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俺のためのお前のこれまで
第14話 姉の事情(5)
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「では、ごゆっくりおやすみください」
イオニスにシーツをかけ、部屋を出て扉を閉める。
「はあ――……」
思わずため息が出た。
ここに至った経緯を思えば気まずくて当然なのだが、なんとも調子が狂う。
ぼんやりと次のことを考えて歩きながら、なんとなしに回収したイオニスの服を顔へ近づける。
あいつは気にしていたが、本当に臭くはない。少し濃いぐらいのものだと――、
「ふんふ……ん?」
振り返れば、レティがいた。
「違うのよ? 汚れを確かめていただけで――」
「私もハンスの服を嗅いじゃう時あるよ!」
「……レティは直接嗅げばいいんじゃないの?」
「それはちょっと恥ずかしい……だから秘密にしてね?」
仲間を見つけて嬉しいと言わんばかりだったレティが、一転して頬を染めもじもじする。最近のレティはますます可愛い。が、
「やっぱりレティは変態だな」
「ふえっ!」
飛び上がらんばかりに驚いたレティ、その背後でにやにやするハンス。
「黙って後ろに立つのやめろよ!」
「やだ」
ハンスが腕を伸ばし、レティの後頭部と腰に手を添えて抱き寄せた。
「ほら、好きなだけ嗅いでいいぞ?」
「嗅がない! ハンスの馬鹿! 変態!」
ハンスの腕の中でレティがじたばたする。
「馬鹿も変態もレティだろ。あそこに鼻――」
「わああ駄目! 駄目!!」
「下のけ――」
「だめええぇッ!」
仲がいいなあ……じゃれ合う二人を残し、その場を後にする。
レティには悪いが、今の俺にハンスを止める気力はない。とりあえず俺さえ聞かなければ、ハンスがレティのいかなる恥辱を口走ろうとも秘密は守られる。それで許して欲しい。
「イキすぎて漏らし――」
「だめだめだめ! ばかあぁ!!」
あーあー聞こえなーい。
「大変お世話になりました」
ようやく快復し、深々と頭を下げるイオニスの旋毛に告げる。
「明日からよろしくお願いいたしますね」
「……はい」
これで仕切り直しができる。
重い物を運ばせるくらいは当然として、庭の草むしりに礼拝堂の掃除、隣村へのお使い、しまいには羊の毛刈りや牛の乳搾りなど他人の仕事まで請け負い、とにかく力仕事や雑用を片っ端から言いつける。
俺はといえば、監視ついでに作業を手伝ったり、差し入れをしたりと、以前よりイオニスと過ごす時間が増えた。
どんな重労働だろうが、汚れ仕事だろうが、嫌な顔ひとつせず謙虚に遂行する姿は俺がかつて憧れた聖騎士そのもので。もしかしたらすべて夢だったのではないかとさえ――しかし憂いを湛えたあいつの目が、それを否定してくる。
……なんだよ、泣きそうな顔しやがって。泣きたいのはこちらの方だ。
あいつときたら、いきなりぶっちゅーで、全身をねちねち弄り回してイカせまくって、意識朦朧としている間にぶすりだぞ。
そういうことはちゃんと段階を踏むべきだ。まず告白だろ? 次に節度ある交際期間を経て、しっかり気持ちを確かめ合って婚約したら、まあ――、
「……あれ?」
寝室で服を脱がされるあたりまで思い描いたところで、はたと気付く。
いや待て。何を詳細に想像しているんだ。ない、ないから!
……きっと溜まっているせいだ。最近はいろいろありすぎて全然していない。
イオニスの所から戻ってすぐ自室にこもる。扉に鍵をかけ、服を脱いでベッドに寝転がり、念のためシーツもしっかり被る。
左手で胸を弄りながら、右手を股間に伸ばす。逸る気持ちのままに、濡れ始めて早々にあそこへ指を挿し入れた。
「ん、あ……ん?」
あまり気持ちよくない。
「んん~~」
おかしいな、あの時はもっと――。
もぞもぞと指を動かし続けるが、思うように気持ちよくなれず、かえって欲求不満を募らせるだけに終わった。
これはいけないと仕事に没頭しようとすれば、ふと我が家で一番立派なすりこ木が目に留まった。これなら――、
「――いやいやいや! 何考えてんだ俺は!」
いくらなんでも惨めすぎる。
「……やめやめ! やっぱ寝る!」
立ち上がり、薬品棚から瓶を取り出す。中身はイオニスに渡し損ねたあの薬だ。
仮に多少逞しくなったところで、俺には嫁ぐ予定もないから構うものか。
ただ丸薬だから服用には水が必要で台所へ向かう途中、レティの部屋の前を通ることになった。
「はうぅん♥」
……うん、知ってた。今夜はハンスが泊まっているから。
いつもなら足音を殺して通り過ぎるが、今日の俺は片膝をつき、そうっと扉に耳を付けた。
「ほんとこれ好きだな」
「う、ん……好きぃ……あぁ……♥」
細心の注意を払い、扉を薄く開ける。
今回は明かりが灯されておらず、暗くて詳細は見えないが、どうやら寝そべるレティにハンスが口でしているようだ。
「後で、私も……ね?」
「無理しなくていいぞ?」
「ハンスだから……無理じゃ、ない……っ♥」
「……そうか。じゃあ後で頼む」
喘ぎながら訴えたレティの股間に、ハンスはより深く顔を埋めた。
「うん……あ、んん……♥」
レティはハンスから抱かれることに抵抗がないのだろうか。
ハンスに求められて仕方なく、みたいな部分もあるだろうと思っていた。
「ん……気持ちいい、ハンス?」
甘くて柔らかい、満ち足りた声に――レティがどこか、遠い存在のように感じられた。
レティの健やかな成長と、美味しいの一言が聞きたくて、磨きに磨いた料理の腕。どうしてあのケダモノ野郎のために使ってやらなくてはいけない。
いろいろと思うところはあるものの、ぶり返されるよりはちゃんと食べさせて体力を維持させる方が、結果的には手間が少なくて済む。俺は合理的なんだ。
そして今日はほんの思いつきでデザートのゼリーを半円形にして二つ並べ、真上にひと粒づつ赤い実を飾った。うん、いいおっぱい。この白くてぷるぷるの甘いおっぱいを、あいつがどんな顔をして食べるのか少し楽しみだ。
俺はできあがった昼食をカゴに詰め、イオニスの許へ赴いた。
「あら?」
イオニスと一緒に、もう一人男がいた。
見知らぬ相手だし、声をかけるにはまだ若干の距離もあるが、俺はすぐ相手の正体に見当が付いた。聖騎士の制服を着た赤毛の大男という特徴が、以前聞いた猫に好かれる同期と一致する。
しかしどうしてこの村に? 近付きながら男を観察する。村で今一番の長身はイオニスだったが、そのイオニスよりさらに頭半分ほど高い。昔の俺なら身長を伸ばす秘訣とか訊いていたかもしれない。
そうして親しげな聖騎士二人を眺めていると、エヴァンとオーキス――かつての仲間達の姿と被って見えた。
――やっとか。待ちくたびれたっての。
――これでまた三人一緒だな。
結局俺はそこへ行けなかった。
もうずいぶん昔の話なのに、いまだ色褪せることなく思い出せる。俺は足を止めた。
久しぶりであろう仲間との時間に水を差したくない。出直そうかと考えたところで、赤毛の男と目が合った。
それでも少し悩んだが、時間的にイオニスだって空腹のはず。昼食を渡してすぐ退散すれば問題ないだろう。
「お取込み中のところを失礼します。昼食をお持ちしました」
「いつもわざわざ……ありがとうございます」
「空腹で目を回されて、屋根から落ちられたりでもしたら困りますもの」
「……面目ございません」
しまった。つい憎まれ口を叩いてしまったが、人前、ましてや仲間の前で、面目を潰したかったわけではない。
少し前まで楽しそうだったのにな……やはり遠慮すべきだったか。
自省する俺をよそに、ラバルトがイオニスを肘で突っつく。
「彼女はレジーナ・フォーン殿。薬師をしておられて、近隣で並ぶ者なしと謳われる方だ。レジーナ殿、彼は私と同じく聖騎士を務めるラバルト・ザオベルグです」
気を取り直したらしいイオニスの紹介を受け、ラバルトは愛想よく笑いかけてくる。
「並ぶ者なしとは、若いのにたいしたもんだ」
「聖騎士様には遠く及びませんわ」
そうして始まったラバルトとの世間話に少しばかり興じていたが、
「……すみません」
不意の呼びかけに顔を向ければ、イオニスがより陰鬱な顔になっていた。少し目を離した隙に一体何があったんだ。
不可解さに首を傾げつつ話を聞けば、どうやらハンスの行方を知りたいらしい。例のごとくレティと出かけているが、そんな深刻な顔をしてなんの用なんだ。
「あの子から、いつものお茶の時間には戻ると聞いています」
「そうですか……申し訳ないのですが、彼をあの方に会わせたいので、時間になったらお訪ねしてもよろしいでしょうか?」
「わかりました」
了承ついでに昼食入りのカゴを渡す。
当初の目的を果たし、ほっとしたのもつかの間。ふと思い至った。
もしかしてこのままでは俺の力作デザートをラバルトに見られてしまわないか? あれをイオニス以外に見られるのは少々、いやかなり恥ずかしい。
一旦返してもらって、ゼリーだけ抜いて渡し直すか? しかしデザートも含めての献立だから、それはできれば避けたい。栄養の面だけでなく、味だってかなり美味しいから尚更に。
考えろ、何かあるはずだ。イオニスにきっちり食べさせつつ、ラバルトには見られないで済む方法が――!
「ああ、そうですわ。よろしければ今からいらっしゃいませんか? 昼食をご用意いたします」
「……せっかくの申し出だが、ここへ来る前に食事は済ませてきてしまったんだ。気持ちだけありがたく受け取っておきたい」
あああああ。
「あら、そうなんですね」
諦められず視線を巡らせ、気付いた。
なんかイオニスがすごい顔してる……え、どういう感情なのそれ。
理解不能ながら、とりあえずこれ以上ラバルトに絡むとまずいことだけは察する。
「わかりました。では、また後ほど」
素直に返してもらうことも、俺の勘が今イオニスを刺激してはいけないと告げているから諦めた。
こうなったらあれがおっぱいであると、ラバルトが気付かないことを祈るしかない。
……無理かなあ。我ながらよくできていたし。
イオニスにシーツをかけ、部屋を出て扉を閉める。
「はあ――……」
思わずため息が出た。
ここに至った経緯を思えば気まずくて当然なのだが、なんとも調子が狂う。
ぼんやりと次のことを考えて歩きながら、なんとなしに回収したイオニスの服を顔へ近づける。
あいつは気にしていたが、本当に臭くはない。少し濃いぐらいのものだと――、
「ふんふ……ん?」
振り返れば、レティがいた。
「違うのよ? 汚れを確かめていただけで――」
「私もハンスの服を嗅いじゃう時あるよ!」
「……レティは直接嗅げばいいんじゃないの?」
「それはちょっと恥ずかしい……だから秘密にしてね?」
仲間を見つけて嬉しいと言わんばかりだったレティが、一転して頬を染めもじもじする。最近のレティはますます可愛い。が、
「やっぱりレティは変態だな」
「ふえっ!」
飛び上がらんばかりに驚いたレティ、その背後でにやにやするハンス。
「黙って後ろに立つのやめろよ!」
「やだ」
ハンスが腕を伸ばし、レティの後頭部と腰に手を添えて抱き寄せた。
「ほら、好きなだけ嗅いでいいぞ?」
「嗅がない! ハンスの馬鹿! 変態!」
ハンスの腕の中でレティがじたばたする。
「馬鹿も変態もレティだろ。あそこに鼻――」
「わああ駄目! 駄目!!」
「下のけ――」
「だめええぇッ!」
仲がいいなあ……じゃれ合う二人を残し、その場を後にする。
レティには悪いが、今の俺にハンスを止める気力はない。とりあえず俺さえ聞かなければ、ハンスがレティのいかなる恥辱を口走ろうとも秘密は守られる。それで許して欲しい。
「イキすぎて漏らし――」
「だめだめだめ! ばかあぁ!!」
あーあー聞こえなーい。
「大変お世話になりました」
ようやく快復し、深々と頭を下げるイオニスの旋毛に告げる。
「明日からよろしくお願いいたしますね」
「……はい」
これで仕切り直しができる。
重い物を運ばせるくらいは当然として、庭の草むしりに礼拝堂の掃除、隣村へのお使い、しまいには羊の毛刈りや牛の乳搾りなど他人の仕事まで請け負い、とにかく力仕事や雑用を片っ端から言いつける。
俺はといえば、監視ついでに作業を手伝ったり、差し入れをしたりと、以前よりイオニスと過ごす時間が増えた。
どんな重労働だろうが、汚れ仕事だろうが、嫌な顔ひとつせず謙虚に遂行する姿は俺がかつて憧れた聖騎士そのもので。もしかしたらすべて夢だったのではないかとさえ――しかし憂いを湛えたあいつの目が、それを否定してくる。
……なんだよ、泣きそうな顔しやがって。泣きたいのはこちらの方だ。
あいつときたら、いきなりぶっちゅーで、全身をねちねち弄り回してイカせまくって、意識朦朧としている間にぶすりだぞ。
そういうことはちゃんと段階を踏むべきだ。まず告白だろ? 次に節度ある交際期間を経て、しっかり気持ちを確かめ合って婚約したら、まあ――、
「……あれ?」
寝室で服を脱がされるあたりまで思い描いたところで、はたと気付く。
いや待て。何を詳細に想像しているんだ。ない、ないから!
……きっと溜まっているせいだ。最近はいろいろありすぎて全然していない。
イオニスの所から戻ってすぐ自室にこもる。扉に鍵をかけ、服を脱いでベッドに寝転がり、念のためシーツもしっかり被る。
左手で胸を弄りながら、右手を股間に伸ばす。逸る気持ちのままに、濡れ始めて早々にあそこへ指を挿し入れた。
「ん、あ……ん?」
あまり気持ちよくない。
「んん~~」
おかしいな、あの時はもっと――。
もぞもぞと指を動かし続けるが、思うように気持ちよくなれず、かえって欲求不満を募らせるだけに終わった。
これはいけないと仕事に没頭しようとすれば、ふと我が家で一番立派なすりこ木が目に留まった。これなら――、
「――いやいやいや! 何考えてんだ俺は!」
いくらなんでも惨めすぎる。
「……やめやめ! やっぱ寝る!」
立ち上がり、薬品棚から瓶を取り出す。中身はイオニスに渡し損ねたあの薬だ。
仮に多少逞しくなったところで、俺には嫁ぐ予定もないから構うものか。
ただ丸薬だから服用には水が必要で台所へ向かう途中、レティの部屋の前を通ることになった。
「はうぅん♥」
……うん、知ってた。今夜はハンスが泊まっているから。
いつもなら足音を殺して通り過ぎるが、今日の俺は片膝をつき、そうっと扉に耳を付けた。
「ほんとこれ好きだな」
「う、ん……好きぃ……あぁ……♥」
細心の注意を払い、扉を薄く開ける。
今回は明かりが灯されておらず、暗くて詳細は見えないが、どうやら寝そべるレティにハンスが口でしているようだ。
「後で、私も……ね?」
「無理しなくていいぞ?」
「ハンスだから……無理じゃ、ない……っ♥」
「……そうか。じゃあ後で頼む」
喘ぎながら訴えたレティの股間に、ハンスはより深く顔を埋めた。
「うん……あ、んん……♥」
レティはハンスから抱かれることに抵抗がないのだろうか。
ハンスに求められて仕方なく、みたいな部分もあるだろうと思っていた。
「ん……気持ちいい、ハンス?」
甘くて柔らかい、満ち足りた声に――レティがどこか、遠い存在のように感じられた。
レティの健やかな成長と、美味しいの一言が聞きたくて、磨きに磨いた料理の腕。どうしてあのケダモノ野郎のために使ってやらなくてはいけない。
いろいろと思うところはあるものの、ぶり返されるよりはちゃんと食べさせて体力を維持させる方が、結果的には手間が少なくて済む。俺は合理的なんだ。
そして今日はほんの思いつきでデザートのゼリーを半円形にして二つ並べ、真上にひと粒づつ赤い実を飾った。うん、いいおっぱい。この白くてぷるぷるの甘いおっぱいを、あいつがどんな顔をして食べるのか少し楽しみだ。
俺はできあがった昼食をカゴに詰め、イオニスの許へ赴いた。
「あら?」
イオニスと一緒に、もう一人男がいた。
見知らぬ相手だし、声をかけるにはまだ若干の距離もあるが、俺はすぐ相手の正体に見当が付いた。聖騎士の制服を着た赤毛の大男という特徴が、以前聞いた猫に好かれる同期と一致する。
しかしどうしてこの村に? 近付きながら男を観察する。村で今一番の長身はイオニスだったが、そのイオニスよりさらに頭半分ほど高い。昔の俺なら身長を伸ばす秘訣とか訊いていたかもしれない。
そうして親しげな聖騎士二人を眺めていると、エヴァンとオーキス――かつての仲間達の姿と被って見えた。
――やっとか。待ちくたびれたっての。
――これでまた三人一緒だな。
結局俺はそこへ行けなかった。
もうずいぶん昔の話なのに、いまだ色褪せることなく思い出せる。俺は足を止めた。
久しぶりであろう仲間との時間に水を差したくない。出直そうかと考えたところで、赤毛の男と目が合った。
それでも少し悩んだが、時間的にイオニスだって空腹のはず。昼食を渡してすぐ退散すれば問題ないだろう。
「お取込み中のところを失礼します。昼食をお持ちしました」
「いつもわざわざ……ありがとうございます」
「空腹で目を回されて、屋根から落ちられたりでもしたら困りますもの」
「……面目ございません」
しまった。つい憎まれ口を叩いてしまったが、人前、ましてや仲間の前で、面目を潰したかったわけではない。
少し前まで楽しそうだったのにな……やはり遠慮すべきだったか。
自省する俺をよそに、ラバルトがイオニスを肘で突っつく。
「彼女はレジーナ・フォーン殿。薬師をしておられて、近隣で並ぶ者なしと謳われる方だ。レジーナ殿、彼は私と同じく聖騎士を務めるラバルト・ザオベルグです」
気を取り直したらしいイオニスの紹介を受け、ラバルトは愛想よく笑いかけてくる。
「並ぶ者なしとは、若いのにたいしたもんだ」
「聖騎士様には遠く及びませんわ」
そうして始まったラバルトとの世間話に少しばかり興じていたが、
「……すみません」
不意の呼びかけに顔を向ければ、イオニスがより陰鬱な顔になっていた。少し目を離した隙に一体何があったんだ。
不可解さに首を傾げつつ話を聞けば、どうやらハンスの行方を知りたいらしい。例のごとくレティと出かけているが、そんな深刻な顔をしてなんの用なんだ。
「あの子から、いつものお茶の時間には戻ると聞いています」
「そうですか……申し訳ないのですが、彼をあの方に会わせたいので、時間になったらお訪ねしてもよろしいでしょうか?」
「わかりました」
了承ついでに昼食入りのカゴを渡す。
当初の目的を果たし、ほっとしたのもつかの間。ふと思い至った。
もしかしてこのままでは俺の力作デザートをラバルトに見られてしまわないか? あれをイオニス以外に見られるのは少々、いやかなり恥ずかしい。
一旦返してもらって、ゼリーだけ抜いて渡し直すか? しかしデザートも含めての献立だから、それはできれば避けたい。栄養の面だけでなく、味だってかなり美味しいから尚更に。
考えろ、何かあるはずだ。イオニスにきっちり食べさせつつ、ラバルトには見られないで済む方法が――!
「ああ、そうですわ。よろしければ今からいらっしゃいませんか? 昼食をご用意いたします」
「……せっかくの申し出だが、ここへ来る前に食事は済ませてきてしまったんだ。気持ちだけありがたく受け取っておきたい」
あああああ。
「あら、そうなんですね」
諦められず視線を巡らせ、気付いた。
なんかイオニスがすごい顔してる……え、どういう感情なのそれ。
理解不能ながら、とりあえずこれ以上ラバルトに絡むとまずいことだけは察する。
「わかりました。では、また後ほど」
素直に返してもらうことも、俺の勘が今イオニスを刺激してはいけないと告げているから諦めた。
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