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6章

とりで

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1.裕次郎たちは、砦めがけて一直線に山の斜面を下りていく。途中、イザベルたちが倒した敵兵が転がっていたが、見なかったことにして通りすぎた。
 しばらく斜面が続き、次第にその角度が緩くなっていく。ほとんど平地と変わらないくらいまで緩くなったところでついに砦にたどりついた。
 予想ではたくさんの兵士が待ち構えているものかと思っていたが、砦の周りはとても静かで、人の姿一つない。
 砦はぐるっと川に囲まれており、容易に入られないように入り口に掛けられた橋は跳ね上がっていた。
 イザベルとイエリスは、跳ね上がっている橋を確認し、なぜかそのまま砦の裏に回ろうとした。
「あれ? 橋のほうから行かないの?」
 裕次郎が訊くと、イザベルは呆れたように答えた。
「何を言っているのだ? 橋は上がってるし、もしかしたら敵が待ち伏せているかもしれないではないか。裏からこっそりと入るのは常識だぞ?」
「え? そうなの?」
 裕次郎は、『いや戦争初めてだし常識とか言われても分からないんですけど・・・』と心の中で突っ込みを入れる。
 イザベルたちはそのまま砦の裏まで回り込むと、
 川を次々と飛び越えた。
 まずイザベルがサキを抱え、ジャンプする。続いてイエリスも軽々と跳び、砦の中に入っていった。
 最後に裕次郎の番だ。
 ・・・・・・いや距離的に無理じゃねこれ?
 裕次郎が川を覗きこむと、中にはなにやら杭のようなものが沢山打ち付けられている。
 多分、落ちたらヤバイやつなんだろうな・・・どうしよう・・・
 うろうろと川岸を歩いてると、突然頭を掴まれた。
「裕次郎さん、しっかりと掴まっていてくださいね」
 ベルはそう言うと、裕次郎の頭に突起を食い込ませたまま飛び立った。
「いや痛い痛い! 首がとれちゃう首が!」
 ふわり、と裕次郎の足は地面を離れた、しかし首の骨はギシギシと音を立て、今にも外れそうだ。おまけに六つの突起が頭蓋骨にめり込み、陥没してしまいそうなくらい痛い。
 できるだけ痛みを抑えるため、両腕を上げ、ベルの胴体をしっかりと掴む。
 幾分かはましになったが、それでも痛いことには変わりない。
「あとどれくらいでつくの!? あとどれくらいでつくの!?」
「あと半分くらいですね。頑張ってください」
 ベルはのんびりと答える。こっちは死にかけてるのに。めっちゃ痛いのに。
 痛すぎて意識を失いそうになった裕次郎。と、突然首の痛みが和らいだ。どうやら対岸に到着したらしく、ベルは裕次郎をパージし、ホバリングしていた。
「・・・・・・危なかった」
 裕次郎は首のストレッチをしながら骨がずれていないかを確認した。幸い、外れたり、折れたりはしていないようだ。
「タ○コプターもこんくらい痛いんかな・・・の○太すごいな・・・」
 そう呟くだけで精一杯だった。

2.砦侵入に成功した裕次郎は、見つからないよう、こそこそと行動していた。
「出てこい敵兵共! 皆殺しにされたくなかったらすぐに降伏するのだ! 頼むから降伏しないでくれよ! 火炎刃ファイヤー。ソードぉ! クハハハ!」
 イザベルは、大声で叫びながら建物を壊し始めた。
 あの人バカなのかな?
 そんなことを考えていると、イエリスがイザベルの頭をポカリと殴り付けた。
『ガキーン!!』
 軽く殴り付けたはずなのに、イザベルの頭鎧は吹っ飛んだ。
「姉上! 何をするのですか!」
「いやだからね、あんまり破壊とかもしないで?」
「しっかり警告しました! 降伏しない相手が悪いのです!」
 そんな言い合いを眺めていると、どこから出てきたのか敵兵たちが集まってきていた。
「姉上! 敵がいます! 皆殺しにしないと!」
「皆殺しは駄目だって! でも応戦するよ!」
 二人は敵に向かって突っ込んでいく。裕次郎はサキの腕を掴み、物陰に隠れた。一瞬、「降伏しま・・・」とか聞こえたが、気のせいだったかもしれない。少なくともイザベルとイエリスは敵兵を叩きのめしていった。

2.「降伏します! 降伏しま・・・」
 イザベルは、明らかに降伏宣言していた敵兵をなぎ倒したあと、口を開く。
「姉上、降伏と言っていますがどうします?」
「そうね、まず砦の責任者か隊長を探さないと・・・」
「おい! そこのお前! 隊長はどこにいるのだ!」
 イザベルが倒れている兵士を乱暴に持ち上げた。その時、僅かに残った兵士たちの中から一人の男が出てきた。
「私が隊長です! もう乱暴しないでください!」
 その男は泣きそうになりながらも前に出てきた。イザベルは隊長に大剣を突きつけ、イエリスが縄で縛る。残っていた敵兵も縄で縛った。
「よし! 砦を落としたぞ! ここを拠点にして次の砦を攻め落とすぞ!」
 イザベルは嬉しそうに大剣をかかげた。
「何故、何故こんなことをしたのですか。罪の無い人々を痛め付け、良心は痛まないのですか?」
 隊長はまっすぐにイザベルを見つめていた。イザベルは不思議そうに首をかしげる。
「両親? なぜ今母上や父上の話になるのだ?」
「いや、違うから。両親じゃなくて良心だから・・・」
 裕次郎はイザベルの耳元で教えてあげた。
「あ? ああ。良心か。そんなもの痛むわけがないだろう? 敵兵を倒すことは正義であり、正当な行為だ。恨むなら異世界人としてこの地に立ったことを後悔するといいぞ?」
「しかし私たちは何も悪いことはしていません。仲間をやられて、はいそうですかと納得できるわけないでしょう!? 恥を知りなさい恥を!」
 隊長は、語気を強めながらイザベルを攻めた。
 当のイザベルは、無言で隊長の前に立つと、その右頬を殴った。
 縛られたままの隊長はなす統べなく吹っ飛んだ。
「殴っても貴方の罪は消えません! 神は全てを見ています!」
 その隊長は左頬をイザベルに向けながらそう言った。
「そうか。ならその神とやらに祈っていれば良い」
 イザベルはその差し出された左頬を思いっきり叩いていた。

3.「あの、イエリス、止めなくていいんですか?」
 裕次郎は、隊長に馬乗りになりボコボコに殴っているイザベルを指差した。
「う~ん、あれは良いんだよ。だってあの隊長はカスだからね」
「え!? そうなの? でもなんかそれっぽいこと言ってたよ?」
「あのね? 異世界人ってのはあんなんばっかりなの。口では偉そうなことを言ってるけどね。あの隊長だって仲間が私たちにやられていたのに、最後に出てきたでしょ? 本当に仲間が大切なら守るために一緒になって戦うはずだし。ようはただのビビりなんだよ」
「そんな・・・もんなんですかね」
 裕次郎は内心、『だって戦いなんてしたことないし! ビビって当たり前じゃんか!』と文句を言いそうになったが、ぐっとこらえる。
「死にたくない! 他の兵は殺しても構わないが私は助けてくれ!」
 いきなり叫び声が聞こえてきた。どうやら隊長が叫んだらしい。イザベルは殴っていた手を止め、隊長の髪の毛を掴む。
「そうかそうか。やっと本音が出たな」
 イザベルは隊長を端に放り投げ、こちらに近づいてきた。
「よし! 奴の本音も聞けたことだし、これから軽く探索するか! さあ行くぞ裕次郎! 姉上も何か見つけたら報告してくださいね!」
 イザベルは腕を掴まれ、引きずられながら考えていた。
『イザベルって優しいときはまあ、優しいんだけど、戦闘中とか怒ったりしたらマジで恐いな・・・いやヤバイな・・・もし俺が異世界人ってばれたらあんな風にボコボコにされちゃうのかな・・・』
 裕次郎は、鼻や目から血流し泣いている隊長をちらりと見た。




  続く。


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