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第三部 天嬢篇
紅天を撃つ
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魔鎧龍、ファヴニール。
瘴塵龍といえば、かつてこの地を支配していた魔物どもの強大なる王。聖騎士パラディオン、聖女ミレイア、魔戦士ダンケルハイト──建国三英雄が死力を尽くしてそれを滅ぼし、民たちは苦しみから解放され、以降数百年続く王国が誕生した、とされている。
それは大災厄の前、神遺物がただの魔具同様に使われていた頃のことだ。
王国に潜伏していたジブリールは、建国にまつわる伝説を知っていて、あえてその名を──ファヴニールを冠したのだろう。伝説の底から蘇った、王国への復讐者とでも言いたいのか。
「──で、諦めないのはわかったが、どうするんだ?」
アズライルが無神経に問いかけてくる。それをいま必死に考察してるんだから、ちょっと黙ってなさい。
……もしかしてこいつ、味方(?)になった途端に弱体化するほうの宿敵だったのか……。
などと軽く落胆する私の視界のなかで、上空の魔鎧龍が大きく開いた顎の奥に、紅い光が点った。
ざわり、嫌な予感に胸が騒ぐ。それを裏付けるように、光は点から球体に、輝きを増しながら膨張していった。
「──ヤバそうな光だな」
「まあ、ドラゴンが口のなかに溜め込むものといえば、吐炎でしょうね」
伝説における瘴塵龍の吐炎は「煉獄を宿す火球」と呼ばれ、その一発で見渡す限りを灰塵に替えたと伝えられている。
機能停止寸前の第三の目が、断末魔のように警告を放つ。それは魔鎧龍の顎に宿る魔力の輝きが、伝説に匹敵するものだと示していた。
王城はおろか、人口の集中している王都の中心部まるごと、一瞬で焦土と化すだろう。
視線を地上に戻す。迷宮口の攻防は決着していた。
自分たちごとすべて消し去ろうとする魔学者を、四鎧将の二体は呆然と見上げている。
その隙を逃さず、王妃様は無事アリオスに──かつての同級生の腕に託された。
迷宮が吐炎の直撃に耐え得ると断言はできないが、いま出来るのはそこに退避することだけだ。
王城敷地内や学園には他の迷宮脱出口が複数あり、その情報はユーリイに流してある。
彼の有能さを信じるなら、すでに非戦闘員の退避は完了しているだろうし、城の守りについていた兵たちも、今まさに地下へと駆け下りているところだろう。
──それでも。
このままでは、王城周辺に住まう幾百の命が、一瞬で焼滅させられてしまう。
衿沙はエリシャの命だけでも救いたいと思えるけれど、エリシャはそれをよしとはしない。そもそもこの状況、修正力が招いた結果なら、私にも責がある。
『エリシャ様、急いで地下に避難を』
耳元で鳴った影狐の風話の声は、懇願のようだった。彼女もきっと理解しているのだろう。自分の願いが、決して聞き入れられないことを。
「ごめんなさい。影狐──ミオリがいつもそばにいてくれて、本当に心強かったし、楽しかった。これまでありがとう、お姉ちゃん」
私の声は、きっと忍術で聞き取ってくれるだろう。その証拠に耳元で、いろんなものが入り混じった筆舌に尽くしがたい吐息がひとつ、漏れ聞こえた。
すでに機能していない第三の目が遺してくれた分析結果によれば、吐炎は極限まで凝縮した魔力を着弾時に爆発させ最大の威力を得る爆弾型火球だ。
ならば着弾前──射出直後に空中で起爆させれられたなら、地上への被害を最小限に留めつつ、あわよくば魔鎧龍の頭部に収まった奴の顔ごと爆発に巻き込むこともできるかも知れない。
──そして、今それが出来るのは、私だけ。
纏装を解除する。魔鎧の装甲は、全てが一瞬に粒子化して霧散し、素体は紫炎を経てドレスに戻る。
兜に収められていた黒髪が、しゃらりと背に流れた。
お母様から受け継いだ、豪奢な紫のドレス。それは、修繕や仕立直しを繰り返しながらも、ダンケルハイト家に代々伝えられてきたものだという。魔玄籠手と同様に。
ところどころ損傷はあるものの、その褪せることない絢爛さと気品とを身に纒い、私は右手を天に掲げた。
「劃式纏装──零星籠手」
紫炎に包まれた右腕だけが、漆黒の装甲に覆われていく。今の魔力で魔鎧の維持はできないが、これならば、あと少しは持つ。
「おまえ、まさか──」
「あなたも迷宮に避難しなさい。大丈夫、王国は帝国とはちがうから」
何かを察した様子のアズライルに、この後の身の振りかたを教示する。
実際、四鎧将たちも纏装を解いて投降し、アリオス(の一部)に拘束されながらも地下に招き入れられたようだ。
「でも、その前に。まだ少しは力が残っているでしょう?」
言いつつ、私は頭上を見上げる。
龍の全身が隠れるほどに膨張した火球からは、黒い翼と尻尾だけが生えてみえる。さながら、悪魔の太陽だ。
「エスコートをお願いできますかしら、皇太子殿下」
地上まで届く、紅い光と熱気に照らされた私の顔に、アズライルは一瞬だけ見惚れて。
「──ああ、謹んで」
恭しく答えると、乱れた蒼髪を手櫛で整えてから、私が差し出した漆黒の籠手を掴む。その額で、蜘蛛の紋章が輝いた。
「頼む。兄弟姉妹を、解放してやってくれ──!」
そして疑神化により超増幅された彼の腕力で空中へ、落下し始めた火球へと向け一直線に投擲された私は、ドレスと黒髪をはためかせながら飛翔する。
地上を見降ろせば、王城も周囲の街並みも見る間に小さくなってゆく。
一瞬だけ見えたマリカはもう泣いてはいなくて、怒ったような表情でこちらを見上げていた、ような気がした。
それらすべてを守るため、私は振り絞った魔力をすべて右腕に集める。黒い拳は紫光に覆われ、肘からの紫炎噴射が飛翔を加速した。
「零星拳……!」
視界を占拠して眼前に迫る灼熱の火球。肌を焼く熱気のなか、私は声を絞り出した。
瘴塵龍といえば、かつてこの地を支配していた魔物どもの強大なる王。聖騎士パラディオン、聖女ミレイア、魔戦士ダンケルハイト──建国三英雄が死力を尽くしてそれを滅ぼし、民たちは苦しみから解放され、以降数百年続く王国が誕生した、とされている。
それは大災厄の前、神遺物がただの魔具同様に使われていた頃のことだ。
王国に潜伏していたジブリールは、建国にまつわる伝説を知っていて、あえてその名を──ファヴニールを冠したのだろう。伝説の底から蘇った、王国への復讐者とでも言いたいのか。
「──で、諦めないのはわかったが、どうするんだ?」
アズライルが無神経に問いかけてくる。それをいま必死に考察してるんだから、ちょっと黙ってなさい。
……もしかしてこいつ、味方(?)になった途端に弱体化するほうの宿敵だったのか……。
などと軽く落胆する私の視界のなかで、上空の魔鎧龍が大きく開いた顎の奥に、紅い光が点った。
ざわり、嫌な予感に胸が騒ぐ。それを裏付けるように、光は点から球体に、輝きを増しながら膨張していった。
「──ヤバそうな光だな」
「まあ、ドラゴンが口のなかに溜め込むものといえば、吐炎でしょうね」
伝説における瘴塵龍の吐炎は「煉獄を宿す火球」と呼ばれ、その一発で見渡す限りを灰塵に替えたと伝えられている。
機能停止寸前の第三の目が、断末魔のように警告を放つ。それは魔鎧龍の顎に宿る魔力の輝きが、伝説に匹敵するものだと示していた。
王城はおろか、人口の集中している王都の中心部まるごと、一瞬で焦土と化すだろう。
視線を地上に戻す。迷宮口の攻防は決着していた。
自分たちごとすべて消し去ろうとする魔学者を、四鎧将の二体は呆然と見上げている。
その隙を逃さず、王妃様は無事アリオスに──かつての同級生の腕に託された。
迷宮が吐炎の直撃に耐え得ると断言はできないが、いま出来るのはそこに退避することだけだ。
王城敷地内や学園には他の迷宮脱出口が複数あり、その情報はユーリイに流してある。
彼の有能さを信じるなら、すでに非戦闘員の退避は完了しているだろうし、城の守りについていた兵たちも、今まさに地下へと駆け下りているところだろう。
──それでも。
このままでは、王城周辺に住まう幾百の命が、一瞬で焼滅させられてしまう。
衿沙はエリシャの命だけでも救いたいと思えるけれど、エリシャはそれをよしとはしない。そもそもこの状況、修正力が招いた結果なら、私にも責がある。
『エリシャ様、急いで地下に避難を』
耳元で鳴った影狐の風話の声は、懇願のようだった。彼女もきっと理解しているのだろう。自分の願いが、決して聞き入れられないことを。
「ごめんなさい。影狐──ミオリがいつもそばにいてくれて、本当に心強かったし、楽しかった。これまでありがとう、お姉ちゃん」
私の声は、きっと忍術で聞き取ってくれるだろう。その証拠に耳元で、いろんなものが入り混じった筆舌に尽くしがたい吐息がひとつ、漏れ聞こえた。
すでに機能していない第三の目が遺してくれた分析結果によれば、吐炎は極限まで凝縮した魔力を着弾時に爆発させ最大の威力を得る爆弾型火球だ。
ならば着弾前──射出直後に空中で起爆させれられたなら、地上への被害を最小限に留めつつ、あわよくば魔鎧龍の頭部に収まった奴の顔ごと爆発に巻き込むこともできるかも知れない。
──そして、今それが出来るのは、私だけ。
纏装を解除する。魔鎧の装甲は、全てが一瞬に粒子化して霧散し、素体は紫炎を経てドレスに戻る。
兜に収められていた黒髪が、しゃらりと背に流れた。
お母様から受け継いだ、豪奢な紫のドレス。それは、修繕や仕立直しを繰り返しながらも、ダンケルハイト家に代々伝えられてきたものだという。魔玄籠手と同様に。
ところどころ損傷はあるものの、その褪せることない絢爛さと気品とを身に纒い、私は右手を天に掲げた。
「劃式纏装──零星籠手」
紫炎に包まれた右腕だけが、漆黒の装甲に覆われていく。今の魔力で魔鎧の維持はできないが、これならば、あと少しは持つ。
「おまえ、まさか──」
「あなたも迷宮に避難しなさい。大丈夫、王国は帝国とはちがうから」
何かを察した様子のアズライルに、この後の身の振りかたを教示する。
実際、四鎧将たちも纏装を解いて投降し、アリオス(の一部)に拘束されながらも地下に招き入れられたようだ。
「でも、その前に。まだ少しは力が残っているでしょう?」
言いつつ、私は頭上を見上げる。
龍の全身が隠れるほどに膨張した火球からは、黒い翼と尻尾だけが生えてみえる。さながら、悪魔の太陽だ。
「エスコートをお願いできますかしら、皇太子殿下」
地上まで届く、紅い光と熱気に照らされた私の顔に、アズライルは一瞬だけ見惚れて。
「──ああ、謹んで」
恭しく答えると、乱れた蒼髪を手櫛で整えてから、私が差し出した漆黒の籠手を掴む。その額で、蜘蛛の紋章が輝いた。
「頼む。兄弟姉妹を、解放してやってくれ──!」
そして疑神化により超増幅された彼の腕力で空中へ、落下し始めた火球へと向け一直線に投擲された私は、ドレスと黒髪をはためかせながら飛翔する。
地上を見降ろせば、王城も周囲の街並みも見る間に小さくなってゆく。
一瞬だけ見えたマリカはもう泣いてはいなくて、怒ったような表情でこちらを見上げていた、ような気がした。
それらすべてを守るため、私は振り絞った魔力をすべて右腕に集める。黒い拳は紫光に覆われ、肘からの紫炎噴射が飛翔を加速した。
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