CHANGELING! ―勇者を取り巻く人々の事情―

かとりあらた

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俺のためのお前のこれまで

第5話 付き人の事情(1)

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 新たな聖務として勇者の供を申しつけられた。
 なんと名誉なことだろう。歓喜する私は、司教の次なる言葉に凍りついた。
「今、なんと申されましたか?」
「勇者がそなたに望んでおるのは、剣を手に戦うことではなく、言い寄ってきよるご婦人方の露払いなんだと」
 教会が勇者を認定してまだひと月ほどながら、その影響に早くも辟易しているということか。
「ならば私などより、もっと適任がいるのではありませんか?」
「期待される役目はどうあれ、厳しい旅には変わりない。相応の武勇がなければ務まらん。その点もそなたは素晴らしい」
 敬する司教から賜ったお褒めの言葉が、今回ばかりは微塵も嬉しくない。
「しかし……聖騎士は姦淫を禁じられております」
「もちろんだ。戒律は守らんとな」
「ならば――」
「うまくやっておくれ」
 絶句する私に、司教は告げる。
「そなたも婦人から誘いを受けることが多いと聞く。ならば躱し方も心得ておるはずだ」
 だから私も女性の相手は辟易しているというのに。
 そもそも向こうから寄ってきた相手をただ躱すだけの場合と、自ら引き寄せておいて最終的にあしらう場合とが、同じ手法で済ませられるわけがない。弄んだと悪評を立てられることは容易に想像ができるし、下手を打てば刺されかねない危険まで孕んでいる。
 賢人と誉れ高いあなたならばすべておわかりのはず――閉口する私に、老司教は眉を下げた。
「そなたを推したのはわしだ。嫌がられるとわかっていながらな。本当にすまん」
「ッ……頭をお上げください!」
「あの子を守ってくれんか、イオニス。そなたになら任せられる」
 司教直々の信任と知り、自己嫌悪が湧き上がる。
 本当はわかっていた。そもそも聖務は断わるどころか、異を唱えることさえ本来ならば許されない。みっともなく言い募ってしまったのは、ペオル司教ならば受け止め許してくださると踏んでの甘えにすぎなかった。
 私は膝を折り、司教の前に跪く。
「聖騎士イオニス・バーダが拝命いたします。勇者ハンスを助け、彼の盾となることを……天上主に誓います」
 頭を垂れた私に、司教から祝福が授けられる。
「そなたらの旅路に、慈悲深き主の加護があらんことを――ありがとう、イオニス」

 顔を合わせた勇者ハンスは、なるほどと頷ける容姿を備えていた。険はあるが整った顔立ちに引き締まった長身、そして二十半ばの若さにそぐわぬ風格、そこに名声まで加われば、彼が被った女難は想像に難くない。
「教会よりあなたの供を仰せつかりました、聖騎士のイオニス・バーダと申します」
「あんたが……ふうん?」
「……私の顔に何かございますか?」
「注文通り女受けしそうな顔で安心した」
 ただでさえ気乗りしない役割に加え、勇者ハンスは不躾で協調性にも欠けた。そんな彼と行動をともにする心労は並大抵でなく、いかんともしがたい衝動が湧き上がる度、これは聖務、しかもペオル司教たっての頼みと耐えた。
 勇者ハンスの要望に従い彼から女性を遠ざけていると、女性の方を助けている気分になることもしばしばだった。
 しかし一方で、私が彼に抱くやるせなさは方向性をひとつとしなくなっていた。
「レ……シぃ……!」
 彼は就寝中に度々うなされ、誰かを呼んだ。それがかつて失ったという親友の名であることは、すぐに察しがついた。ただの一度も、他の誰かを呼ぶことはなかった。
 彼にとって亡くなった親友がどれだけ大きな存在であったか、日々思い知らされるばかりだが、彼の親友が犠牲にならなければ、彼が勇者になることもなく、今も魔獣がはびこる世の中だっただろう。
 近しい肉親もいない孤児だ。その死を憐みこそすれ、ようやく訪れた平和の礎として、誰もが無意識に受け入れてしまっている――たったひとりを除いては。
 以前、勇者を導いた聖なる子として、彼の親友を祀ろうという話が持ち上がり、それを知って彼は激昂した。礼拝堂ひとつを倒壊させるほど荒ぶり、親友を模した彫像を抱えて走り去った。
 二時間ほどかけて探し出した彼は、森で泣きながら穴を掘っている最中だった。
 本当は彫像を壊したかったが、作り物とはいえ親友を手にかけることができず、埋めることにしたらしい。
「こんなのレシルに全然似てない。似てないのに……!」
 私はかける言葉が見つからず、無言で穴掘りを手伝った。
 他にこんなこともあった。まだ幼さの残る男娼を買って一晩過ごし、それが漏れて少年愛嗜好の噂が立った。
 しかし彼が少年に求めたことはただの添い寝だった。万が一寝首をかかれては困るからと命じられ、私も同じ部屋で寝ずの番をしたから間違いない。しかもその後男娼を身請けまでしながら、ペオル司教に任せたきり放置している。
 当初は意図がわからず困惑したものの、しばらくしてその男娼が、あの日埋めた彫像とどこか似ていたことに気が付いた。
 一時期はいかがわしい薬まで使って既成事実を作ろうとする女性も現れたほどだったが、いまや彼の奇行は知れ渡っており、おかげで言い寄る女性とともに、私が当初の役目を果たさなければいけない状況も減った。
「年に一度の降臨祭くらいは、ゆっくり休まれてはいかがでしょうか」
「……休みたければ勝手にしろ。俺は出てくる」
 人が望むだろうおおよその幸せに背を向け、ひたすら闘争に明け暮れる彼。魔獣を狩り尽くした後、彼は一体どうするのだろうか。

 転機は、魔獣の王を倒した後に訪れた。
 魔獣を生み出す王が死んでも、すでに生まれ落ちた魔獣まで消えるわけではない。彼と私は旅を続けた。
「イオニス! どこだ!?」
「どうかしましたか」
「怪我人だ! 魔獣にやられた!」
 とある村に着いて早々姿を消した彼が、血相を変えて戻ってきた。その腕には血濡れの少女を抱えていた。
 私が知る限り、彼が魔獣に襲われる人を見捨てたことは一度もない。無事ならば興味をなくすが、助け損ねた日の夜は決まって悪夢に苛まれていた。
 幸い少女は助かり、そして予想に違わず私へ丸投げされた。
「お加減はいかがですか?」 
「おかげさまで、もうすっかり元気です! ありがとうございました」
 肩で切り揃えた緩く波打つ栗色の髪に、夏の空と似た青い瞳を持つ彼女、レティ・フォーン嬢が朗らかに笑う。
「あの、私を助けてくれた人は……今日も?」
「はい。今日も出かけています」
「できればちゃんとお礼を言いたいんですが……」
 面と向かって感謝を伝えたい。彼女の言い分はもっともだ。しかし額面通りに信じてもよいものか。それを口実に言い寄る女性は少なくない。
 そもそも彼は他者からの感謝を求めておらず、わずかに言葉を交わすことさえ煩わしく思っている。彼女の良識は彼に通じない。下手に引き合わせても、両者が不幸になるだけだ。そんな不幸を私は幾度も見てきた。
「彼に興味がおありですか?」
「はい!」
 レティ嬢が目を輝かせる。
「彼は勇者です」
「ゆーしゃ? ……え、勇者?」
 やはり知らなかったようで、レティ嬢は酷く驚いた顔をする。
 なかなか飲み込めぬ様子の彼女を見据え、勇者ハンスについて許される範囲で話して聞かせる。勇者としての彼ではなく、復讐者としての彼を強調した。
 狙い通り、素直な少女の顔はみるみる曇っていった。意気消沈する姿は見ていて心苦しかったが、彼女から引いてもらうことが一番平和的な解決だ。
 すっかり口数の少なくなった彼女に、私は心の中で詫びた。
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