断罪魔嬢・ザ・ダークヒーロー ~破滅のさだめの令嬢は黒き魔鎧で無双する〜

草葉ノカゲ

文字の大きさ
63 / 64
劇嬢版 完結篇

断罪魔孃【前篇】

しおりを挟む
 目覚めると、そこは見慣れたなつかしいベッドの上だった。

 一人暮らしには充分すぎる、2DKのお部屋。
 戸棚に並ぶ、愛しのヒーローたちの勇姿フィギュア

 なにもかも、いつも・・・通りの朝だ。
 けれど私は、胸に穴が空いたような喪失感に包まれていた。
 右腕に抱きしめていた魔玄籠手マガントレットの感触がまだあって、掛け布団をめくると一瞬だけ紫の光の粒子が舞った──ような気がしただけ。そこには何もない。

 あれは夢? いいや、そんなわけがない。それだけは、はっきりわかる。あの日々が、夢なんかであるものか。
 それに枕もとの電波時計の日付表示は、しっかり半年経過していたし、その間の記憶も──経験はしていないけれど──しっかりと、頭の中に残っていた。

 そう、エリシャが倉城くらき 衿沙えりさとしてOL生活を送っていた記憶。
 当然ながら、こっちはこっちで色々なことがあったようだ。

「うわあ……」

 それらを反芻リピートして、思わず頭を抱える。
 まず当然のように彼女は、不器用まっすぐに例のセクハラ上司と衝突していた。
 そして即、雄弁スキルで叩きのめした。以降、彼はすっかり大人しくなって、エリシャは同僚たちからも感謝されまくった。
 その後なんらかの力が働いて、企画営業部に異動させられる。しかしそこでも雄弁とカリスマを発揮しまくったエリシャには、今やなんと主任チーフの肩書きまでくっついていた。
 
 ──ぶっちゃけ荷が重い。けれど、今の自分わたしになら、どうにかできそうな気もしている。なにせ、こっちは国ひとつ救ってきてるんだ。

 そういえば、なんだか肩周りは逆に軽いような気がする。肩と言うか、頭かな? ──起き上がって覗き込んだ鏡台の前で、私は固まる。

「これ、私……か……」

 映っているのはもちろん、ヒロインオーディション必勝の超美少女エリシャではなくて、二十五年見慣れた私自身のよく知る顔だ。
 けれど、自分で言うのもなんだが、鏡の中にいる私は、私の知る私よりも遥かに素敵だった。

 実はずっと、髪を短くしたかった。子供のころ憧れた特撮ヒロインたち──長い髪をなびかせた彼女あのこも、ツインテールを飛び跳ねさせる彼女あのこも好きだったけど、いちばんなりたいと思ったのは、ショートカットで凛々しく戦う彼女あのひとだった。
 でも、短い髪が似合うのは本当の美人だけとか、知ったふうに囁くどこかの誰かの声が聞こえる気がして、ずっと勇気が出なかった。おとなしいお前は、おとなしい髪型にしておくのが無難だと。

 今、鏡の中の私には、軽やかなショートカットがよく似合っていた。

 それに表情のせいだろうか、それとも瞳に宿る自信の光か。どことなく、凛とした空気もまとって見えるのだ。
 さらには鏡台の前、メイク道具もいくつか買い足されている。髪型に似合うよう、透明感と凛々しさを際立たせるメイクを研究し、その成果をエリシャは私の記憶の中に残してくれていた。

 ふと見れば、買うだけ買ってタンスの肥やしにしていた、クールなダークカラーのパンツスーツが、きれいにアイロンがけされてハンガーに待機している。

「そういう、ことか」

 紐づいた記憶を反芻リピートしながら、納得する。
 私がエリシャを守るためレイジョーガーに変身していたように、エリシャもまた、私がなりたかった私への「変身」をしてくれていたんだ。

 それから私は、ダイニングテーブルの真ん中に鎮座する、分厚く重い「パラディン☆パラダイス究極設定資料集アンサイクロペディア」を見つけて、丁重に本棚に移動した。
 貼り付けられた無数の付箋から、エリシャの真面目さを目の当たりにして、口元を緩ませながら。

 彼女あのこ衿沙わたしとしてよりよく生きていくための行動も、エリシャ じぶん の世界に帰還したときのための準備も、見事なまでに両立していた。本当に、すごい十五歳おんなのこだ。
 そして、私はあの世界で彼女そのこの命を守り切ったのだ。胸の内側から滲むようなこの熱は、きっと誇らしさなのだろう。

 とはいえ、それにひたってばかりもいられない。

 まずは、エリシャがミオリの面影を求めて買い漁った、見るからにお高価たかそうな缶入りの紅茶でも味見ためしつつ。衿沙わたしとしては半年ぶりの、出社の準備をしなくては。

 ──それからの数カ月は、まさに怒涛のように、目まぐるしく過ぎ去っていった。私は私なりに、エリシャの残してくれたものを無駄にせず引き継げている。

「パラパラのアニメ、劇場版が製作決定したの!」

 金曜の退社後。テーブルを挟んで、どんぶりの湯気の向こうに浮かぶ満面の笑顔は、私の高校からのオタ友である奈津美だ。

 入れ替わってすぐのころ。突如としてパラパラ──パラディン☆パラダイスをプレイし始めたエリシャ わたし に対し、彼女はたくさんのアドバイスをしてくれた。
 それだけじゃなく、エリシャのどこかおかしい様子を察して、深い詮索はせずに色々と相談に乗ってくれていた。

 ──さすが、本業・心理カウンセラーだけある。やっぱり持つべきものはオタ友だ。

 感謝のしるしに、今月の女子オタ会のラーメンは私の奢り。ちなみにエリシャは淡麗系醤油ラーメンがお気に入りだったようで、さすが、私と好みが合う。

「しかも、ゲームで未実装のエリシャ生存ルートを、エリシャ視点でやるらしいの」
「へえ、すごいね!」

 細縮れ麺をすすりながらのリアクションが、我ながら白々わざとらしくなったのは、その情報もチェック済みだったせい。ええ、今の私は特撮に対するのと同等の熱量で、パラパラの最新情報もネットより収集しておりますから。

「それが、ちょっとメタ展開っていうか、世界をゲームのようにループさせて、愉しんでいた神様がいて、世界を好き勝手させないためにその神様と戦うお話みたい」

 おそらく、パラパラはいまも二つの世界の相互干渉点クロスポイント──「窓」としての役割を失っていないのだろう。だからこそエリシャが主役の物語が作られる。しかも上位存在カミサマに挑まんとするお話シナリオだという。
 ──わかる。彼女エリシャなら、そうするだろう。

「観るでしょ?」
「もちろん!」

 即答。それだけは、何があっても見届けなくては。

 ──ヴヴッ。

 そのとき、スマホが振動して新着メッセージを報せる。職場の後輩の詩織しおりからだった。どうしても相談したいことがあって、今日これから会ってほしいという。

 生真面目がメガネをかけたような彼女は、エリシャが部署を移動したあと、例のセクハラ上司に次のターゲットにされかけていた。
 それを元同僚からこっそり知らされたエリシャは、当てにできない人事部に代わって元部署に単身で乗り込み、周到に準備した証拠画像や録音データを突きつけ彼に引導トドメしたのである。

 さすがに辞職することになった彼のその後については、なんでも怪しいネットビジネスに手を染めているとかなんとか。うん、二度と関わりたくない。

 淡麗系醤油ラーメンを手早く食べ切り、奈津美に謝罪と埋め合わせの約束をして店を出る。とはいえ食券制なので、ラーメンを奢るという目的は達成済みだ。

 そして詩織から送られてきたGoogle MAPのリンクを辿り、早歩きで目的地へ向かう。今日はすみれ色バイオレットのブラウスに濃紺ネイビーのパンツスーツ。その背筋をぴんと伸ばして、颯爽と。

 辿り着いたのは、路地を少し入って階段を地下に降りた先の、表札もない扉。
 その向こうの「ネットには載せていない、落ち着いて話せる隠れ家的なお店」で、詩織が待っているはず。

 階段を降りながら、ダンケルハイト邸の地下室を──あのはじまりの日を思い出して、胸がざわめいた。
 こんなときミオリがいてくれたら、どんなに心強いだろうと思ってしまう。けど、ないものねだりはしてられない。実際は私の方が年上おねえちゃんなのだし。

 ──覚悟を決めて、私は冷たく重い扉を開けた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。 でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。 それを証明すれば断罪回避できるはず。 幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。 チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。 処刑5秒前だから、今すぐに!

貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ

ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます! 貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。 前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?

一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫

むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。

笑顔が苦手な元公爵令嬢ですが、路地裏のパン屋さんで人生やり直し中です。~「悪役」なんて、もう言わせない!~

虹湖🌈
ファンタジー
不器用だっていいじゃない。焼きたてのパンがあればきっと明日は笑えるから 「悪役令嬢」と蔑まれ、婚約者にも捨てられた公爵令嬢フィオナ。彼女の唯一の慰めは、前世でパン職人だった頃の淡い記憶。居場所を失くした彼女が選んだのは、華やかな貴族社会とは無縁の、小さなパン屋を開くことだった。 人付き合いは苦手、笑顔もぎこちない。おまけにパン作りは素人も同然。 「私に、できるのだろうか……」 それでも、彼女が心を込めて焼き上げるパンは、なぜか人の心を惹きつける。幼馴染のツッコミ、忠実な執事のサポート、そしてパンの師匠との出会い。少しずつ開いていくフィオナの心と、広がっていく温かい人の輪。 これは、どん底から立ち上がり、自分の「好き」を信じて一歩ずつ前に進む少女の物語。彼女の焼くパンのように、優しくて、ちょっぴり切なくて、心がじんわり温かくなるお話です。読後、きっとあなたも誰かのために何かを作りたくなるはず。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ライバル悪役令嬢に転生したハズがどうしてこうなった!?

だましだまし
ファンタジー
長編サイズだけど文字数的には短編の範囲です。 七歳の誕生日、ロウソクをふうっと吹き消した瞬間私の中に走馬灯が流れた。 え?何これ?私?! どうやら私、ゲームの中に転生しちゃったっぽい!? しかも悪役令嬢として出て来た伯爵令嬢じゃないの? しかし流石伯爵家!使用人にかしずかれ美味しいご馳走に可愛いケーキ…ああ!最高! ヒロインが出てくるまでまだ時間もあるし令嬢生活を満喫しよう…って毎日過ごしてたら鏡に写るこの巨体はなに!? 悪役とはいえ美少女スチルどこ行った!?

処理中です...