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13.面影
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「ねぇ稚子姉さん、私ってほんとに早くオバサンになったわよねぇ。稚子姉さんに赤ちゃんが生まれた時、『七歳なのに、まぁちゃんはオバサンだ』なんて言われて、泣いちゃったぐらいだもの」真由子は紅茶を一口飲むとそう言った。
「ふふ、そうだったわね。そんなこともあったわね。そんな失礼なこと言ったのは、弟の靖之だったかしら。自分だってオジサンになったのにねぇ。まぁ本物のオジサンになる前に、亡くなってしまったけれど」
そう言うと、稚子は長い睫毛を伏せた。その稚子の表情に、かすかに靖之の面影が重なった。やはり稚子と靖之は、父と母を同じくする姉弟なのだと真由子は改めて思った。
ティーカップを置くと、しばらく稚子は黙っていたが、ふいに庭の方に目をやった。
「あら、白椿の花がきれいに咲きそろってて、見事ね。そう言えば、あの白椿の木って靖之が友だちと山陰地方の山に登った時に、買ってきたものを庭に植えたんじゃなかったかしら?」
「靖之兄さんが買ってきたの? あの白椿の木を?」
稚子はうなずいた。
「大学に合格した時だったのかしら、それとも高校生の時だったかな。その辺ははっきりとは私も思い出せないんだけど、確かそうだったと思うわ。こんなこと急に思い出すなんて、やっぱりお彼岸が近いせいなのかしら……」
「靖之兄さんって、絵はがきを送ってくれたりしたけど、山登りしかしてないと思ってたわ。木を買って来て植えたなんて、知らなかったな」
真由子は意外そうな顔をした。
「私ね、何だかあの白椿の木はね、靖之からお義母さんへのお土産だったんじゃないかって気がするのよ」
「お母さんへのお土産? あの白椿の木が? どうしてなの?」
思わず真由子は、稚子の顔を見た。稚子は昔の古い記憶を巻き戻していくように遠い目をした。
「別に靖之がそう言ったわけじゃないのよ。ただ……だってお義母さんって椿の花が好きなんじゃないの? ほら、秋濤の歌会が開かれる時とかに、床の間にお義母さんはよく椿の花を生けていたでしょ。そうそう、私が振り袖をあつらえてもらった時もね、出入りの呉服屋さんがお義母さんに『奥様も訪問着か付下げでもいかかですか?』ってすすめたのよ。その時、お義母さんが真っ先に、椿の柄の反物を手に取ったのを覚えてるわ」
「……」
稚子は何気なくそう言ったが、真由子は靖之が雪江の好きな花を知っていたことに、驚きを感じた。隠れ煙草を吸い、山では何日も風呂に入らないでも平気な靖之が、雪江の好きな花に目を留める、などといった繊細な気持ちがあったなんて……
「今だから言える話なんだけど、靖之ったら最初はなかなかお義母さんになつかなくてね。ずいぶんお父さんや私たち兄姉を、困らせたものだったわ。もちろん一番困らされたのは、お義母さんなんでしょうけれど。あれはまぁちゃんが生まれる前だったから、靖之が中学生の時かしら、家出騒ぎまで起こしたのよ。ほんとにバカみたいでしょ?」
そう言うと稚子は、苦わらいした。
「え? あの靖之兄さんが?」
靖之の笑顔しか知らなかった真由子は、靖之が雪江になつかず、反抗的だったとは信じられなかった。また雪江がそんな荒れた靖之に困らされていたことも。それどころか真由子が言い出さないかぎり、雪江の口から靖之のことなど、今まで聞いたこともなかった。
「ふふ、そうだったわね。そんなこともあったわね。そんな失礼なこと言ったのは、弟の靖之だったかしら。自分だってオジサンになったのにねぇ。まぁ本物のオジサンになる前に、亡くなってしまったけれど」
そう言うと、稚子は長い睫毛を伏せた。その稚子の表情に、かすかに靖之の面影が重なった。やはり稚子と靖之は、父と母を同じくする姉弟なのだと真由子は改めて思った。
ティーカップを置くと、しばらく稚子は黙っていたが、ふいに庭の方に目をやった。
「あら、白椿の花がきれいに咲きそろってて、見事ね。そう言えば、あの白椿の木って靖之が友だちと山陰地方の山に登った時に、買ってきたものを庭に植えたんじゃなかったかしら?」
「靖之兄さんが買ってきたの? あの白椿の木を?」
稚子はうなずいた。
「大学に合格した時だったのかしら、それとも高校生の時だったかな。その辺ははっきりとは私も思い出せないんだけど、確かそうだったと思うわ。こんなこと急に思い出すなんて、やっぱりお彼岸が近いせいなのかしら……」
「靖之兄さんって、絵はがきを送ってくれたりしたけど、山登りしかしてないと思ってたわ。木を買って来て植えたなんて、知らなかったな」
真由子は意外そうな顔をした。
「私ね、何だかあの白椿の木はね、靖之からお義母さんへのお土産だったんじゃないかって気がするのよ」
「お母さんへのお土産? あの白椿の木が? どうしてなの?」
思わず真由子は、稚子の顔を見た。稚子は昔の古い記憶を巻き戻していくように遠い目をした。
「別に靖之がそう言ったわけじゃないのよ。ただ……だってお義母さんって椿の花が好きなんじゃないの? ほら、秋濤の歌会が開かれる時とかに、床の間にお義母さんはよく椿の花を生けていたでしょ。そうそう、私が振り袖をあつらえてもらった時もね、出入りの呉服屋さんがお義母さんに『奥様も訪問着か付下げでもいかかですか?』ってすすめたのよ。その時、お義母さんが真っ先に、椿の柄の反物を手に取ったのを覚えてるわ」
「……」
稚子は何気なくそう言ったが、真由子は靖之が雪江の好きな花を知っていたことに、驚きを感じた。隠れ煙草を吸い、山では何日も風呂に入らないでも平気な靖之が、雪江の好きな花に目を留める、などといった繊細な気持ちがあったなんて……
「今だから言える話なんだけど、靖之ったら最初はなかなかお義母さんになつかなくてね。ずいぶんお父さんや私たち兄姉を、困らせたものだったわ。もちろん一番困らされたのは、お義母さんなんでしょうけれど。あれはまぁちゃんが生まれる前だったから、靖之が中学生の時かしら、家出騒ぎまで起こしたのよ。ほんとにバカみたいでしょ?」
そう言うと稚子は、苦わらいした。
「え? あの靖之兄さんが?」
靖之の笑顔しか知らなかった真由子は、靖之が雪江になつかず、反抗的だったとは信じられなかった。また雪江がそんな荒れた靖之に困らされていたことも。それどころか真由子が言い出さないかぎり、雪江の口から靖之のことなど、今まで聞いたこともなかった。
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