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俺のためのお前のこれまで
第20話 姉の事情(11)
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「――ハッ!?」
気が付いたら朝だった。
カーテン越しの陽光に照らされた自室は気だるい明るさで、あと少し暑い。
もう初夏だものなあ。しみじみしながら身体の状態を確認する。
あそこはなかなかの濡れっぷりだが、寝間着はちゃんと着ているし、致した形跡もない。何よりイオニスがいない。
……また夢かあ。
嘆息して枕に顔を突っ込む。思い出すだけで身体が疼くような、今までで一番すごい夢だったのに。夢だなんて。
「ん……」
つい、いかがわしい場所へ手が――、
「って、んなことしてる場合か!」
ベッドから飛び起きてカーテンを開けば、やはり予定していたより日が高い。急いで顔を洗って着替え、朝食をこしらえる。
夜明け前に起きて、もっと豪華な朝食を用意しようと思っていたが……それは帰ってきた時の楽しみにしよう。
「――遅いなあ」
もしかしてカロと一緒なのだろうか。だとしたら邪魔は控えたいが、寝過ごしていないとも言い切れない。
様子を見に向かえば、礼拝堂の裏でカロがひとり棒を振っていた。
「おはよう」
「っ……おはよ、ジーナさん」
「イオニスさんはいるかしら?」
「あの、えっと――」
カロが言うには、昨日の夜にイオニスが来て、明日の朝早くに村を発つと告げられたらしい。
それで気になっていつもより早く来たが、イオニスは礼拝堂の裏にも中にもいなかったのでもう出発したものと思い、ひとりで励んでいたと。
そんな、まさか。俺に挨拶もなく出発するなんてありえないだろう。
礼拝堂の奥の部屋へ向かう。イオニスが昨晩いたはずの室内に入った俺は、簡素な書き物机の上に置かれた封筒へ目を留めた。
ラバルトが残していった物と似た白い封筒で、封蝋までしっかり付けてある。宛名はレジーナ・フォーン。
俺は遠慮なく封を開け、入っていた便箋の文面にざっと目を通した。
「……ん?」
改めて読み直す。
「……」
今度はじっくりと読み解く。
まず強引な行為についての謝罪から始まって感謝へ続き、ラバルトの聖務を終えたらそのまま都へ戻る旨、聖騎士として一層邁進する決意表明、そして最後は改めての感謝で締めくくられていた。
「いやいやいやいや……」
しかし何度手紙を読み直しても、他の意図が読み取れない。一番大切なことが――今後の俺達についてが一切言及されていない。
あなたの幸せをお祈りしていますってなんだ。祈るだけか。
改めて部屋の中を観察し、イオニスの荷物が綺麗さっぱり消え去っている事実に気付いて愕然とした。
「……大丈夫?」
はっとして視線を下ろすと、心配そうに俺を見上げるカロがいた。追いかけてきてくれたのか。
「ごめんなさい、大丈夫よ」
子供の前で取り乱すわけにはいかない。なけなしの矜持で踏み止まった俺は、カロと別れて帰路に就いた。
「イオニスめ……っ」
最初こそ危うく膝から崩れ落ちるところだったが、村中を見て回り家へ帰り着く頃には、怒りで全身が沸き立たんばかりになっていた。
「あれ、イオニスさんは?」
一緒に食べようと待っていてくれたらしいレティが不思議そうな顔をする。
レティの健気さでイオニスがますますもって腹立たしく、腹が満たされても憤懣やるかたない俺はハンスを呼び止めた。
「お話があります」
「え、ハンス何かしたの!?」
「なんでそうなるんだ」
不満げなハンスに、日頃の行いという言葉を送りたい。
「少し訊きたいことがあるだけよ」
「……わかった! これは任せて! 適当なこと言ったら駄目だぞハンス!」
食器を抱えたレティが出ていき、俺はハンスと向き合う。
「私がイオニスさんから求婚されたことはご存じですか?」
「レティから聞いた」
「……イオニスさんからは?」
「ヤッたことは聞いた」
「求婚は?」
「聞いてない」
そっかーヤッたことしか言ってないのかー。……ヂグジョウ。
俺はハンスに件の手紙を突き付けた。
「ふうん」
便箋を眺めるハンスの反応は薄かった。
「置手紙ひとつで婚約者を捨てるのが、昨今の聖騎士の流行なのですか?」
「聖騎士じゃない俺に言われてもな」
「……イオニスさんはどこに行ったのですか?」
「そんなの知ってどうする。捨てないでくれと縋りつく気か?」
「ッ冗談ではありません! ただ……一回くらい張り飛ばさないと、私の気が済まない!」
意気込む俺にも、ハンスは冷めたものだ。
……でも、なんだろう。小さな違和感が――、
「あいつらはたぶんポイペンに向かってる」
「……ポイペンですか」
「やっぱり知ってたんじゃないか!」
よりによってあそこかと複雑な気分で受け止めれば、ようやく起きてきたらしいエミュが口を挟んできた。
「だから、たぶん、だ。村に来た使い、前にポイペンで見かけた奴だった。まあ仮にいなかったとして、都で待ち伏せれば済む話だろ。――レティ」
「……あ!」
こちらをこっそりと覗くレティがいた。
「ポイペンに行きたいか?」
「っ行きたい!」
「じゃあ行くか」
「付いて来てくださるのですか?」
ハンスがいれば道中の危険を心配しなくていい。しかし俺とイオニスの問題に、そこまでハンスを巻き込んでいいものか。
「レティの新しい寝間着を買うついでだ」
「ハンス……」
「どうしたレティ、惚れ直したか?」
「ベタ惚れだ!」
しれっと腕を広げたハンスの胸にレティが飛び込む。
何やらダシにされたような気もするが、ここは素直に感謝しておこう。
「ありがとうござ――」
「割った皿の代わりも買ってやる」
「へあ!?」
だから早々に戻ってきたのかレティ……。
「どうせだ、先回りするぞ」
「君ひとりなら簡単だろうけど、僕達が一緒だと厳しくないかい?」
留守番する気などさらさらなさそうなエミュの質問に、ハンスがこともなげに答える。
「ここの村長はいい馬車を持っていたな」
すまない村長、むこう一月は座薬をタダにするから許してくれ。
そんなこんなで話は纏まり。村長から馬に優しくと念押しされたりしつつ、数日分の衣服や食料、軟膏やすりこ木など必要最低限の荷物を馬車に積む。
そして見送りは馬を心配する村長だけでなく、リタとテオとベラ、それにカロまで顔を出してくれた。
「気を付けてな」
「いってらっしゃい……っ」
「お土産よろしくねー」
「ポイペン焼きとかわし好きだな」
「やーだ村長、ポイペンならやっぱり硝子ですよ。ジーナ、あたしにはランプお願い」
俺達が馬車へ乗り込み、いよいよ出発かという時、ドリスさんが寄ってきた。
「ほら、前にしたお見合いなんだけど。むこうの人が是非話を進めたいって言っててねえ」
…………そんな話もあったなあ。そういえば、ちゃんと断りを入れていなかったか。いろいろありすぎてすっかり忘れていた。
「すみません、断っておいてください」
「出すぞ。轢かれたくなきゃ下がってろ」
「だそうですよ」
御者席のハンスの宣言に、テオがドリスさんを馬車から離してくれる。
「ちょっと――」
調子いいことばっか言いやがって! 待ってろよ、あんのヤリ捨て野郎! 絶対もいだらあああ!
こうして俺は、妹と勇者と天使を連れて村から飛び出したのだった。
気が付いたら朝だった。
カーテン越しの陽光に照らされた自室は気だるい明るさで、あと少し暑い。
もう初夏だものなあ。しみじみしながら身体の状態を確認する。
あそこはなかなかの濡れっぷりだが、寝間着はちゃんと着ているし、致した形跡もない。何よりイオニスがいない。
……また夢かあ。
嘆息して枕に顔を突っ込む。思い出すだけで身体が疼くような、今までで一番すごい夢だったのに。夢だなんて。
「ん……」
つい、いかがわしい場所へ手が――、
「って、んなことしてる場合か!」
ベッドから飛び起きてカーテンを開けば、やはり予定していたより日が高い。急いで顔を洗って着替え、朝食をこしらえる。
夜明け前に起きて、もっと豪華な朝食を用意しようと思っていたが……それは帰ってきた時の楽しみにしよう。
「――遅いなあ」
もしかしてカロと一緒なのだろうか。だとしたら邪魔は控えたいが、寝過ごしていないとも言い切れない。
様子を見に向かえば、礼拝堂の裏でカロがひとり棒を振っていた。
「おはよう」
「っ……おはよ、ジーナさん」
「イオニスさんはいるかしら?」
「あの、えっと――」
カロが言うには、昨日の夜にイオニスが来て、明日の朝早くに村を発つと告げられたらしい。
それで気になっていつもより早く来たが、イオニスは礼拝堂の裏にも中にもいなかったのでもう出発したものと思い、ひとりで励んでいたと。
そんな、まさか。俺に挨拶もなく出発するなんてありえないだろう。
礼拝堂の奥の部屋へ向かう。イオニスが昨晩いたはずの室内に入った俺は、簡素な書き物机の上に置かれた封筒へ目を留めた。
ラバルトが残していった物と似た白い封筒で、封蝋までしっかり付けてある。宛名はレジーナ・フォーン。
俺は遠慮なく封を開け、入っていた便箋の文面にざっと目を通した。
「……ん?」
改めて読み直す。
「……」
今度はじっくりと読み解く。
まず強引な行為についての謝罪から始まって感謝へ続き、ラバルトの聖務を終えたらそのまま都へ戻る旨、聖騎士として一層邁進する決意表明、そして最後は改めての感謝で締めくくられていた。
「いやいやいやいや……」
しかし何度手紙を読み直しても、他の意図が読み取れない。一番大切なことが――今後の俺達についてが一切言及されていない。
あなたの幸せをお祈りしていますってなんだ。祈るだけか。
改めて部屋の中を観察し、イオニスの荷物が綺麗さっぱり消え去っている事実に気付いて愕然とした。
「……大丈夫?」
はっとして視線を下ろすと、心配そうに俺を見上げるカロがいた。追いかけてきてくれたのか。
「ごめんなさい、大丈夫よ」
子供の前で取り乱すわけにはいかない。なけなしの矜持で踏み止まった俺は、カロと別れて帰路に就いた。
「イオニスめ……っ」
最初こそ危うく膝から崩れ落ちるところだったが、村中を見て回り家へ帰り着く頃には、怒りで全身が沸き立たんばかりになっていた。
「あれ、イオニスさんは?」
一緒に食べようと待っていてくれたらしいレティが不思議そうな顔をする。
レティの健気さでイオニスがますますもって腹立たしく、腹が満たされても憤懣やるかたない俺はハンスを呼び止めた。
「お話があります」
「え、ハンス何かしたの!?」
「なんでそうなるんだ」
不満げなハンスに、日頃の行いという言葉を送りたい。
「少し訊きたいことがあるだけよ」
「……わかった! これは任せて! 適当なこと言ったら駄目だぞハンス!」
食器を抱えたレティが出ていき、俺はハンスと向き合う。
「私がイオニスさんから求婚されたことはご存じですか?」
「レティから聞いた」
「……イオニスさんからは?」
「ヤッたことは聞いた」
「求婚は?」
「聞いてない」
そっかーヤッたことしか言ってないのかー。……ヂグジョウ。
俺はハンスに件の手紙を突き付けた。
「ふうん」
便箋を眺めるハンスの反応は薄かった。
「置手紙ひとつで婚約者を捨てるのが、昨今の聖騎士の流行なのですか?」
「聖騎士じゃない俺に言われてもな」
「……イオニスさんはどこに行ったのですか?」
「そんなの知ってどうする。捨てないでくれと縋りつく気か?」
「ッ冗談ではありません! ただ……一回くらい張り飛ばさないと、私の気が済まない!」
意気込む俺にも、ハンスは冷めたものだ。
……でも、なんだろう。小さな違和感が――、
「あいつらはたぶんポイペンに向かってる」
「……ポイペンですか」
「やっぱり知ってたんじゃないか!」
よりによってあそこかと複雑な気分で受け止めれば、ようやく起きてきたらしいエミュが口を挟んできた。
「だから、たぶん、だ。村に来た使い、前にポイペンで見かけた奴だった。まあ仮にいなかったとして、都で待ち伏せれば済む話だろ。――レティ」
「……あ!」
こちらをこっそりと覗くレティがいた。
「ポイペンに行きたいか?」
「っ行きたい!」
「じゃあ行くか」
「付いて来てくださるのですか?」
ハンスがいれば道中の危険を心配しなくていい。しかし俺とイオニスの問題に、そこまでハンスを巻き込んでいいものか。
「レティの新しい寝間着を買うついでだ」
「ハンス……」
「どうしたレティ、惚れ直したか?」
「ベタ惚れだ!」
しれっと腕を広げたハンスの胸にレティが飛び込む。
何やらダシにされたような気もするが、ここは素直に感謝しておこう。
「ありがとうござ――」
「割った皿の代わりも買ってやる」
「へあ!?」
だから早々に戻ってきたのかレティ……。
「どうせだ、先回りするぞ」
「君ひとりなら簡単だろうけど、僕達が一緒だと厳しくないかい?」
留守番する気などさらさらなさそうなエミュの質問に、ハンスがこともなげに答える。
「ここの村長はいい馬車を持っていたな」
すまない村長、むこう一月は座薬をタダにするから許してくれ。
そんなこんなで話は纏まり。村長から馬に優しくと念押しされたりしつつ、数日分の衣服や食料、軟膏やすりこ木など必要最低限の荷物を馬車に積む。
そして見送りは馬を心配する村長だけでなく、リタとテオとベラ、それにカロまで顔を出してくれた。
「気を付けてな」
「いってらっしゃい……っ」
「お土産よろしくねー」
「ポイペン焼きとかわし好きだな」
「やーだ村長、ポイペンならやっぱり硝子ですよ。ジーナ、あたしにはランプお願い」
俺達が馬車へ乗り込み、いよいよ出発かという時、ドリスさんが寄ってきた。
「ほら、前にしたお見合いなんだけど。むこうの人が是非話を進めたいって言っててねえ」
…………そんな話もあったなあ。そういえば、ちゃんと断りを入れていなかったか。いろいろありすぎてすっかり忘れていた。
「すみません、断っておいてください」
「出すぞ。轢かれたくなきゃ下がってろ」
「だそうですよ」
御者席のハンスの宣言に、テオがドリスさんを馬車から離してくれる。
「ちょっと――」
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