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妖しい男

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フードに隠れていた髪が露わになる。ぱさりと垂れた濡羽色の長髪に、私は思わず言葉を失った。黒い仮面のせいで、フードをとっても顔は見えないままだった。

(なんて綺麗な髪なの)

それに目を奪われていると、目の前の男性は口を開いた。

「聖女様」
「は、はい」

落ち着いたバリトンが、耳に心地いいボリュームで響く。空気感が不思議な人だ。やっぱりこの街の住民ではないのか、周囲の人達も無言でこちらを見ている。

「貴女は今、幸せですか?」
「え…っ?」

その問いかけに、私は答えることができない。こんなこと誰かに聞かれたこともなければ、自身で考えたこともなかった。

「あ、あの…治癒を…」
「貴女は今、幸せですか?」

再び、全く同じ質問をされる。これに反応を示したのは私ではなく、黙って見ていた周囲の人達だった。

「あんた、一体何の質問をしているんだい。聖女様の幸せは、こうして国に尽くすこと以外にないだろう」
「そうさ。その為に生を受けたんだ、幸せでないはずがない」

その声を聞いていると、段々に頭がはっきりしてくる。そう、全く彼らの言う通り。

こうして国の為、民の為に尽力することこそが私の使命であり、そして喜びなのだ。

「あんたらに聞いてるんじゃないんだ。外野は黙っててくれないか」

まるで馬鹿にした口調で、男性はふんと鼻を鳴らす。マスクの向こう側に隠れて見えない彼の瞳が、まっすぐ私に向いているような気がした。

「なっ、なんだその言い草は!」
「大体アンタ、見かけない顔だが誰なんだ!」
「この国の人間じゃないなら、国王陛下に断りもなく聖女様から治癒を受けることは決して…」

ゆらゆらと、絹糸のように滑らかな髪が揺れる。それは彼が、喉を鳴らして笑っているから。

「ギャーギャーうっせぇなぁ、年寄りどもは。安心しろよ、俺はれっきとしたこの国の人間だ」

随分と柄の悪い口調で周囲を一蹴する男性に、私はただ呆気に取られていた。けれどハッと我に返り、彼に反論する。

「乱暴な物言いは止めてください。皆さんは何も間違ったことを言っていません」
「ふぅん?じゃあアンタは、今幸せなんだな?」
「私は…私はただ、聖女としての務めを果たすだけです」

なぜだろう。はっきりと頷くことができない。苦し紛れの反論は、目の前の彼には何の効果もなかった。

「ふぅん?流石聖女様。国の為民の為に生きるなんて、泣ける話じゃないか」

(この人…明らかに私を馬鹿にしているわ)

ムッとして思わず睨みつけたけれど、彼はただ長い髪を揺らしながら笑うだけだった。
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