CHANGELING! ―勇者を取り巻く人々の事情―

かとりあらた

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俺のためのお前のこれまで

第10話 姉の事情(1)

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「ただいま」
「おかえり。どうだった?」
「……駄目だったー」
 まあそうだろうなと思いつつ、考えていた励ましの言葉を口にしようとして俺は固まった。
「ふぐ、う……っ」
 可愛い妹は大きな目いっぱいに涙を溜め、濡れた仔猫みたいに震えていた。
「ううぇえぇぇ……!」
「レティ……」
 結局レティは泣くばかりで何も言わなかったが、よほど酷いことをされたに違いない。
 感情表現が豊かなくせに人前で泣くことはなくて、どうしても辛い時は一人でこっそり隠れて泣く。ずっと昔からそういう子だった。
 それをあいつは、ハンスの奴め、どうしてくれよう。蒸かした豆をぐりぐりと擦り潰しながら思案していれば、近所の奥さんが訪ねてきた。
「いい話があってね」
 ドリスさんがこう切り出してくる時は大抵あれだ。
「お見合いですか?」
「すっごくいい人よ!」
 ……結婚か。今ならその選択もありかもしれない。
 とりあえず見合い相手について訊けば顔見知りだった。レティと少し歳は離れているが、穏やかで勤勉な男だったと記憶している。
「その話、お受けしますわ」
「本当!?」
 自分から話を持ってきておいて、どうしてそんなに驚くんだ。まあいいや。
「……姉さん」
 ドリスさんが上機嫌で帰った後、泣き疲れ寝ていたレティが顔を出した。
「もう起きて大丈夫なの?」
「うん、大丈夫」
 どう見ても無理している。泣き腫らした目が痛々しい。
「ハンスさんは駄目だったけど、イオニスさんは来てくれるって」
「……そう。わかった」
 とうとうやらかしてくれた分からず屋の手下をもてなすことは少々複雑ながら、レティの傷を治してもらった恩もある。仕方がない、いい酒を用意しよう。
「それで、あの――」
 しかし続くレティの頼みを聞いて、さすがの俺も顔が引きつるのを感じた。
 レティはどうしてもハンスに鳥の丸焼きを食べさせたいらしい。俺は悩んだものの追加でもう一匹丸焼きを用意し、ついでに邪魔が入らないようイオニスの酒へ一服盛って――少し後悔した。想像をはるかに超えてイオニスが重い。
 見た目はそこまでごつくないくせに、さては脱ぐとすごいなんていうあれか。美形で脱ぐとすごいのか。しかも背まで高い……せめて粗チンであれ。それか童貞。もしくは両方!
 くだらない思考で気を紛らわしながら、俺はなんとかイオニスをベッドまで運んだ。レティに眠り薬のことは話していないから、帰ってくる前に片付けられてよかったと安堵しつつ帰りを待つ。
 ……待てども待てども帰ってこない。
 どこかでまた泣いているのかもしれない。そろそろ探しに行くべきかと心配していれば、
「ただいまー」
「よかった……おかえ、り?」
 ようやく帰ってきたレティの背後には、ハンスがぴったりとくっついていた。
「えっと、仲直りした!」
「……そうみたいね」
「泊めてもいい?」
 おずおずと訊いてくるレティに、じいっとこちらを見てくるハンス。その夜は結局ハンスを我が家に泊めた。
 そして翌朝ハンスがヒゲを剃っている場面に遭遇し、せっかくだからぼさぼさ頭もさっぱりと整えてやった。
「ハンスが若返った!」
 のんびり起きてきたレティがハンスの顎を撫で回し、ハンスも鳥の巣になったレティの頭をわしわしと撫でる。
「すごい寝癖だな」
「雨の日はもっとすごいんだ。だから伸ばせなくてさあ」
「……短いの、似合ってる」
「ハンスもな! 絶対そっちの方がかっこいい!」
 昨日までの片思いぶりが嘘みたいな二人は、仲良く遅い朝食をたいらげた後、収穫祭の後片付けを手伝いに出かけていった。
 さてと。じゃあそろそろ――。
「おはようございます、騎士様」
 薬の効果か、昼前までぐっすり眠ったイオニスはいつもより顔色がよかった。
 いかにもいろいろ溜め込んでそうだもんな……暇な時にでも、元気が出るヤツを調合してやろうか。まあとりあえずは精のつく食事だな。

 収穫祭から一月が経った。
 ハンスは相変わらず魔獣狩りに精を出しながら、ついでに危険な害獣や野盗も狩り回っているらしい。
「ジーナちゃん、お見合いのことなんだけど――」
 ……すっかり忘れていた。
 今更断れず、レティに話を持ちかける。
「急で悪いんだけど、お見合いに行ける?」
「わかった!」
 あれからレティは毎日上機嫌で、急な見合い話もあっさりと受け入れた。
 ハンスの機嫌が悪くなることは予想しつつ、まあ会って話すだけだから――そう考えた俺がいかに甘かったか思い知ったのは、見合い前日の夜だった。 
「明日は早いし、そろそろ寝るかあ」
 伸びをひとつして立ち上がる。ささっと片付けを終えて仕事部屋から出た俺は、レティの部屋へ足を向けた。
 最近は冷えるので、腹を出してないか確認がてら、レティの寝顔を見てから寝よう。
「……ぁ」
「ん?」
「あぁンン♥」
「おぉう!?」
 向かう先からとんでもない声が聞こえてきた。
 早足で進み、到着した部屋の扉をそっと開ける。わずかな隙間からでも漏れ聞える嬌声とベッドの軋む音、その他いろいろ妖しげな気配に腰が引けつつも中を窺った。
 喘ぐレティに覆い被さるシーツは逞しくて……ハンスだよなあ。
「ひゃう、あ、あぁん♥」
「俺達絶対相性いいな……そろそろまた……!」
 レティはハンスの首に腕を回し、足も奴の腰に巻きつけていて、無理矢理の行為には見えない。
 合意の上なら……うん。どうぞお好きにとはいかないものの、驚きはほとんどなく、やはりこうなったかという気持ちの方が強い。大方レティから見合いの話を聞いて焦ったハンスが事に及んだといったところだろう。
「今度こそずっと一緒だ」
「ああぁぁ~~……ッ♥」
 そろそろ退散するか。覗きはよろしくないし、それ以上に妹の痴態なんて見ていられない。
 しかし扉を閉めようとした俺は、あるものに気が付いて動きを止めた。ハンスの背中に浮かんだ痣、主から選ばれた証である聖痕の存在に。
 本物の勇者なら、別にあってもおかしくはない。むしろあの傍若無人が教会に認められた決め手だろう。
 ただ、俺は知っている。
 あれはかつて――レシルの背中にあったものだ。
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