漆黒のドラゴン。天空より放たれたその咆哮は──どこか、子供たちの泣き声にも聞こえた。
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