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羨望の眼差し

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王都の膝下、そこにある小さな聖堂にて私は今日も聖女としての使命を果たす。

目を瞑り両手を胸に当て、ゆっくりと呼吸を繰り返す。次第に身体が淡く光り、血液がこぽこぽと沸き上がるような感覚になる。

「わぁ…きれい」

私の側にいた小さな女の子が、きらきらとした瞳でそう言った。一片の曇りもない、澄んだ瞳。きっとこれから先この子の未来は、夢や希望に満ち溢れたものになるだろう。

(どうか、スティラトールの女神様の加護があらんことを)

心から願い、にこりと微笑む。こちらに伸ばされた小さな手は、私に触れる前にその子の母親によって防がれた。

「これは当たり前のことなのよ。聖女として産まれたのだから」

彼女の言う通りだ。私が偉いわけではなく、たまたまそう産まれただけのことなのだから。

「貴女の傷の治療が終わったら、市場へ買い物に行きましょうね」
「わぁい!私もたくさん、荷物持つね」
「優しい子ね、ありがとう」

慈愛に満ちた、母親の表情。果たして私は、母からこんな瞳を向けられたことがあっただろうか。

ーーもしも聖女でなかったら、きっと私も

「…っ!」

心の動揺に呼応するように、私の身体を包んでいる淡い光もゆらりと揺らめく。

私は今、一体何を思ったの。こんな思考、頭の中で思うことすら許されはしないというのに。

「聖女様。どうして何もしてくださらないのですか?」

時を止めたように動かない私に、母親が訝しげな声で言う。ハッと意識を手繰り寄せ、何度も謝罪した。

女の子の真っ白な腕に手をかざすと、たちまち傷が治っていく。どうやら引っ掻き傷のようだけれど、詳しいことは分からない。

治療以外では、皆私とは話したがらないから。

「聖女様、ありが」
「ほら行きましょう」

(貴女の歩む道がどうか、幸せで溢れますように)

母親に手を引かれながらもこちらを振り向き、小さく手を振ってくれた女の子の行く末をがいいものであるようにと、私は心から祈った。

それからもひっきりなしに、聖女の力を行使していく。ここ最近はまた、魔物による民達の被害も減ったように感じる。

(あの子もきっと、逞しく生きているはずだわ)

魔物の世界の理は分からない。一瞬でも私と暮らしたことが、あの子の枷にならないといいけれど。

「すみません。よろしいでしょうか」
「…申し訳ございません」

大神官様にお言葉を戴いたばかりだというのに、私はなんて性根がないのかと自身に失望する。

私の目の前に座るのは、声の質や背格好からして男性のように見える。真っ黒なローブに身を包み、顔はフードが影になりよく分からない。

(こんな方、この街にいたかしら)

そんな私の疑問に応えるかのように、その人はにいっと口元を歪ませるとぱさりとフードを取った。
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