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14.願掛け
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稚子はちいさくわらった。
「でもね、あるときを境にして、靖之のお義母さんに対するそんな反抗的な態度がピタリと止まったの。理由はわからないままよ。まぁ一種の熱病、はしかみたいなものだったのかもしれないわね。実際、私たち兄妹の中では、靖之が一番難しい年頃でもあったし……」
「そうだったの。靖之兄さんって、やさしかったけど意外と、やんちゃだったのね」
真由子は隠れ煙草をしていた靖之を見つけた時のことを思い出して、少しおかしくなった。そんな真由子の表情を見てとったのか、稚子も微笑んだ。
「そうね。靖之は俊之兄さんみたいな優等生タイプじゃなかったから、お父さんともしょっちゅう衝突してたわよね。隠れ煙草をしてたこと、私も知ってたわ。だけど別に不良ってわけでもないし、友だちも多かった。俊之兄さんと同じ大学にもさっさと合格したし。振り返ってみれば靖之って手がかかったのか、かからなかったのか、ちょっとわからない不思議な子だったわね」
稚子はもう一度、庭の白椿の木に目をやると
「そう言えば……靖之が白椿の木のことで、妙なことを言ってたのを思い出したわ」と言った。
「妙なことって? 何なのかしら」
真由子は少し表情を引き締めた。ティーカップの紅茶は、冷たくなってしまった。
「私もほとんど思い出すこともなくて、ずっと忘れていたようなものなんだけど。あの白椿の木はね、今でこそこんなふうに咲いているけど、土が合わなかったのか、実はなかなか咲かなかったの。それである日、私が靖之に『もうあの椿の木はダメなんじゃないの? 花は咲かないんじゃない?』って言ったのよ。すると靖之はね、『花がなかなか咲かないのは当たり前だよ、だって俺はあの椿の木に、願をかけているのさ、とても難しい願をね。だけど花が咲いたら、きっと俺の願いは叶うんだ。だから俺は花が咲くのを信じて、気長に待ってるんだ』って言ったのよ」
「靖之兄さんが、白椿にの木に願掛けをしていたの?」
真由子はどこか落ち着かない気持ちになった。自分の知らないことが次から次へと出てきて、しかもその一つ一つが全くつながらず、一本の線にならないという、ちぐはぐな感覚だった。
「そうなの。それでね、私は『願いって何なの? もしかして靖之、エベレストに登る計画でも立ててるの?』って聞いてみたの。そのとき靖之はわらって何も答えなかったんだけど」
「……」
「ただ靖之が亡くなる前に一度、ほんの少しだけど白椿の木に花が咲いたことがあったの。でも靖之が亡くなってからだわ、あの白椿の木にたくさん花が咲くようになったのは。靖之の願いは叶ったのかしら、それとも叶わなかったのかしらね」
稚子は視線を落とした。
いつの間にか日は、傾きかけていた。
ふいに亡くなった靖之の話が出てきたので、稚子が帰った後も、真由子はぼんやりとひとり、庭の白椿の木のことを考えていた。雪江のために買ってきた白椿の木への願掛け……いったい靖之は、どんな願を掛けていたのだろう。難しい、なかなか叶いそうにない、しかしそれでも願わずにはいられないような、そんな願いごとだったのだろうか。もしかして靖之兄さんは……?
思いついたように、真由子は仏間へ行ってみた。
「でもね、あるときを境にして、靖之のお義母さんに対するそんな反抗的な態度がピタリと止まったの。理由はわからないままよ。まぁ一種の熱病、はしかみたいなものだったのかもしれないわね。実際、私たち兄妹の中では、靖之が一番難しい年頃でもあったし……」
「そうだったの。靖之兄さんって、やさしかったけど意外と、やんちゃだったのね」
真由子は隠れ煙草をしていた靖之を見つけた時のことを思い出して、少しおかしくなった。そんな真由子の表情を見てとったのか、稚子も微笑んだ。
「そうね。靖之は俊之兄さんみたいな優等生タイプじゃなかったから、お父さんともしょっちゅう衝突してたわよね。隠れ煙草をしてたこと、私も知ってたわ。だけど別に不良ってわけでもないし、友だちも多かった。俊之兄さんと同じ大学にもさっさと合格したし。振り返ってみれば靖之って手がかかったのか、かからなかったのか、ちょっとわからない不思議な子だったわね」
稚子はもう一度、庭の白椿の木に目をやると
「そう言えば……靖之が白椿の木のことで、妙なことを言ってたのを思い出したわ」と言った。
「妙なことって? 何なのかしら」
真由子は少し表情を引き締めた。ティーカップの紅茶は、冷たくなってしまった。
「私もほとんど思い出すこともなくて、ずっと忘れていたようなものなんだけど。あの白椿の木はね、今でこそこんなふうに咲いているけど、土が合わなかったのか、実はなかなか咲かなかったの。それである日、私が靖之に『もうあの椿の木はダメなんじゃないの? 花は咲かないんじゃない?』って言ったのよ。すると靖之はね、『花がなかなか咲かないのは当たり前だよ、だって俺はあの椿の木に、願をかけているのさ、とても難しい願をね。だけど花が咲いたら、きっと俺の願いは叶うんだ。だから俺は花が咲くのを信じて、気長に待ってるんだ』って言ったのよ」
「靖之兄さんが、白椿にの木に願掛けをしていたの?」
真由子はどこか落ち着かない気持ちになった。自分の知らないことが次から次へと出てきて、しかもその一つ一つが全くつながらず、一本の線にならないという、ちぐはぐな感覚だった。
「そうなの。それでね、私は『願いって何なの? もしかして靖之、エベレストに登る計画でも立ててるの?』って聞いてみたの。そのとき靖之はわらって何も答えなかったんだけど」
「……」
「ただ靖之が亡くなる前に一度、ほんの少しだけど白椿の木に花が咲いたことがあったの。でも靖之が亡くなってからだわ、あの白椿の木にたくさん花が咲くようになったのは。靖之の願いは叶ったのかしら、それとも叶わなかったのかしらね」
稚子は視線を落とした。
いつの間にか日は、傾きかけていた。
ふいに亡くなった靖之の話が出てきたので、稚子が帰った後も、真由子はぼんやりとひとり、庭の白椿の木のことを考えていた。雪江のために買ってきた白椿の木への願掛け……いったい靖之は、どんな願を掛けていたのだろう。難しい、なかなか叶いそうにない、しかしそれでも願わずにはいられないような、そんな願いごとだったのだろうか。もしかして靖之兄さんは……?
思いついたように、真由子は仏間へ行ってみた。
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