CHANGELING! ―勇者を取り巻く人々の事情―

かとりあらた

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俺のためのお前のこれまで

第9話 付き人の事情(5)

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「――これで全てだ」
 自らの罪を話し終え、おもむろに告げる。
「聖騎士の位を返上しようと思っている。もはや私に神の使徒を名乗る資格はない」
「……本気で言ってるのか?」
 硬い顔で問われ、私は頷く。
「私の罪状を思えば、今なお変わらず勇者ハンスとレティ嬢が仲睦まじく過ごせる理由は彼女の慈悲だ。しかしいつまでも甘えているわけにはいくまい。勇者ハンスを助けると主に誓った私が、彼のようやく掴み得た幸せを壊すなどあってはならない」
「それなら付き人を降りれば十分だろう」
「彼女に賠償金も支払いたい」
 清廉な彼女は金銭の要求を恥と考えているかもしれないが、被害者ならば当然の権利であり、私にとっては義務だろう。しかし彼女に賠償金を支払いたくとも、聖騎士は給金を受けず、教会の支給品から生活を賄うものであり、生活の不自由はないが自由になる金銭もわずかしかない。余暇の労働も無償奉仕しか許されていない以上、相応の額を支払うためには、聖騎士を辞す他ないと決意した。
「金が必要なら、俺が貸してやる」
 意識させられる機会もなかったため、すっかり失念していたが、ラバルトは裕福な商家の出だったか。しかし――、
「それでは償いにならない」
 両親に借りる気も毛頭なく、不肖の息子は死んだものと縁を切ってもらうことさえ視野に入れている。ろくな孝行もできぬまま心苦しいが、敬虔な父母であるからわけを聞けばやむなしと理解してくれるはずだ。叶うならば彼らにも、老後の資金を多少なりとも渡しておきたいところだが、さすがに高望みがすぎるだろうか。
「今は状況も変わり、新たに人を付けるかはわからないが……」
「まあ、付けるとなったら俺だろうな。あれとやってくには、他の連中は我が強すぎる」
 着任後に知ったことだが、私以外の聖騎士は以前より勇者ハンスと面識があったらしく、私がその事実を知らずにいた理由は、ひとえに大半の聖騎士が勇者ハンスを禁句としており、例外である団長とラバルトにしても、不要な諍いは避けるべきと沈黙していたからだった。
 つまるところ未知数の私を除けば、例外たる二人以外の聖騎士は勇者ハンスと過ごすことが半日さえ困難であり、もしも私が供の実情を受け入れられず不適格と判断されていた場合、ラバルトが婚約を破棄して着任する予定だったと後に知った時は、あと少しで愛し合う二人を引き裂いてしまうところだったと肝が冷えた。
 レティ嬢のいる今ならば、そこまでする必要がないことは不幸中の幸いと言える。
「しかし今はまあ、勇者ハンスは置いとけ。レジーナ嬢に集中しろ」
 ラバルトの言葉はもっともだ。レティ嬢がいるのだから、私が心配せずとも彼は大丈夫だろう。むしろ私の存在が彼から奇跡を奪うことに――、
「だからあいつのこと考えるなって……いいや、話進めるぞ。俺の見立てじゃ、彼女はお前ほど深刻にとらえてない。普通なら顔も見たくないってなるところを、毎日自分から連れ回して、しかも頼むのはたいしたことない雑用ばっか。もしかして、お前が責任取るって申し出るのを待ってるんじゃないか?」
「そんなはず……」
 彼女が私との結婚を望んでくれているなど、私にばかり都合がよく、そのような妄想は抱くことさえ罪深く思える。
「なら訊いてみればいい」
「思い違いであったらどうする? また彼女を傷付けてしまう……」
「とにかくだ、今のお前は罪悪感に囚われて冷静さを失ってる。そういう時に下した判断ってのは、往々にして破滅的で――独りよがりなもんだ」
 友の言葉を受けて考える。私は彼女に償うためではなく、己の罪悪感から逃れたくて罰を望んでいたのだろうか。
 ……否定はできない。だとすれば私は――、
「こうして俺がここに来たのも、きっと主の導きに違いない。ちょっくら探り入れてきてやるから、少し待ってろ。な?」
「……わかった」
 私は今一度立ち返る必要があるだろう。
 定刻にラバルトを送り届けた後、私は礼拝堂で一人これから己がどう在るべきかを考えていた。
 そしてその数時間後に、私は同士たる聖騎士の一人からかつて告げられた言葉を思い出すことになる。
 ――あいつは他人の決意とか覚悟とか、とにかく台なしにするから嫌いなんだ。

「おーい、帰ったぞ」
「……今日はあっちで泊まるつもりだったのに」
 夕刻になり、ラバルトが勇者ハンスを伴ない戻った。
「話するなら早い方がいいだろ」
「話すことなんてあったか?」
「お前の可愛い恋人の件に決まってんだろ」
 勇者ハンスの目が鋭く細まった。
「……レティにケチつける気か?」
 苛立ちを隠さず問うた彼に、ラバルトは若干面倒そうに応じる。
「俺はつけないが、いろいろ言ってくる奴は絶対出てくる。とりあえず団長とペルグ司教には伝えるからな」
「じいさんはともかく、あいつにもか」
「なんでそんな毛嫌いするかね。全力で祝ってくれると思うぞ。まあただの遊びだってんなら、わざわざ言う必要もな――」
 みなまで言わせず、勇者ハンスは自らより長身なラバルトの襟元を掴み、乱暴に引き寄せる。
「二度と言うな」
 常人あらば竦み上がるだろう眼圧で告げ、突き放すようにラバルトを離した。
「……式はいつのご予定で?」
 ラバルトは襟元を正しつつ、半眼で訊ねた。
「俺はすぐしてもいいくらいなんだがな」
「なんだ、渋られてんのか」
 まだ出会って間もなく、性急と躊躇しても仕方あるまいが、勇者ハンスは即座に否定する。
「俺に問題があるわけじゃない。レティは俺と一緒にいられるなら、結婚できなくてもいいって言ってるくらいだ」
「じゃあなんで渋られてんだよ」
 ラバルトの追求に勇者ハンスは顔をしかめ、私の方を見た。
「おいイオニス、レジーナとはどこまで進んだ?」
 話を振られると思っておらず、ましてや質問の内容だけに私は窮する。
「最近やたら尻に敷かれてるし、告白くらいはしたんだろ?」
「ちょい待て。どうしてここでイオニスとレジーナ嬢が出てくる?」
「姉の後がいいとか、レティが遠慮してるんだ。丁度いいのが現れたから」
「二人きりの姉妹なら、まあそのへん気い使うか」
「それで、どうなんだ?」
「……レジーナ殿は、私なんかにはもったいない人です」
 胸の痛みを抑え、なんとか声を絞り出した。
「まさか、まだ告白もしてないのか?」
 勇者ハンスは呆れを表すが、実情ははるかに救いがない。やはり彼にも私の罪を告げるべきだろうか。何も知らぬ彼の言葉で彼女が傷付いてはいけない。
「二人きりにして、告白もまだなんて……やっぱりあれは売るべきだったな」
「あれ?」
 逡巡する私の前で二人が会話を進める。
「どっかの貴族女に盛られかけた薬だ。高いって聞いたことあったから、回収したのを思い出してな」
「それはあれか、媚薬ってやつか?」
「あの女はそう言ってたな」
「で、それを売らずにどうしたんだ?」
「出かけしなに、こいつのカップに入れた」
「……そんなもん使って、間違いが起きたらどうする気だったんだ?」
「あんなの、結局ただの興奮剤だ。媚薬なんて謳い文句は大層だが、その気がない奴をどうこうできるほどのものじゃない」
 ラバルトの抗議を勇者ハンスは一笑に付した。
「それでも発破くらいにはなると思ったんだが、これから物入りなのにもったいないことをしたな」
「――ふ、はは」
 突如笑い出した私に二人の視線が集まる。
「どうした?」
「イオニス……大丈夫か?」
 大丈夫とはいかなる状態だろうか。そんなことを考えながら、私は腰の剣を抜いた。
「なんで剣抜いて……」
 さしもの勇者ハンスも戸惑った様子で、私は驚く彼の顔を見て気分がよくなる。
 構えた剣が白い雷光を纏い、その輝きと雷鳴を急速に強めていく。
「ちょっと待て――」
「お覚悟を、勇者ハンス!」
 手近な窓を突き破って脱出するラバルトを横目に、私は積もり積もった鬱憤を込めた剣を振り抜いた。
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