黒い君と白い私と。

マツモトリン

文字の大きさ
上 下
3 / 11

3、俺の事、覚えてない?

しおりを挟む
相変わらずギラギラと照りつける日差しが鬱陶しく感じる頃、時刻は12時半。

優「ふぅ…。」

授業終了のチャイムが鳴り、無意識に溜息をつく。
慣れない環境と苦手な数学という二重の痛手を受け、優の疲労感が更に増す。

すると、不意に悠が優の顔を覗いた。

悠「大丈夫か?」

唐突に顔の距離が近くなる。
茶色い髪の隙間から、悠の目がこちらを気遣わしげに見つめる。
どくん、と、心臓が波打つ。

次第に面映くなって、思わず顔を逸らした。

優「…な、何でもないよ。」

悠「そう、なら良かった。…校舎の案内するから、行こう。」

優「あ、うん。」

(び、びっくりした。心臓に悪いよ…。)

廊下や教室に誰かの笑い声が響き渡る。

悠「ここが化学室で、この先が音楽室。それから…。」

校舎の奥に行くにつれて、段々と笑い声が遠ざかってゆく。
優の歩調に合わせるようにゆっくりと歩幅を進める悠が、隣で淡々と説明する。
悠の落ち着いた声を聞きながら、優は緊張した様子で訪ねた。

優「なんで犬井くんは校舎の案内引き受けてくれたの?」

悠「え、なんでって?」

優「だって、さっき川波さんが犬井くんが承諾するの珍しいって…。学校案内って、結構面倒なんじゃないかなって。」

悠の表情が、少し困ったように歪んだ。

悠「それは…。」

暫く沈黙が流れる。
不思議そうに悠の顔を見つめる優。
蝉の声が、かすかに遠く感じる。

予期せず悠が立ち留まった。

悠「俺の事、覚えてない?」

優「…え。」

一瞬、言葉の意味が理解できなかった。
悠が、真剣な眼差しで、優を見つめ返す。
不慮の言葉に、優が思わず聞き返す。

優「どう言う事?」

悠「……いや、なんでもない。」

心のモヤモヤが晴れないまま、再び歩き出した悠の後に続く。
前に向き直った瞬間、心なしか、悠の表情が曇ったように感じた。

(…前に会ったことあるのかな?)


その日の放課後、優が帰る支度をしていると、凛が声をかけてきた。

凛「優ちゃん、なんか分からないことあったらなんでも聞いてね。また明日!」

その弾けるような笑顔に一瞬たじろぎながら、言葉を返す。

優「うん、ありがとう。また明日。」

凛がにこりと笑って、ポニーテールを揺らしながら、エナメルバックを担いで教室を出る。

(川波さん、いい人だな。)

凛の言葉を胸にほくほくとしながら、優も教室を後にした。


しおりを挟む

処理中です...