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引き裂かれる心を

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ーーあぁ、本当によかった

そう思う気持ちに嘘はない。オーロは賢くて優しい子だから、見つかれば大変なことになると理解してくれたのだと思う。

ただあたふたとすることしかできなかった私よりもずっと、オーロの方が頼もしかった。

「聖女イザベラ。本日もスティラトールの女神に恥じぬ行いをいたしましたか?」
「はい、大神官様」
「いつ何時も、貴女がこの世界に存在している理由を忘れてはなりません」

大神官はその呂色の瞳をまっすぐ私に向ける。相変わらず、この方にはえも言われぬ雰囲気が漂っていると、ぼんやりする頭で思った。

あの日からもう十日が過ぎ、私は大神官様の手を煩わせてしまったことを心から悔いた。私は毎日毎日、懸命に聖女としての役割を果たすことに心を砕いているつもりだった。

けれど、優先順位が変わりつつあったことも完全には否定できない。

オーロは私にとって、家族も同然のかけがえのない存在になっていたのだから。

「聖女イザベラ。貴女は私を、恨みますか?」

聖堂のステンドグラスに蝋燭の灯りが映り、虹色の美しい影がゆらりと揺らめく。

粛然とした大聖堂に、大神官様の物悲しげな声が響いた。

「そんなことはあり得ません。私は大神官様のことを心から尊敬しております」
「貴女はこの世界の誰よりも聖女として相応しいと、私は信じているのです」
「大神官様…」

私はよろよろと立ち上がると、彼に倣ってスティラトールの女神の彫刻が祀られている祭壇に、祈りを捧げた。

私は聖女イザベラとして生まれ、生き、そして死ぬ。

「全ては、この国に住まう民の為」
「大神官様のお言葉、この心に刻みます」

大神官様は安堵したように、優しく目を細めた。

部屋に戻ると、すぐさまベッドに倒れ込む。大神官様にあんなことを言ったのに、テーブルの上にはまだバスケットが置いてある。

(私ってば、何で未練がましいのかしら)

ランプをつける気力もなく、私は窓の外をぼうっと見つめた。月明かりがオーロの羽根に当たると、本当に綺麗だった。

「…あの子はもう、オーロという名ではないのね」

懐かしんではいけない、寂しいと思うなんて、そんなのおかしい。あの子が無事だったことを、心から喜ばなければ。

「どうか…幸せに生きてねオーロ」

この名をこれが最後だと胸に誓いながら、私は意識を失うように眠りに落ちた。
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