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俺のためのお前のこれまで
第21話 囚人の事情(1)
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「試練に挑む者へ、主の祝福があらんことを」
「ありがとうございます」
祭服を纏った司祭に一礼し、真白い石造りの扉へ手をかける。
見かけの重厚さと比べ、扉は容易に開く。私は初めて見る石材に思えるが、父はどうだろう。未知ならばさぞ喜ぶだろうが――、
「では、中へ」
「はい」
今は、儀式に集中しなければ。全力を尽くさずして、ここへ来るために競い合い、そして退けた同志達にどう顔向けする。
気を引き締め直し、扉の先、眼前に広がった暗闇へ足を踏み入れた。灯りもなく、自らの手さえ視認できない中で、慎重に歩を進める。
「やあ、いらっしゃい」
突如、視界が白く染まった。
黒から白へ反転した世界の中心で、白い肌、白銀の髪、白い服、まるで光そのものかのように立つ、彼の姿を見て――。
「……お久しぶりです」
すべて思い出す。始まりも、その次も、さらに次も……今へ至るまでのすべてを。
「ちっとも久しぶりじゃないさ。君、前回なんてとうとう三十歳を切ってしまって。もーう、早すぎるよ!」
変わらない方だ。
しかしそれは、彼と軽い雑談を交わし、聖具を受け取り、そしてここを出て聖騎士となる私とて同じだろう。
「つまり、普通ならばここで主と対話を?」
「うん。普通は一発で終わるところを、長く頑張ってもらうわけだしね。相応の態度があるからって、ソゥラ様直々にお訊きくださるわけだよ。いくらいい形だったとしても、ソゥラ様と相性がよくても、聖騎士にするのは頷いてくれた人だけさ」
「……私は主にお会いしたこともなければ、あなたにそれを訊かれたこともないですが」
「だから君は例外さ。それはもうとっておきの特別措置!」
「微塵も嬉しくない……」
「いやいや。普通なら生まれ変わる時に綺麗さっぱり記憶が消えてしまうところを、手を尽くして保護しているんだよ?」
「記憶が消えると、聖具も変わってしまうからですよね」
「そうとも! 君の剣は素晴らしいからね! でも君にとっても都合がいい話だろう?」
「選択の余地がないことの、どこがよい話なのでしょうか」
「だっていつもここに来るじゃないか」
「……私を聖騎士にするためでしょう?」
「君は何か勘違いしているね。僕らが君の心を操っているとでも? まさか! 君はいつだって自らの意志でここへ来ている」
「……そんな」
「だから僕こそ君に訊きたいよ。どうして君は、いつもここへ来るんだい?」
「それは……」
たとえ思い出せなくとも。
――大丈夫だ、カナン。
忘れられない背中が、あるからだ。
――本当に刺す気なんてなかった。
ただ、金が欲しくて……金がないと、酒を買って帰らないとまた父さんに殴られるから。
綺麗な服を着ていたから選んだ相手は、背が小さくて細くて、しかも酔っていて。だから簡単だと思ったんだ。
でも酒臭い息を嗅いだら頭が真っ白になって、気が付いたら……。
血塗れのナイフを握り締めたまま、俺はへたり込んだ。震えが止まらない。
どれだけそうしていたんだろう。誰かが俺の手を握った。
驚いて顔を上げれば、俺の手を握るその人と目が合った。
「自分のしたことが怖いか?」
どこかで、からんって音がした。
俺はようやく、ナイフを手放すことができた。
「寒い……」
俺は牢屋に入れられた。当然だ。
石でできた牢屋はとても寒くて、丸くなって目を閉じる。
寒い、寒いなあ……あれ……寒く、ない?
「――おーい」
目を開ける。
「よかった」
誰だろう? ぼやけててわからない。
「あったかい……」
何か、大きな布みたいな物に包まってるみたいだ。
「だよな。誕生日に友達からもらったマントなんだ」
こんな寒くて暗い所には似合わない明るい声。
「よーしよし」
だんだん頭がはっきりしてきて、ようやく相手の顔もわかるようになって……びっくりした。俺が刺してしまった人だった。
なんで? どうしてこの人は俺を抱っこしてるの?
「俺はジオっていうんだが、お前の名前は?」
「……カ、ナン……っ」
なんとか出た声は擦れていた。
「カナンかあ。よろしくなーカナン」
久しぶりに自分の名前を呼ばれた気がする。最近は、おいとか、このグズとか……そういうのばっかりだったから。
「水あるぞ。飲むか?」
「……あの」
「うん?」
「ごめんなさい……」
「お、ちゃんと謝れて偉いな」
「……怒ってないの?」
「ああ。でももうするなよ? 次やったら、今度は尻引っ叩くからな」
もうびっくりしすぎて、ただただ見上げていたら、ジオ、さんは、少し困ったような顔をした。でも、俺を見る目は優しいままで、ちっとも迷惑そうじゃない。
「なんであんなことしたんだ?」
「っ……それは――」
ジオさんは、俺の話を聞いてくれた。
俺は話すのが苦手だから、こんなにちゃんと俺の話を聞いてくれた人は、たぶん初めてだったと思う。どもっても、渡された水袋の水を全部飲んじゃっても、ジオさんは少しも怒らなかった。
「今の話、他の人にもできるか? 教会に保護してもらうんだ」
「父さんは、その……俺より話すのが上手いから……」
俺の話なんて、きっと誰も信じてくれない。それに話したのがバレたら、父さんにまた殴られる。
「絶対守ってやるから、大丈夫だ。な?」
「でも……」
怖くて頷けないでいたら、ジオさんがとうとう手を上げた。
殴られる! そう思った俺は、目を瞑った。ぎゅうっと。でも、覚悟したような痛みはこなかった。何かが頭にそっと乗っただけ。
恐る恐る目を開けると、ジオさんが俺の頭を撫でていた。
「大丈夫だ。なんてったって、俺は聖騎士だからな。あ、聖騎士の友達だっているんだ。エヴァンとオーキスっていう。二人とも結構有名だと思うんだが、知らないか?」
……そうだ。牢番の人に蹴られながら言われた。俺が刺したのは神様に選ばれた特別な人で、そんな人を刺した俺は、きっと処刑されるって。
「俺、首切られちゃうの?」
泣きそうな俺の言葉に、ジオさんは苦い顔をする。
「首はさすがに言いすぎだが……たぶん見せしめはされる」
見せしめっていうのは、父さんに殴られるより痛いのかな……。
「カナン」
俺の顔を覗き込んで、ジオさんがにっこり笑う。
「だからさ、カナン。英雄になろう」
「ありがとうございます」
祭服を纏った司祭に一礼し、真白い石造りの扉へ手をかける。
見かけの重厚さと比べ、扉は容易に開く。私は初めて見る石材に思えるが、父はどうだろう。未知ならばさぞ喜ぶだろうが――、
「では、中へ」
「はい」
今は、儀式に集中しなければ。全力を尽くさずして、ここへ来るために競い合い、そして退けた同志達にどう顔向けする。
気を引き締め直し、扉の先、眼前に広がった暗闇へ足を踏み入れた。灯りもなく、自らの手さえ視認できない中で、慎重に歩を進める。
「やあ、いらっしゃい」
突如、視界が白く染まった。
黒から白へ反転した世界の中心で、白い肌、白銀の髪、白い服、まるで光そのものかのように立つ、彼の姿を見て――。
「……お久しぶりです」
すべて思い出す。始まりも、その次も、さらに次も……今へ至るまでのすべてを。
「ちっとも久しぶりじゃないさ。君、前回なんてとうとう三十歳を切ってしまって。もーう、早すぎるよ!」
変わらない方だ。
しかしそれは、彼と軽い雑談を交わし、聖具を受け取り、そしてここを出て聖騎士となる私とて同じだろう。
「つまり、普通ならばここで主と対話を?」
「うん。普通は一発で終わるところを、長く頑張ってもらうわけだしね。相応の態度があるからって、ソゥラ様直々にお訊きくださるわけだよ。いくらいい形だったとしても、ソゥラ様と相性がよくても、聖騎士にするのは頷いてくれた人だけさ」
「……私は主にお会いしたこともなければ、あなたにそれを訊かれたこともないですが」
「だから君は例外さ。それはもうとっておきの特別措置!」
「微塵も嬉しくない……」
「いやいや。普通なら生まれ変わる時に綺麗さっぱり記憶が消えてしまうところを、手を尽くして保護しているんだよ?」
「記憶が消えると、聖具も変わってしまうからですよね」
「そうとも! 君の剣は素晴らしいからね! でも君にとっても都合がいい話だろう?」
「選択の余地がないことの、どこがよい話なのでしょうか」
「だっていつもここに来るじゃないか」
「……私を聖騎士にするためでしょう?」
「君は何か勘違いしているね。僕らが君の心を操っているとでも? まさか! 君はいつだって自らの意志でここへ来ている」
「……そんな」
「だから僕こそ君に訊きたいよ。どうして君は、いつもここへ来るんだい?」
「それは……」
たとえ思い出せなくとも。
――大丈夫だ、カナン。
忘れられない背中が、あるからだ。
――本当に刺す気なんてなかった。
ただ、金が欲しくて……金がないと、酒を買って帰らないとまた父さんに殴られるから。
綺麗な服を着ていたから選んだ相手は、背が小さくて細くて、しかも酔っていて。だから簡単だと思ったんだ。
でも酒臭い息を嗅いだら頭が真っ白になって、気が付いたら……。
血塗れのナイフを握り締めたまま、俺はへたり込んだ。震えが止まらない。
どれだけそうしていたんだろう。誰かが俺の手を握った。
驚いて顔を上げれば、俺の手を握るその人と目が合った。
「自分のしたことが怖いか?」
どこかで、からんって音がした。
俺はようやく、ナイフを手放すことができた。
「寒い……」
俺は牢屋に入れられた。当然だ。
石でできた牢屋はとても寒くて、丸くなって目を閉じる。
寒い、寒いなあ……あれ……寒く、ない?
「――おーい」
目を開ける。
「よかった」
誰だろう? ぼやけててわからない。
「あったかい……」
何か、大きな布みたいな物に包まってるみたいだ。
「だよな。誕生日に友達からもらったマントなんだ」
こんな寒くて暗い所には似合わない明るい声。
「よーしよし」
だんだん頭がはっきりしてきて、ようやく相手の顔もわかるようになって……びっくりした。俺が刺してしまった人だった。
なんで? どうしてこの人は俺を抱っこしてるの?
「俺はジオっていうんだが、お前の名前は?」
「……カ、ナン……っ」
なんとか出た声は擦れていた。
「カナンかあ。よろしくなーカナン」
久しぶりに自分の名前を呼ばれた気がする。最近は、おいとか、このグズとか……そういうのばっかりだったから。
「水あるぞ。飲むか?」
「……あの」
「うん?」
「ごめんなさい……」
「お、ちゃんと謝れて偉いな」
「……怒ってないの?」
「ああ。でももうするなよ? 次やったら、今度は尻引っ叩くからな」
もうびっくりしすぎて、ただただ見上げていたら、ジオ、さんは、少し困ったような顔をした。でも、俺を見る目は優しいままで、ちっとも迷惑そうじゃない。
「なんであんなことしたんだ?」
「っ……それは――」
ジオさんは、俺の話を聞いてくれた。
俺は話すのが苦手だから、こんなにちゃんと俺の話を聞いてくれた人は、たぶん初めてだったと思う。どもっても、渡された水袋の水を全部飲んじゃっても、ジオさんは少しも怒らなかった。
「今の話、他の人にもできるか? 教会に保護してもらうんだ」
「父さんは、その……俺より話すのが上手いから……」
俺の話なんて、きっと誰も信じてくれない。それに話したのがバレたら、父さんにまた殴られる。
「絶対守ってやるから、大丈夫だ。な?」
「でも……」
怖くて頷けないでいたら、ジオさんがとうとう手を上げた。
殴られる! そう思った俺は、目を瞑った。ぎゅうっと。でも、覚悟したような痛みはこなかった。何かが頭にそっと乗っただけ。
恐る恐る目を開けると、ジオさんが俺の頭を撫でていた。
「大丈夫だ。なんてったって、俺は聖騎士だからな。あ、聖騎士の友達だっているんだ。エヴァンとオーキスっていう。二人とも結構有名だと思うんだが、知らないか?」
……そうだ。牢番の人に蹴られながら言われた。俺が刺したのは神様に選ばれた特別な人で、そんな人を刺した俺は、きっと処刑されるって。
「俺、首切られちゃうの?」
泣きそうな俺の言葉に、ジオさんは苦い顔をする。
「首はさすがに言いすぎだが……たぶん見せしめはされる」
見せしめっていうのは、父さんに殴られるより痛いのかな……。
「カナン」
俺の顔を覗き込んで、ジオさんがにっこり笑う。
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