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6章

けんか

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1.裕次郎がイエリスと握手を交わしていると、山の斜面にめり込んでいたイザベルがいつの間にか側に立っていた。
「きゃああああ!」
 裕次郎は思わず悲鳴をあげてしまった。すぐにイエリスの後ろに隠れる。
 まだ俺のこと殺そうとか思ってるかもしれないし。近くにいるのはちょっと危ないかな。
 しかしそれにしても、と裕次郎はイザベルを観察する。
 山の斜面にめり込む程蹴られたくせに、あまりダメージを受けた様子はない。鎧は少し汚れているものの、怪我などはしていないようだった。
 人間じゃないな。人間の形をした怪物かな。
 裕次郎はそう結論づけた。
 蹴られて頭が冷えたのか、イザベルは落ち着いているように見えた。目も据わってないし、怒っているようすもなかった。
「お久しぶりですね。姉上」
「え、そうね。久しぶりね」
 ごく普通に話しかけられたせいか、イエリスは少し戸惑っているようだった。まあ、無理もない。蹴り飛ばした相手がいきなり挨拶なんてしてきたらそれは戸惑うだろう。
 そんなことを考えていると、イザベルが地面を指差した。
「姉上、何か落ちてますがそれは何ですか?」
「え?」
 イエリスはイザベルの指を辿って下を向いた。裕次郎もつられて下を向こうとした。が、その視界の端に大きく振り上げられた大剣が見えた。
「ちょっと待てぇ!!」
 裕次郎はイエリスの後ろから飛び出し、イザベルに思いっきりタックルした。
 しかし、力の差は歴然、あっけなく弾き飛ばされてしまう。が、大剣の軌道は僅かに逸れイエリスのすぐ横に大剣が振り下ろされた。
『バガァァン!!』
 大剣、本気で振り下ろしたんだろうな。殺すつもりの一撃じゃん。裕次郎はそう確信した。
 地面は割れ、大きく切り裂かれていたからだ。
「・・・・・・チッ・・・ああ、私の見間違いでした。用事があるのでこれで失礼します」
 イザベルは何事もなかったかのように立ち去ろうとした。しかしイエリスがイザベルの腕を掴む。
「ちょっと! あんた今私のこと本気で殺そうとしたでしょ! 何しれっとどっか行こうとしてんのよ!」
「いえ? そんなつもりはありません。虫がいたんですよ。害虫が」
「姉ちゃんにそんな態度とってただですむと思ってんの!? 次は本気で蹴るよ!」
「なら私も次は本気で攻撃しますよ?」
「姉ちゃんに勝てるわけないでしょ!!」
「私はすでに姉上を越えています!!」
 二人は間合いをとり、戦闘体勢に入った。一触即発の二人を止めるため、裕次郎は間に入る。
「ちょっと! 戦争中ですよ! 喧嘩しないで・・・」
 そこで気がつく。自分は失敗した、と。
 もうすでにイザベルは剣を振り上げ突っ込んできていた。イエリスも応戦しようと構えている。そして裕次郎はそんな中に飛び込んでしまったのだ。
 イザベル急に止まれない。飛び出し禁止。
 そんな標語が頭に浮かぶが、避ける方法は思い浮かばなかった。
 今度こそ、死んだかな?
 裕次郎がそう思ったとき、急に足を掴まれ引っ張られた。


 続く。
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