怪しいバイト、行ってみた

濃霧

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誰が敵で、誰が味方か

第26話

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「え、冗談でしょ」

「いやマジ。いつかは忘れたけど、透も隣にいたんじゃなかったかな」

「いや、いやいや、ないないない。夢だよきっと」

 というか夢であってくれ。

「だとしたら相当な悪夢じゃん。お祓いしてもらおうかな」

 愛華は透の言葉を真に受けたようで、「近くにお祓いできるところあるかな」などと検索を始めた。
 一方、言い出した透のほうは、妙に落ち着かない気持ちになった。

「俺が一緒にいたってことは、今年に入ってから?」

「いや、そんな最近のことなら、どこで会ったとかちゃんと覚えてると思う。顔覚えるの得意だし」

「だとしたらだいぶ昔ってことになるけど」

「かもね。……あ、あった。駅から徒歩15分。お祓い無料で承りますって。今日やってるじゃん」

「お祓いって無料でできるものなの?」

「わかんないけど、そうなんじゃない? そうだ、カレシに聞いてみよ」

「詳しいの?」

 愛華はスマホを耳元にあてたまま、器用に片目を閉じた。

「マジで何でも知ってるよ。天動説の正しさを証明するのが今の目標。世間の当たり前をひっくり返したいんだって。超カッコよくない?」

「それ、1回ひっくり返されたやつだよね」

「え?」

「ああいや、なんでもない」

 愛華の通話を聞き流しながら、透はまったく別のことを考えた。
 あれ以来、姿を見ていないランのことだ。

 スマホを持っていないし、連絡の取りようがない。1度、公衆電話から自分のスマホへ電話をしてみたが、電源が入っていないようで繋がらなかった。 

 無事だろうか。今も誰かと電話をしながら、全国を車で走り回っているのだろうか。

 いったい何が目的だったのか、最後までわからなかった。危険の渦中にいることだけはわかっていた。警官に追われていたようだったし、寝言で「やめろ」と叫んでいたこともあった。

 その悲痛な寝顔を思い出し、透は激しい憤りを感じた。

 叶うことならランを苦しめている存在を、綺麗さっぱりこの世から消し去ってしまいたかった。暴力はよくないなどと言っている場合ではない。

 子どもじみた考えだとは、自分でもよくわかっている。透のように無知で無力で権力も財力もない若造に、そんなことはできない。

「何その顔。蜂に刺された?」

 電話を切った愛華が、おかしさを堪えるように口を押さえている。

「失礼な。刺されてないし」

「ひどい顔してたよ」

 蜂に刺された顔って、どんな顔だ。ぶすくれる透に、愛華が声を出して笑った。ひとしきり笑うと、愛華は目尻を拭って言った。

「なんか、若返ったね」

「喜んでいいのそれ」

「いいんじゃない。前よりだいぶマシ」

「ああそうですか」

「それじゃあお祓い行ってくるから」と腰を上げた愛華を、透は引き止めた。

「本当に行くのかよ。夢だろって話、信じたの?」

「別に。でもお祓いしてもらいたいのは本当だから」

 愛華は透をちらりと見てから、目を伏せた。

「それ、早く治るといいね」

 首に手をやると、ごわついた包帯の感触があった。
 透は「おう」とぶっきらぼうに返し、軽く身じろぎをした。

 透は受けるべき講義を終えても、帰路にはつかなかった。講義室を出たその足で、コンピューター室に向かった。

 講義が行われていないときであれば、学生は自由に、室内に設置されているコンピューターを使うことができるのだ。

 電源を入れ、検索エンジンを立ち上げる。数秒、指先をキーボードの上で彷徨わせてから、文字を打ち込んだ。

〈〇〇県 高校生〉

 カーソルを幾ばくか見つめ、「溺死」と打ちかけてやめる。代わりに「川」と入れた。

〈〇〇県 高校生 川〉

 検索をかけると、関係のない自由研究や川遊びの記録が出てきてしまい、慌てた。地名を入れればいいのかと考え直し、地名を入れた。

〈〇〇県△△市 高校生 川〉

 少し考えて「事故」と付け足し、検索した。

 スクロールし、それらしいタイトルの記事を開く。6年前の記事だ。

〝4日午後6時頃、〇〇県△△市の××付近で、川で溺れている中学生(15歳)を救出しようと高校生(16歳)が川に入り、行方不明となっていた事件で、捜索開始から1日後の本日、遺体となって発見された。〟

 簡潔に事実だけを述べた文章の下には、川の写真が添付されていた。家の近くのあの川だ。あの日見たよりもずっと濁っていて、水かさが高くなっている様子だった。カッパを着て捜索している大人たちの姿が写っている。

 スクロールすると、次の文が目に入った。

「……え」

 透はすぐさま検索結果のページに戻り、別の記事を開いた。確認すると閉じて、その下の記事を見、また閉じて別の記事を見た。

 次から次へと記事に目を通し、関係のない記事が見え出したところでやめた。電源を落とし、パソコン室を出た。

 無心で足を動かし、改札に入り、電車に乗り、改札を抜け、バスに乗り、最寄りの停留所で降り、家についた。

 汗の染みた服を脱ぎ、痒くなったので包帯を取った。熱いシャワーを浴びて、身体の汚れを落とし、清潔な服を着た。
 コップ1杯の冷えた水を飲んで、クーラーをつけ、ベッドに横になった。
  
 涙が止まらなかった。







〝なお溺れていた中学生は、病院に搬送され、一命をとりとめた――〟

 



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